表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/7

第6話 微妙な関係の二人

 二人がいなくなった部屋で、辰巳は父親のことについて思い出す。彼の父親は妹が失踪、世間を騒然とさせた神隠し事件の後、退勤後は娘の捜索に血眼になっていた。夜勤明けでも、そうしていた。


 休日は一日中捜し回っていたのだろう。シャワーを浴びて汗臭い服を着替えて出勤していくのを彼は見ていた。三連休の時もそうだった。


 妹が失踪してから、残された家族の団欒など無かった。彼は、ゴールデンウィーク時に強くそれを感じた。それまでは毎年旅行したのを今では朧気おぼろげにしか覚えていない。


 それまでは、楽しい思い出だったはずだったと彼は思う。妹が失踪してからは旅行のことを思い出す度に、一人残してしまった最後の彼女の表情が浮かび自責の念に駆られるのだ。


 それでも、アルバムの家族が楽しそうに笑顔を浮かべてしている写真を時々は見ていた。しかし、妹を残して行ってしまったという罪悪感が彼に沸き起こりまとわりついた。そして、いつの頃から一切見なくなったのだ。自分用のアルバムは、ダンボールに詰め込みガムテープを何重なんじゅうにも巻いた。それを押し入れの奥底にしまって封印している。


 彼の父親は、目撃情報があれば有給休暇を消化して捜しに行くのだった。それは全て空回りに終わった。彼に表情や素振りで見せまいとはしていたが、彼は父親が落胆しているのを感じ取っていた。


 父親は警察の人事交流制度を使い、妹の失踪した母親の実家のある所へ一人出向して行った。母親は、ついて行くと言ったが父親は聞き入れなかった。父親なりに、妹の失踪を思い出させて辛い思いをするのをなるべく避けたいとの優しさや配慮だったのだろうと後になって思うようになった。


 あの日までは……


 その日というのは、人事交流制度の期限の最終日の翌日のことだった。早朝、物音がして起きた。彼は父親が帰ってきたのだと思った。リビングへと行くとテーブルの上に離婚届が置いてあったのだ。


 彼は、それをドラマで目にすることがあった。なので見た瞬間に、それが何を意味するのかを理解することが出来た。


 彼は急いで部屋へと戻ると、ベットに横になり耳を澄ませた。母親の部屋の扉が開くのを確認する為だ。その後、しばらくしてからリビングへと行くと確かにあったはずの離婚届は無くなっていた。


 数年が経過した後、母親に忘れ物を頼まれて探して届けに行くことがあった。通話しながら、指示通りに探していると鏡台の引き出しの奥深くに折りたたまれた紙を見つけた。


 それは離婚届だと透けた緑色ですぐに気付いた。それまで、彼は母親が役所に提出したものだとばかり思っていた。それで、母親の声が彼には届いてなかった。我に返り応答すると、どうしたのと尋ねられ何でもないと気取られないように何とか誤魔化したのだ。


 忘れ物を届けて母親の部屋へ戻ると、それを彼は開いて見た。母親の記入欄は空白だった。彼は何とも言えない気分になった。やるせないという表現が当時の彼にはもっとも適切なのだろうか。そして、彼は父親に深い憎悪を抱くようになったのだ。


 そういう理由で、さっき彼は凄まじい憎悪の表情を浮かべたのである。どこにいるかも、生死不明すら知らない見えない父親に対して……





 インターホンが鳴った。彼は我に返る。そして、立ち上がり、モニターを見る。そこには、今は最も会うのを避けたい人物の顔が映っている。


 そう、ソウセイだ。


 居留守を使おうかと思ったが、つい癖で通話ボタンを押してしまった。


「少年、いや青年。あっ、君。聞こえてるかな?聞こえてるよね?」


「…………あっ、はい」


「すまないが、私のスマホ置き忘れてはないだろうか?」


 その言葉に、辰巳は座卓を見る。そこにはスマホがある。


「どうだろうか?あるかな?」


 その言葉に、一瞬、彼は躊躇する。


「ここで間違いないと思うが。あの男が運転する車の中で気がついたし。可能性としては、今、私が立っている君の部屋のドアから車に乗り込む前のはず。流石に落とせば、落下音で気が付くと思うのだが」

「あっ! あっ、ありました」


「そうか、良かったぁ」


 その言葉に、辰巳は玄関まで進むとドアを少しだけ開く。彼女の左目と視線が合い見つめ合う。


「なにを警戒してるの? 流石に家主の許可なく乗り込んだりはしないわよ」


「べっ、別にそういう意図では……」


「そっかぁ。すまないけどスマホを……くれないかな?」


「今、持ってなくて」


「えっ!……あるんだよね?」


「あっ、はい」


「なら、どうして……」


「けっぺきぃ……やぁ〜、勝手に触れるのは失礼かと思いまして、はい」


「別に構わないけど、私としては」


「本当に宜しいですか?お触りして」


「えぇ」


「ティシュに包んで、お持ちしますね?」


「んっ! どういうこと? まさかの私のスマホが汚い、つまり菌だらけとでも言いたいのかな?」


「いや、逆に……そういうわけでは」


「朝昼晩、低濃度アルコールで消毒してるんだけれどね。もしかして君は癖症なの?!」


「潔癖症とまでは……」


「職場に潔癖症の上司がいるんだけど、そこまで、する?って思って眺めてるのよ。あまり過敏になるのは、お勧めしないかな。私としては」


 ――ソウセイさんこそ……


「すまないんだけど急いでるの?そっちが気にしてるようだから、上がっていい?」


「あっ、はい」


 そう彼が言うと扉の枠をがっしり掴むと一気に開く。そして、靴の踵を足の甲の部分で引っ掛け、脱ぎ捨てるかの様に入っていく。


 ――こういう所はガサツなのかぁ??? 手を使うのが嫌なのかな?靴の汚れとかほこりが手につくのが嫌とかで……


 彼は脱ぎ捨てた彼女の靴を揃えて、彼女の後へと続く。彼女がスマホを手に取る。そして、彼女は向き直り彼を見る。そして、二人は見つめ合う。何故か彼女は視線を逸らさない。彼は、彼女が何かを要求しているのだと瞬時に察した。


「ウェットティッシュ、お持ちしますか?」


「どうして?」


「いや何となく」


「本当に潔癖症なんだな、君は」


「あのう〜」


「何かな?」


「一切、スマホには触れてません」


「それは、やはり私のスマホが細菌まみれって意味?」


「……いや、そうではなくてですね。インターホンが鳴るまで考えごとしてたので、はい」


「本当にゴメンね。あっ!ごめんなさいね。私が叩いたことで悩んでたのよね?」


 ――それについては理解不能で考えることを放棄したとは……言えないよなぁ〜


「訴えてくれても構わないわよ」


「えっ……」


「現役刑事が同席してたんだから、これとない証人よ。私は言い逃れ出来ないし、するつもりもないわ」


 ――これって、もしかして罠なのか?ミナミ刑事は、かなりソウセイさんにビビってたし。帰りの車内で打ち合わせでもしたのか?もし自分が訴えようものなら二人で示し合わせて、虚偽の告訴をしたとかで勾留して、例の監視カメラのことに関して洗いざらい吐けとか。それでも駄目なら執行猶予なしの実刑に持ち込んで臭い飯でも食わせるぞとか…………檻の中で、厳しい取り調べが待ってるぞとかなのか?今の今まで訴えるなんて微塵も思ってなかったのに、こっちとしては。これは罠だ!そうに違いない!!うん!!!


「悩んでいるのか?私に全面的に非があるんだから、その必要はないと思うけど」


「訴えたりしません!」


「そっかぁ。ありがとう、君」


「お気になさらずに、はいっ!」


 そう彼が言うと彼女が見つめたまま彼へと近づいてくる。そして、彼女の左手が彼の右頬へと。それに彼は身構えようとしたが、再び金縛りにでもあったかのように体が硬直する。


 彼女の手が彼の頬に触れる。本来なら、彼は一歩仰け反るか顔を背けていたであろう。


 それは彼女のてのひらと指から氷のような冷たさを感じたからで、今もそれを感じ続けている。彼女の口元が一瞬だけ緩んだ。何故か、彼は彼女の手から冷たさとは対照的にに彼女の瞳の中から温かさを感じている。


 しばらくして、彼女の手がゆっくりと彼の頬から離れていく。


「少しは痛みはやわらいだかしら? 君」


「…………冷え症なんですか?」


 彼は見当違いな返事をしてしまった。


「んっ?! もしかして手の冷たさのことかしら? 冷たいわよね? でも医者に見てもらったけど、異常なしだったわ。生まれ持っての体質みたい」


「あっ……そうなんですか」


「えぇ、そうなのっ」


 そう言った彼女の視線が座卓の方へと移る。その彼女の視線の先には手つかずのペットボトルが捉えられている。


「その水貰っていってもいいかしら?」


「……えぇっ、どうぞ」


 彼女はペットボトルを手に取りキャップを左手で回す。そして、飲み口に唇をつけ飲み始める。勢いよく飲んだせいで、彼女の口元から水が溢れ顎から首そして胸元へと伝っていく。


 その流れていく様子を目で追っていた彼は、胸元のシャツを濡らし広がっていくさまを見て視線を上へと戻す。彼女と視線が合う。彼女の口から飲み口が離れていく。


「喉渇いていたのっ」


 そう言った彼女の口角が上がる。それは、笑みを浮かべたのではなく、喉の渇きをうるおせた満足感なのだろうと辰巳は思う。


「よかったですね」


「んっ?! あっ、渇きを潤せたことね。ごちそうさま、お水」


 そう言った彼女は、まだ水が半分ほど残ったペットボトルを左右に振る。それに対して、彼は言葉を発せず、どうしてか二度にどうなずく。


「私、そろそろ失礼するわね」


 そう言った彼女はペットボトルのキャップを閉めながら玄関へと歩き出す。そして、彼女は手を使い靴を履く。そして、彼へと向き直る


「靴、並べてくれてたのね」


「あっ、はい」


「ありがとう」


 その瞬間、彼女の口角が上がる。そして、彼女は背を向け彼の部屋を後にする。しばらく彼は玄関に立ち続けていた。


 この後も、二人の微妙で奇妙な関係は続くこととなる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ