第26話 2人だけの耽美な世界
「どうした? 君」
「こっちのセリフですよっ! 何してるんですかっ? ソウセイさんっ!!」
「見て分からないか? 君。寝るんだ」
「どうして私の部屋で」
「ここは厳密に言えば私の部屋だぞ?」
「なら、ソファで寝ますよ」
「なら私もそこで寝る」
「えっ……どうしてです」
「寝れないんだ、私。個人的でデリケートな問題だから君には知られなくなかったんだ」
「あぁ……」
「この際だから、ぶち撒けてやる。私は不眠症で精神科に通院している。処方された薬の一回の服用では全く効かず、毎日その3倍から5倍服用してやっと寝られたんだ。君が来てからは不思議と服用しなくても安眠できるんだ」
「……」
「母にだけは言いたくなかったが告白して添い寝してもらった。それでも効果なしだった。母はずっと寄り添ってくれると言ってくれた。でも負担になると1か月程で改善したと嘘ついてまで付いて断ったんだ」
「ソウセイさん……」
「だめかなっ? 奏召」
「言ってくだされば……」
「そんなことを言ったら君は性に不しだらな淫乱女か痴女としか思わないだろ」
「……流石にそこまでは……はい」
「そこまでじゃなくても思っただろ!」
「いひぇ」
「どうだろうか? 奏召」
そう言った彼女に彼には気になる点がある。それは下の名前で呼ばれていることだ。普段は高圧的で君呼びの彼女がそう読んでいる。彼女なりの誠意なのかと彼は思う。
「そういう事情がお有りでしたら、はい」
「本当か? 君、いや奏召?」
「あっ、はい」
「早速で悪いがこっちへ来てくれ。ハァ、ハァ、ハァ〜、なんか興奮してきて決まっている」
そう言った彼女は急かすようにベットマットをパンパンと力強く速く何度も何度も叩いている。そのあまりの異様さに彼は後退りし扉のノブを後ろで探している。
「どうした? 奏召? 早くおいでよ」
「いや、ちょっと……はい」
「承諾してくれたろ? 奏召?」
「手を繋ぐのは構わないのですが……一つのベッドで寝るのは流石に。私は床に寝ます。もちろん、手はお繋ぎ致しますので、はい」
「それじゃ万全で臨めないだろ? 奏召」
「えっ……」
「もし私が寝返りをうって君に落下したら、どうするんだ? 夢の中での戦いに影響するだろ?」
「あっ、そっちでしたか? 現実の痛みがが夢に影響しますかね?」
「するだろ、それは。夢の中での痛みが現実でも影響するんだから。まさかっ! 君は現実と夢がリンクしているのに懐疑的なのか? まだ」
「それは信じてます。実際に、経験したわけですし、はい」
「だよな? んっ? さっきそっちでしかと言ったな?」
「……でしたかねぇ?」
「まさか! 私が奏召を襲うとでも思ったのか?」
「……いひぇ、まったぁくぅ」
「本当かぁ? 寝る前から私は安眠が約束されているのが嬉しかったから、つい興奮してしまったんだ。今までは君の夢に干渉しないように、こっそり指を絡ませていたんだ。君が動くと解けて何度もやり直していたんだぞ」
「あっ、そうでしたか」
「これで誤解はとけただろ? てかっ、誤解でも何でもないじゃないかっ! あっ、すまない。こっちへ、おいでよ。奏召」
そう言った彼女は手招きしている。それに対して、まだ彼は躊躇している。
「一緒に私と寝てはくれないのか? 奏召」
そう言った彼女は深く息を吐く。そして、彼女は俯き加減になる。その彼女の横顔が彼には憂いを帯びて見える。
それを暫く眺めていた彼はハッと我に返る。彼女の横顔に心を奪われていたからだ。好意と違う何とも形容しがたい感情が心の中から湧き上がって来ているのに気付かされたのだ。
ゆっくりと彼は彼女の前へと進み立ち止まる。彼の存在に気が付いた彼女が顔を上げる。2人は見つめ合う。
いつもなら視線を逸らす彼であるが今回はそうしない。普段は鋭く見える彼女の目が影を潜めている。今日の彼女の目は激しく泳いでいる。それを見て彼は再び先程の感情が呼び起こされる。
「一緒に寝ましょう? ソウセイさん」
「本当か? 決心してくれたのかっ!」
「あぁ、はい。決心って程じゃないですよ」
「憐れみか?」
「いや、そうじゃないです。ちょっと適切な言葉が見つからないですが。まぁ、敢えて言えばソウセイさんを安心させてあげたいというか、はい。なんか年下なのに生意気言っているようですみません」
「あっ、ありがとう。奏召」
「いえ」
「早速で悪いんだけどベッドに」
そう言った彼女は横たわる。その言葉に彼はベッドの手前の端に座ると横たわろうとする。すると、彼は背中を突かれる。なので振り向く。
「どうしました? ソウセイさん」
「こっち側でお願いしたいのだか、奏召」
そう言った彼女は彼女の横たわっている左側のベッドマットを軽く叩く。それに対して彼は頷く。
「それじゃ失礼します」
そう言った彼は彼女の上を跨ぐ。その際、彼女の吐息が首にかかる。それで、彼の鼓動が激しく高鳴る。気取られないように彼は彼女の左側へと横たわると天井の一点を凝視している。
「奏召?」
「あっ、おやすみなさい。ソウセイさん」
「そうじゃないんだか」
「なっ、何でしょうか?」
「手を繋いでくれないのか?」
「あぁ……繋いでいただいても宜しいですよ? ソウセイさん」
「女性である私に繋がせるのか? 意外と無粋なんだな? 奏召は」
そう言われた彼は彼女の手を握る。すると、なんと彼女は手を振り解く。驚いた彼は天井を眺めるのを止め、顔を横に向ける。
彼が彼女と目が合う。その彼女は特段変わった表情を見せてない。てっきり彼は彼女が機嫌を損ねているのもばかりだと思っていたのだが。
「そうじゃない、奏召。指を絡ませて握って欲しいんだ。そうじゃないと奏召と繋がっている感じが……あっ、その繋ぎ方が一番落ち着くんだ。お願いできるかな? 奏召」
「あっ……はい」
そう彼が言うと彼女は左手を上げ指を大きく開く。そして、その手を彼顔の前へと近づける。
「お願いする、奏召」
「あっ……はい」
そう言った彼は恐る恐る指を絡め軽く握る。
「奏召?」
「……はい」
「もっとしっかり握ってはくれないだろうか? 離れないように」
「あぁ、はい」
そう言った彼は多少力を込める。彼は掌が汗ばんでいくのを感じる。それが気になって仕方がない。
「もっと力強く頼んでもいいだろうか? 多少痛くても私は構わないから、奏召」
「では失礼します」
そう言った彼は力を込めて握る。
「これくらいで頼めないだろうか? 奏召」
そう言った彼女は力強く握り返す。これに彼は指の骨が締め付けられ微かな痛みを感じる。この位の力で握れば良いのかと握り返す。
「うん、これでいい。ありがとう、奏召」
「……あぁ」
「こっちを向いてくれないだろうか? 奏召」
そう言われた彼は体を横にする。すると、彼女が顔を近付けている。そして、彼女の額と鼻先が彼の同部位で触れ合う。彼の鼓動が急激に速くなっていく。
「寝る前から心穏やかに安心感に包まれて眠りへと誘われる様なことは今まで一度もなかったんだ、私は。毎晩、言いしれぬ不安と恐怖が襲ってきたんだ。初体験を私は迎えることができる、奏召」
「あっ……そうですか。それはなりよりですね、ソウセイさん」
「あぁ、嬉しくて仕方がないんだ。私の手は冷たいでしょ? 奏召」
「……いえ、そんなことは、はい」
「そっかぁ。君の手は温かい。君の温もりが私の掌から浸透していってるの、奏召」
「あぁ……」
「奏召?」
「はい?」
「君は照明を消したまま眠るよね?」
「そっ、そうですね」
「間接照明でも気にならないかな? そうでないと私は不安なんだ。ここで私が君と寝た時は間接照明にしたんだが、君の寝顔は気になってる様子も見せなかっし目覚めなかったのだけど。気にするなら暗闇でも構わんが……どうかな?奏召」
「べっ、別に私は構いませんが」
「優しいんだな、奏召は。では、お言葉に甘えさせてもらうわね」
そう言った彼女はベッドボートへと手を伸ばす。そして、彼女は手に取る。その際、彼女の胸が彼の顔を覆う。
彼女はリモコンのボタンを押し間接照明モードに切り替える。そして、それをボードへと戻す。その際も、彼女の胸が彼の顔を覆う。
「奏召?」
「はひぃ」
「私、寝てもいいかな? 奏召?」
「あっ……どうぞ」
「ではお言葉に甘えるわ」
そう言った彼女は右手を彼の左頬に添える。それに対して、彼は一瞬だけビクッとした。それは彼女の手が氷に手を浸していたかのように冷たかったからだ。
「顔が赤いわ。体が火照ってるのね、奏召。私の掌で冷まさせるわ。私にはカイロ代わりになっていいわ。Win-Winの関係ね、奏召」
「……あぁ、そっ、そうですかね」
「おやすみ、奏召っ」
「あっ……おやすみなさい、ソウセイさん」
「ありがとう、奏召」
そう言った彼女は、そっと目を閉じる。その彼女の表情は日中とは違い穏やかだ。暫くすると、彼女は眠りに落ち寝息を立て始める。
一方の彼は対照的に全く寝付けないでいる。彼は仰向けになって天井を見上げている。今、彼の心拍数を測れば尋常ではない数値を叩き出すことだろう。
「奏召……」
その彼女の呼びかけに彼は顔を横にする。すると、彼女は目を瞑ったままである。
――なんだっ、寝言か
「奏召だけが私を見てくれる。皆、壊れ物を扱うように左陽に接する中、奏召だけが左陽の瞳の奥まで覗いてくれるわ。奏召は億劫かもしれないけど左陽は嬉しいの」
そう彼女は寝言を放った。その言葉に彼は複雑な心境になる。
――絵に描いた様なエリートでも悩みは深いのか……ってかソウセイさんの名前ってサヨだったんだ
眠気に見舞われない彼は、彼女の寝顔を見つめ続けている。彼女は柔和な表情を浮かべてる。その表情を見て、彼の口角が思わず上がる。彼は素敵な夢を見ていることを願う。
そんな中、彼女の瞑っている目頭から一雫の涙が零れる。それは鼻の側面を伝い鼻先まで到達すると零れ落ちシーツを濡らす。それが時間差で何度も続く。
また彼女の目頭から一雫の涙が出そうになっている。彼は恐る恐る震える手をそこへと伸ばす。そして、彼は親指を彼女の涙を拭う。すると、彼の手の甲を寝ているはずの彼女の掌が包む。
彼の掌は彼女の右頬に触れ、そのまま密着する。彼女の体温が、そこを通じて伝わってくる。すると彼女の口角が上がる。
その彼女の表情を見て彼は夢の中で嬉し涙か感動の涙を流しているのだろうと思う。悪夢に苛まれてるのでは無かったのだと安堵する。
安堵したのと彼女の頬の温もりを感じているからだろうか、彼は急激な眠りに誘われる。重くなった瞼が彼の意思と関係なく降りていく。




