第20話 男女2人の同棲生活の始まりとソウセイの過去
辰巳はバイトを終え、コンビニの前でスマホをいじっている。朝の一件があったので、イヌマルの部屋で世話になるのを断った。なので、周辺のネカフェのパック料金を比較している。
終えると彼は考え込む。イヌマルはどっちなのだろうかと。もちろん、それは敵か味方かだ。意図的に自分に近づいていたのは断定している。
敵認定しきれないのは、あっち、つまり夢の中では顔がモザイクがかかっていて見えなかった。これまでの夢の中での体験で、顔の判別が出来ない人間は夢の中では仲間、少なくとも同じ側にいる。
イヌマルが夢の中で自分を見たといった時、すぐに彼は奇抜なショートカットの女性の言葉を思い出した。アッチの人間と結託して襲撃すると言った言葉を。それは最悪の場合は殺害することを意味すると。
一番衝撃的なのは、現実と夢の中がリンクしているんだと。100%信じ込んでいるわけではない。しかし、ほぼ確実にそうなんだろうと。だから、夢の中で攻撃を受けた体の部位が現実でも痛んだんだと。
彼は店長に頼み込んで今日限りでバイトを辞めることを了承してもらった。不確かではあるが、自分の身は守らなければいけないからだ。
彼は今夜泊まるネカフェへと歩き出す。すると、彼の背後で光が点滅している。彼は振り向く。すると、車のヘッドライトがパッシングしてる。数秒後、それは止んだ。
運転席から人が降りてくる。街灯がその者を照らす。淡めの紫色のパンツスーツ姿だ。サングラスをかけている。すぐに彼は誰だか分かった。そうソウセイだ。彼女は彼の前まで来ると立ち止まる。
「無視しないんだな、君。私からの連絡を一切無視したし憤慨してると思ったが」
「…………」
「今夜は、あのガラの悪い男の所に世話にならないのか? 君」
「どうして、それを……」
「私は国防省の情報調査分析官だ。各国の機密情報を収集し分析するのが仕事だぞ。君の交友関係を探るくらい朝飯前だ」
「あぁ、そうですか」
「昨夜までは私との縁を切る気満々だったろ? 君」
「どうして……それを」
「私は君の心が手に取るように読めるんだ。君に興味があるからな」
「…………」
「今晩はガラの悪い男の世話になる気はないんだろ? 何かあったんだな? 君」
「えっ! そこまで分かるんですか?!」
「もちろんだ。夢と関係あるんだろ?」
その言葉に彼は言葉を失う。
「図星の様だな? 君」
「あぁっ…………はぃ」
「何があったんだ?」
「あのぅ…………」
「なんだ?」
「現実と夢がリンクしてるって言ったら信じますか? ソウセイさん」
「当然だっ!」
「えっ?! 本当ですか?」
「もちろん。何の為に私が君の夢の中の話を聞いてやってると思ってるんだ」
「あぁ、それは……」
「なんだっ!」
「いえ」
「ちなみに、君の防犯カメラの映像を見た時から私はそう思っていだぞ」
「えっ?! どうしてです?」
「それは定かではないので、今は未だ言えない。私の中で確信したら話してやる」
「あっ、はい」
「家に帰るぞ」
「どこへです?」
「私の家だ」
「あっ、はい」
ソウセイが背を向け歩き出す。彼は、その後へと続く。そして、2人は車へと乗り込む。
ソウセイのタワマンの部屋。辰巳は、夢の中での出来事を洗いざらい話した。その内容ををソウセイが自分用のノートに書き込んだ。彼がパソコンじゃないんですねと尋ねたら、彼女はデータが破損したら困るからと返事した。
書き終えた彼女がキッチンから帰っていた。その両手には缶ビールが握られている。左手に持っているのを彼に差し出す。それを彼は会釈して受け取る。
「たしか20歳は超えてるよな? 」
「あぁ、はい」
「飲まないのか?」
そう言うと彼女は右手に持ったビールのプルタブを引く。それを唇に当てるとゴクゴクと飲んでいく。辰巳は自然と彼女の唇を凝視してしまっている。
「なんだ? 君。私の口元を見て」
「あっ……いや気になってしまって、はい」
「唇が薄いから情が薄いとでも思っているのか? 君」
「思ってませんよ。ソウセイさんでも、そんな迷信を気になさるんですね? 意外です」
「なっ、なわけないだろ。あっ! 私の唇に何か付いてるんだな」
そう言うと彼女は手の甲で口元を拭う。そして、そこを見る。彼女は何も付いていないので首を傾げる。すぐに、彼女は彼を見る
目の合った辰巳は視線を逸らすとビールを開け口に流し込む。しかし、すぐに彼は咳き込む。
「どうした? 君」
「ちょっとビールは苦くて苦手でして」
「それはシャレか。なら、つまんないぞ。何なら飲めるんだ?」
「チューハイなら、はい」
「あるぞ」
そう言った彼女は冷蔵庫へと行き、戻ってくると彼に缶チューハイを差し出す。受け取った彼は、それを飲み始める。
そんな彼に彼女は皿に移し替えたオツマミを勧める。彼は、それをつまみながら飲み進める。あっという間に一缶を空にした。
「アルコールに強いのか? 君」
「さぁ〜、普段は飲みませんし」
「まだ飲むか?」
「あっ、そうしましょうかね」
そう彼が言うと彼女は立ち上がりキッチンへと向かう。そして、彼女は氷を入れたワインクーラーに数本チューハイ缶を入れて戻ってきた。
「どうぞ、君」
「あっ、ありがとうございます」
そう言うと彼は手に取りプルタブを引く。そして、つまみながら飲み進める。一方の彼女はソファから床へと移る。そして、テーブルに両肘をつき両手で顎を支え彼を見つめている。
その視線に彼は気付いている。しかし、そんな素振りは見せずツマミとチューハイを交互に口に入れる。
「当分の間、家に住むだろ? 君」
「……あぁ、それは……」
「あのガラの悪い男の情報を集めて、こっち側か、あっち側かを私が判断するまでだ」
「あぁ、はい。お願いしても宜しいでしょうか?」
「よしっ、決まりだな」
「イヌマルさんのこと知ってたんですか? 怪しいって」
「……あっ、あっ、当たり前だろ。私は国防省の調査分析官だぞ」
「本当ですか?」
「疑ってるのか! この私を。別の目的で近付いたってっ。結果的に繋がってたからいいだろ」
「それって、たまたまってことじゃ?」
「半信半疑だったが、きっちり繋がったってことだっ! 文句あるのかっ!!」
「……いひぇ」
「分かってくれればいい、君」
「はい」
そう彼が言うと彼女はソファの上に裏返して置いてある数枚の紙を彼の前に置く。そして、それを裏返す。
「署名してくれ。あと捺印もしてくれ」
そう言われた彼は手に取り、ざっと捲っていく。一枚目の表題は『保護対象者プログラム同意書』、二枚目が『同居にあたっての取り決めへの同意書』、三枚目が『債務承認弁済契約書』と記載されている。
「これって何ですか?」
「読めば分かるだろ」
「まぁ」
「これは国防省との正式な書面、つまり契約書なのでしょうか?」
「いや、私個人との同意書だ」
「えっ……でも、この間は国防省との保護対象者プログラムと仰ってませんでした?」
「私は国防省とは一言も発してないぞ、君」
「そうでしたっけ?」
「そうだ。早く署名捺印してくれ」
そう言われた彼は、その欄を探す。そして、おかしなことに気がつく。既に署名捺印されているのだ。しかも、彼の自筆で間違いない。
「あのう〜、されてますけど。どういうことでしょうか?」
「……あっ、そうだったな。既に貰っていた。読むだけでいい。納得いかない点は修正に応じないこともない」
「応じないこともないですか?」
「弁護士に作成してもらった完璧な同意書だからな。それでも、納得できないなら応じないこともないという意味だ、君」
「書いた覚えがないのですが」
「何を言うんだ!君。一昨日の朝、ここで書いただろ。あぁ、きっと目ボケてたんだな」
「んっ?…………もしかしてっ! あの時の硬筆書道 で書いたやつじゃ」
「いかにも、そうだか」
「こんなのさぎじゃないですかっ! 一体、ご両親からどんな教育受けてきたんですっ!!」
「……私に両親はいない」
「えっ……」
「正確には実の両親はいない。私は養女だ。特別養子縁組で迎えてくれたから法律上は実子だけどな」
「…………」
「私は私は森林に遺棄されていたんだ。それを今の両親が見つけてくれんだ。でなければ私は、そこで野垂れ死んでいた」
「…………」
「私は名前すら知らなかった。今の両親が行政機関や医療機関にあたってくれて特別養子縁組をしてくれたんだ。私の年齢も正確には合ってないだろうよ。医療機関が発育状況を鑑みて算出した推定年齢だからな」
「…………」
「今の両親は、私が遺棄された森林で実子が行方不明になったそうだ。警察の捜索が打ち切りになっても捜し続けていたそうだ。でも数年経って断念して、その子がいなくなった日に毎年訪れていたそうだ。そして、私を見つけてくれたんだ」
「あぁ……」
「両親は私に良くしてくれている。でも、時折ふと思うんだ、私は行方不明になったその子の身代わり人形なのかって。つまり、代用品であって誰でも良かったんじゃないかってね」
「そんなことっ!! …………ないと思いますよ、ソウセイさん」
「慰めてくれるんだな。優しいんだな、君は」
「別に優しくなんてありませんよ」
「湿っぽい話になってしまったな? すまない、君」
「……そんなことありませんよ」
「そっかぁ」
そう言うと彼女はビール缶を手に取り口元へ運ぶ。しかし、あげた左腕を下ろしテーブルの上に置いた。
「ぬるいな」
そう言うと彼女は立ち上がりキッチンへと向かう。しばらくすると、左手にワインボトルと左手には指に2脚ワイングラスを挟んで戻ってきた。そして、それらをテーブルの上に置く。
「今の今まで忘れていたよ」
そう彼女が言った。
「何をです?」
「今日が私の誕生日ってことをだ。とは言っても、両親が私を見つけてくれた日だがな」
「あぁ……そうなんですね」
「高校卒業以来、祝ってない。本当の両親に棄てられた日でもあるからな」
「…………」
「大人になって初めて祝ってみるかな? 生まれてきた意味があると思いたいしな。どうだ、君も祝ってくれないか?」
「あっ、はい」
「感謝する、君」
そう言うと彼女は再び立ち上がりキッチンへと向かう。そして、彼女の手にはワインオープナーが握られている。
「これがないと始まらないな」
そう言うと彼女は、それを使いコルクを抜く。そして、2脚のグラスそれぞれにワインを注ぐ。そのうちの1脚を指で挟むとテーブルに滑らせ彼の下へとやる。そして、彼女は自分のグラスを持ち彼の方へと腕を伸ばす。
一方の彼もグラスを持ち上げる。しかし、グラスの動きが止まる。彼女と視線が合い見つめられているからだ。
「無言で祝ってくれるつもりなのかい? 君。それでも、私は構わんが」
そう言った彼女ではあるが口を尖らせている。彼はその唇に例の一件を思い出す。それを打ち消すように彼は首を左右に何度も振る。
「なら、なんかくれ?」
「えっ……あぁっ、今日がお誕生日だと存じ上げなかったもので。プレゼントは……」
「そんなもんは不要だ。私は無言で祝うのかと言っただけだ。君がそれでいいなら乾杯しよう」
「あっ、あぁっ! そういうことでしたか? 誕生日おめでとう御座います、ソウセイさん」
そう彼が言うと彼女は彼のグラスを軽く叩く。チィーンと音が鳴り響く。その余韻が続く中、彼女は一気に飲み干した。その彼女が彼を見る。
「飲まないのか? それとも香りを楽しんでいるのか?」
「初めて飲むので、はい」
「無理して飲む必要はないぞ、君」
そう言われた彼ではあるが、流石に口をつけないのは失礼だと思う。それで彼は一口含み味見する。期待していた味とは大分違うが飲み込む。
「口に合わないみたいだな? 君」
「そんなことないです。はいっ!」
そう言った彼は、グラスに残ったワインを一気に飲み干す。しばらく時間が経過すると彼は激しい頭痛が見舞われる。そして、ゆっくりと彼の両目は閉じていく。




