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第5話 Win-Winの関係?

 刑事のミナミは説明を終えると、のどかわきをうるおす為にペットボトルのミネラルウォーター残りをを飲み干す。そして、ペットボトルを握り潰し座卓の上に置く。


 一方、会話中もその後もソウセイはミネラルウォーターに一切いっさい手を付ける素振りすら終始見せることは無かったのだ。しばらくすると立ったままでミナミの説明を聞いていた彼女は、ゆっくりと彼の手首から離すと歩く。すると、彼女は彼の対面の座卓へと腰を下ろす。


 彼女はうつむいている。何かを考え込んでいるのだろうか。その状態のまま、こめかみを左手の親指と中指で両方押さえ始めた。しばらくすると、ゆっくりと目を閉じる。


 彼女が目を閉じたことにより、目を逸らせることが出来なかった辰巳は体から力が抜けていくような感覚に陥っていく。しかし、彼女の閉じた目を彼は見つめたままだ。しばらく、時間が流れていく。


 ぱっと彼女の両目が鋭く開く。それに、彼は思わず仰け反りそうになる。しかし、彼の体は金縛りにでもあっていたかのように硬直している。それで、そうはならない。


 二人は見つめ合う格好だ。彼は視線を反らせたい。しかし、体が、そうはさせてくれない。彼女の鋭い視線の中の大きな瞳に吸い込まれそうな感覚に陥っている。また、時間だけが流れていく。


 彼女が腰を丸め座卓に両肘をつく。そして、両手の指を交互に交差させてのひらをあわせる。その上に、ゆっくりとあごを乗せる。


 彼女は座卓の上を見つめる格好だ。すぐに、彼女は頭の角度を上げ、顔を彼の方へと向く。そして、彼を見上げる格好となる。角度のついた彼女の目は、更に鋭さを増して彼には見えてしまう。


「少年、いや青年? とにかく君っ」


「…………あっ、はい」


 くちびるまで金縛りによって重くなった様な彼は、返事に間が空いてしまった。それは、彼女の鋭い視線も影響しているのだろう。


「失踪された妹さんの捜索、いや発見に微力かもしれないが協力させてもらえないだろうか?」


 これまでの高圧的な口調が嘘かのようだ。彼女の声のトーンは落ち着いていて優しげだったのである。


「…………」


 その彼女の提案に対して、彼は口ごもる。そして、金縛りの魔法が溶けたかのように俯く。それに対して、彼女の視線は緩くなり、物悲しそうに彼に向けられている。そして、上下の唇を隠すように噛む。その状態を保っている。


 ミナミはというと、重苦しい雰囲気に何ともしがたいといった表情を見せている。ただただ時間が流れていく。しかし、今回は今までの比ではなく長い。


 しばらく彼は辰巳を見たかと思うと、ソウセイに視線を移す。それを交互に行っているといった次第だ。この非常に重苦しい張り詰めた雰囲気をなごませようと沈黙を破ろうと決意する。


「辰巳君、いや辰巳さんは妹さんの捜索または情報、こちらも欲しい情報を貰える。つまり、これはWin-Winの関係じゃないですか?ねぇ、辰巳さん?」


 その言葉に、項垂うなだれるように俯いていた巽が、瞬時に顔を上げ鋭い視線を向ける。すると、ミナミは彼を見ておらず、少し斜め上方に顔と視線を向けている。


 その先には、立ち上がりミナミを見下ろしている。その視線は、これまで辰巳に向けられていたのとは次元が違う。辰巳から見える彼女の横顔の目じりにシワが出来るほどだ。更に鋭くなる。


 この物凄い威圧に対して、ミナミは両手と尻を使い後退りしてしまう。彼の動向は上下左右へとキョロキョロしてしまっている。


 その後、すぐにソウセイは顎を上げ、ミナミに鋭い視線を向けたまま首を何度も右下へと降っている。その先には辰巳が座っている。


 当初は、ポカンとしていたミナミだが何度もされているうちに彼女の意図を徐々に理解していった様子だ。彼はゆっくりと首を動かし顔を辰巳の方へと向ける。


「辰巳君、いや辰巳さん、無神経な言葉を投げつけてしまって申し訳ない」


「……あっ、はい」


 本来なら、返事などせず無視を決め込んでいただろう。しかし、ソウセイのあまりの姿に、か細く返事をしてしまったという具合だ。


 その言葉を聞いたソウセイは、ゆっくりと腰を下ろし辰巳を視界に捉える。それを確認したミナミは四つん這いになり、てのひらひざを使い足は上げたままで擦り寄ってくる、いやもとの座っていた場所へと戻る。


「私たちは、これで失礼するよ、少年、いや青年。あっ、君」


 そうソウセイが言った。


「あっ、そうですか」


「無理強いは出来ないからね」


「あっ……」


「そうだっ、 君」


「何でしょう?」


 そう辰巳が言った後、ソウセイは無言でスマホを彼に見せる。その画面にQRコードが表示されている。


「なんですか?」


「見れば分かると思うが、QRコードだ。私の自作した連絡用アプリに飛んでインストールが出来る」


「先程、むりや……連絡先交換しましたよ? これ、しないと駄目なんですか?」


「あれはあれ。これはこれだ。でも、無理強いは出来ない。もしよければだが……」


 そう言った彼女は、彼の瞳を見つめ続けている。再び、辰巳は金縛りにあったように視線をそらすことが出来ないでいる。時間だけが、ゆっくりと流れていく。彼は、その雰囲気に呑まれていく。


「せっかくですから」


 そう言うと、彼はQRコードを読み込みインストールする。すると、ソウセイは丁寧に登録方法を教えてくれている。スムーズに完了した。


「君?」


「あっ、はい」


「位置追跡機能とか、ウイルスは仕込んでないから安心してくれ」


「…………はい」


 彼らの様子を興味津々でミナミが眺めている。


「宜しければ私も」


 そう言った彼は、まだQRコーが表示されたままの彼女のスマホに自分のスマホを近づけてる。すると、彼女が左手の4本の指で画面を押さえる。


「ちっ! 指紋が……」


 その言葉に再びミナミは仰け反る。ソウセイは座卓の上のティシュ箱から1枚抜き取る。すると2回折り曲げて画面を拭き始める。その後、折り返して再び画面を拭く。


 この様子を眺めている辰巳は、几帳面で潔癖症なんだなと思う。だから、密封されたペットボトルであっても口を一切つけなかったのかと。


 拭き終えた彼女はスーツのポケットにティシュを入れた。自分のゴミは持ち帰るタイプの女性のようだ。その様子を見ていたミナミは何故か背筋が凍る。付き合う、仕事で相手をすると面倒臭い性格の女性とでも思ったのだろうか。


 ソウセイが立ち上がる。すると、彼女は再びミナミを見下ろすと顎を上下させる。すぐに、彼は「立て」という御命令だと察したが、腰が思うように上がらない。


 こう見えても、彼は凶悪犯と対峙し解決してきた優秀な刑事である。そこら辺のチンピラなら、彼の顔を見ただけで悪いことをしてもないのに逃げ出す始末だ。暴力団ですら彼には一目いちもく置いている。


 その彼が、彼女の内面と表情から発せられる形容しがたい禍々しい邪気、いやオーラと言うべきだろう。それに圧倒されてしまっているのだ。


 彼は、再びらぬ気を回そうとしている。ソウセイは、その彼に休むことなく顎を上下させている。


「辰巳さん?」


 ミナミが言った。


「なんです?」


「父上の辰巳警部補には、警察官になりたての頃から、しごかれた、いや大変お世話になったんですよ。辰巳警部補も行方知れずだとか?辰巳さんを徹底的に調べて上げて、いや身辺調査する中で知りましてね。行方気になりますよね?妹さんの行方も気になされてるのですから、当然に」


「………………」


 一言も発せず、彼はソウセイに見つめられているのに俯く。今の彼にはソウセイの視線など関係ない。


「凄いえんだとは思いませんか? ついでと言っては語弊ごへいがありますが、お父上の行方の情報提供、捜索のお手伝いもしますよ。これでWin-Win-Winの関係じゃないですか?」


 その言葉に、辰巳は俯いたまま両手で握り拳を作る。手の甲の血管は浮き上がり、腕は筋肉が隆起して縦に筋が入る程に力を込めている。


 しばらく、押し黙っていた彼は、ゆっくりと顔を上げ鋭い視線を向けミナミを睨む。彼の表情は、ミナミに向けられているが憎悪に満ちている。これは、目の前のミナミを父親に投影して向けられたものだと言ったほうが説明がつくだろう。


「お前!……あんな奴の事なんてどうでもいい!! 生きていようが死んでいようが!!!」


 その刹那、ソウセイが座卓の上に右手をドンと置き身を乗り出す。彼女の左手が彼の右頬へと。


「パンッ!!!」


 直撃した瞬間、乾いた音が室内に響く。目と鼻の先にいる二人の視線が合い、お互いを見つめ合う格好になる。


「えっ………………」


 唖然とした表情の辰巳から声、いや音と言ったほうが正確なのかもしない。それが思わず漏れた。


「………………すっ、すまない、君」


「…………………………」


 見つめ合う二人。時間だけが流れていく。すると、ソウセイが初めて彼から視線を逸らす。そして、座卓の上の右手を支えに腰を上げ立つと、すぐに体を彼に対し横にして見下ろしている。


 その視線の先には、さらに動揺を隠せないミナミがいる。彼以上に、ソウセイの横顔が動揺している。


「早く立ちなさいよっ」


 彼女はミナミに言い放つ。すると、彼は条件反射化のように立ち上がる。


「これで私たちは失礼するよ、君」


「…………」


 辰巳は言葉がでない。


「なぜ、部屋からでないんだっ!」


 彼女は直立不動のミナミに言い放つ。すると、彼は機敏に動き出し玄関へと向かい出て行った。


 そそくさとソウセイも後に続く。足早な彼女の歩みは、左手と左足、右手と右足が同時に前に出ると言うぎこちない動きである。


 玄関のドアが閉まる音がした。その瞬間、緊張の糸が途切れたせいか急に右頬に激痛が走る。彼は右手で頬を押さる。なぜ彼女が、あんな行動に出たのが考え込むが、全く理解できないでいる。

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