第12話 深夜の訪問者と骨に響く痛み
辰巳は体のあちこちに激痛が走っている。首下からの上半身、左太股、特に右頰が痛い。起き上がろうとするが上手くいかない。なので、痛みが引くまで待つことにする。
今日が日曜日で大学もなくバイトのシフトも入っていないのが幸いである。1時間程、経っただろうか、ようやく痛みが引いてきた。横たわっていた彼は、ベットから体を起こす。
首から下の痛みは引いてきた。しかし、それでも痛いのだが。それに対して、顎の痛みは一向に引かない。その痛みはズキンと骨に響く。痛みが骨の中に浸透していて、そこから継続的に湧き出てくるように痛い。
彼はバイト先のコンビニで買い物して帰った際に取っておいたレジ袋を手に取る。綺麗に三角に畳んでおいたレジ袋を開く。ゴミ袋として使う為、彼は畳んで取っておいているのだ。
次に彼は冷蔵庫の冷凍庫を開ける。そして、彼はトンクを使い氷を次々と袋の中に入れていく。ある程度の量になると彼は袋を縛り、それを右頰に当て冷やす。
そうしながら、彼はデスクへと向かう。そして、ノートを開きペンで書き始める。もちろん、夢の内容を書き留めるためだ。ふと彼は思う。すっかり日課として染み付いているんだなと。彼の口角が上がる。
書き終えると、ノートを閉じると引き出しに入れ鍵をかける。鍵をジャージのポケットへと入れる。彼は、再び冷蔵庫へと向かい冷凍庫の扉を開く。。そして、氷が溶け切った袋の蝶結びを解きキッチンの流し台へと向かう。
袋を逆さにしてそれを排水口へと流す。流し終えると、冷凍庫の冷気を浴びる。普段、扉を開け放しにしない彼ではあるが、あまりの痛みにそうしてしまったのだ。しばらく、彼はそうすることにする。
それでも、痛みは引かない。再び彼はトングを使い残った氷を掻き集め袋へと入れる。そして、ベッドへと行き座ると右頰に当て冷やす。
体が著しく疲労感に襲われる。これは高校時代に部活動に励んでいたとき以来である。それでも、こんな疲労感に襲われたことはない。
と同時に眠気が襲ってきた。二度寝などしない彼がである。彼は首を左右に振り眠気を覚まそうとする。しかし、それに勝てずにウトウトしてきた。彼の重い瞼が次第に下がっていく。ついに目が閉じられ眠りへと誘われる。
座ったままの彼の上半身は、前後に大きく揺れる。そうしているうちに、彼の背中はベッドへと着地した。床でなかったのは幸いなことだ。彼は寝息を立て深い眠りへと落ちた。
現在、22時30分を5分ほど過ぎた。その間、アプリの通知音が何十回と鳴った。深い眠りに陥っている彼の耳は刺激されなかった。
次に着信音が鳴り響く。一分ほど鳴ると止む。それが数回繰り返される。それでも、彼は覚醒することはない。その後、着信音は鳴ることはなかった。
23時を回った。ぶり返した右頰の痛みで辰巳は目を覚ました。彼はベッドから起き上がると電気をつける。そして、冷蔵庫へと向かい冷凍庫開く。
「作っておくべきだったなぁ、氷。寝落ちする前にぃ」
そう独り言を呟く。彼は座卓の上に置いてある鍵と財布、最後にスマホを手に取る。それはバイト先のコンビニで氷を購入する為だ。
彼は人生で氷なんて買ったことはない。氷なんて水道水を凍らせた水の塊だと認識している。なので、わざわざ購入するなんて贅沢だと思ってる。その購入金額分の水道水代で、その何十倍、下手すりゃ百倍くらい作れると思っているからだ。
そんな彼が購入を決意した。そうせざるを得ないほど、痛みがまだ残っているのだ。彼は玄関へと行き扉を開ける。
「あっ!!!」
彼はそう叫びと仰け反り尻もちをつく。そうなったのは、なんと目の前にソウセイが腕組みして立っているからだ。彼女は玄関へと入ってくると扉を閉める。
「深夜に大声出すのは近所迷惑だぞ、君」
「だって……」
「それに失礼だぞ、君。人の顔、いや女性の顔を見て大声上げるなんて」
「だって……」
「君は、だってしか言えないのか?」
「いや……」
「だって、いや、それじゃ言い訳にもならないぞ、君」
「すみません」
「それはどっちだ?」
「どっちと言いますと?」
「なぜ、私のメッセージにも通話にも出ないんだ? まさかっ! サイレントモードにして無視してたんじゃ? ないよな?」
「そんなこと、おそ……くなったとしてもしませんよ? 連絡が」
「では、どうしてだ?」
「……寝てました」
「ちなみに、あの夢は見たか?」
「今は見ませんでした?」
「今とは?」
「朝は見ましたけど」
「二度寝する暇があるなら、その前に報告すべきだろ!!! 実際、この私を無視したんだからっ!!!!」
――声が……
「これは重大な報告義務違反だ。国防省内なら処罰対象だぞっ!」
――私は国防省の職員では……
「不貞腐れてるのか? 君」
「いへっ……決して、はい」
「ところで、君?」
「なぜ右頰を押さえてるんだ?」
「それは……」
「まさか! 私になぐ……いや引っ叩かれるとでも思ったのかっ!」
「いへっ」
「よく私が左利きだとわかったな? 君」
――そうだったんですね
「どうして返事しないんだ?」
「はい」
「おちょくってるのか?」
「いひぇ」
「なぐ……引っ叩いたりしないから、安心してどけるんだ」
その言葉に辰巳は手を離す。
「どうしたんだっ!!!!! 腫れてるじゃないかっ!!」
そうソウセイは目を見開き驚愕の表情を浮かべている。
「蹴られた……あっ! いや違うんです」
「蹴られたっ?!」
「そうでなくて、壁か床に打ち付けたのかと」
「蹴られた上に、壁と床にも叩きつけられただとっ! 寝てたのではなく気絶してたんだなっ!! 」
「ですからぁ、そうでなくてですね」
「やはり、他国のスパァ……」
「えっ!!!」
「いや何でもない。君は気にするな。さぁ」
そう言うと彼女は彼へと左手を差し伸べる。それに対して、彼は腕を伸ばそうかと動かすが引っ込める。これを数回繰り返す。
「余程、怖かったんだな?」
――あなたが……
「遠慮することはないぞ」
「いやぁ、そうではなくてですね」
「強がらなくていいぞ。安心するといい。私が来たんだから」
「自分で立ちます、はい」
「ここは危険だっ! これより保護プログラム規定により君を保護対象に認定する」
「えっ……」
そう彼が言ったのも束の間、彼女は彼の手を掴むと引っ張り上げる。思ってたよりも力が強い。その反動で、彼の顔はは彼女の胸へと一直線に突っ込む。
「痛っ!」
そう声を上げたのは、彼女の胸に右顎を強打したからだ。咄嗟に、彼は彼女の腰に腕を回す。タックルを決めた格好になる。勢いがついていた為、彼女は扉に背中を打ち付ける。その際、ドンッとかなり大きな音がした。
その格好まま、彼は彼女を見上げる。彼女と目が合う。彼には彼女が蔑みの表情を浮かべている様に見えて仕方ない。彼は背筋がひんやりする。
「すみません」
彼は力なく言った。それに対して、彼女の口角が上がる。
「恐怖で腰が砕けてしまったんだな? 気に病むことはない。たった今、君は私の庇護下に置かれたんだからな」
そう言うと彼女は彼の脇に両腕を差し込み持ち上げる。そして、後ろ手で扉の鍵を施錠し開ける。左腕で彼を支えて歩き出す。




