第10話 初陣?
辰巳はクロスガードで男性の一撃を受ける。その瞬間、彼は後方へと吹っ飛ばされる。地面に激突し背中を強打した。すぐに彼は立ち上がる。
その彼に男性の拳が間髪入れず再び襲いかかる。彼は完全に避けたと思ったが、彼の脇腹に直撃した。それで彼は数歩後退する。
彼は被弾したことに納得がいっていない。それは彼は父親の勧めで幼少期から空手を始めた。中学の時には全国大会でベスト4まで進んだ。父親の背中を追ってるかのようで嫌になり辞めた。
高校に進学してからは柔道を始め、めきめきと頭角を現して高2で全国大会ベスト4、高3時には全国大会で準優勝に輝いた実績がある。特待生制度で大学の推薦の話もあったが断った。
武道経験者の彼は、いきなり突っ込んで来られて被弾したことは仕方なく思っている。それでも、相手のパンチの威力に疑義がある。それは明らかに素人パンチ、いわゆる猫パンチだったからだ。そんなパンチの威力が全国大会出場者レベルだったからだ。
二度目は、数歩後退し十分な間合いを取ったにも関わらず被弾したからだ。腕が物理的にも伸びない限り十分な間合いを取ったのにも関わらず被弾してしまったのだ。
その後も、彼は男性の拳を数発連続で被弾し続ける。彼の感覚では絶対安全圏の間合いを取ったにも関わらずにだ。これに対して、彼は腕でも伸びない限り有り得ないと考える。と同時に、そんな事は有り得ないとも。
様子を窺う為、彼は男性から彼の考えていた絶対安全圏から更に更に後方へと後退する。これに対して男性は仕掛けてくる素振りを見せない。
「これが想像し具現化するということかぁ」
そう男は眼鏡のブリッジに中指を当て下にズレていたのを上げて元の位置へと戻す。男性の表情は満足げだ。見方によっては、ほくそ笑んでいるにも見えなくもない。
――そう言えば、審判?レフリー?あの得ないのしれないものが確かに『想像し具現化せよ』って言ってたっけ?
「なんて素晴らしい力なんだ」
男性は続けていて言った。そして、握り拳を開くと掌を見つめ続けている。右頬側の口角が上がり得意げな表情へと変わっていく。
しばらく悦に浸っていた男性がキリッと彼を睨む。そして、男性は再び突進してくる。それに対して、辰巳は絶対安全圏の距離を後退しながら保つ。それなので、男性の拳を空を切る。
辰巳は後退しながら、男性の腕を注視している。それは本当に男性の腕が伸びているか確認する為だ。しかし、伸びているようにも見えるし、そうでないようにも見え判断がつかない。
それは男性の繰り出す拳が思いの外に速くて、残像となって見えるからである。このままでは防戦一方で埒が明かないと辰巳は打開策を模索している。しかし、なかなか思いつかない。
後退し続けながら、考えを巡らせている。すると、左太股に今まで受けたことのない鈍痛が走る。そこへ視線を向けると男性の右足が左太股を捉えているのだ。
瞬時に視線を戻すが男の右拳が辰巳の胸元の直前まで迫っている。辰巳は右足で地面を蹴り後方へ跳ぶ。男の腕は届かず、寸前のところで回避できた。
辰巳は安堵すると共に気を引き締める。と思ったのも束の間、男の拳が彼の鳩尾を捉える。悶絶して、のたうち回りたい程の痛みだ。しかし、辰巳は歯を食いしばり耐え、後方へと素早く下がり新たな絶対安全圏を保つ。
――今! 確実に腕が伸びたぞっ!! どういった原理だよ?! まったくっ!
「つまらないよ、お相手さん」
そう男性は両腕を大きく広げ両肩を一度上げる。余裕綽綽といった表情だ。その後、眼鏡のブリッジを中指で男性は押さえる。
「お相手さんも今日デビュー戦かな? 僕はそうさっ!」
「…………」
「デビュー戦って言葉を知らないのかい? 初戦かい? これも理解でないかな。つまり初めての戦いってことさ。そうだろ? お相手さん?」
「さぁ……」
「んっ? さぁ?ってことは初めてではないという含みを持たせてるね? もしかして、何戦も戦ってきてるのを隠してるのかい? お相手さん?」
――知らないもんは、知らないだけなんだけどなぁ
「やっぱり! そうなのかい? フッ!恥なくても、いいんだよ。弱いのが悪いんじゃない。それを自覚せず、目を背けるのが悪いんだからさっ。現実をしっかりと受け止めなきゃ、お相手さん」
――言ってることは、ごもっともで間違ってはないけど……なんか言い方が癪に障るなぁ〜
「返答がないってことは受け止めきれてないのかな? それとも受け入れたくないのかい? お相手さん?」
「はぁ……」
「それは消極的な受け入れかい? それでも己の不甲斐ない弱さへの溜め息かい? さぁ! どっちなのかな? お相手さん?」
――うぜぇ〜、お強いのは認めるけどさ。完全に悦に浸るどころか、酔いしれてるじゃねぇかよっ!
「どうやら返答しなくないようだね。消極的な受け入れ、己への不甲斐ない弱さのどちらでもないと受け取るよ。認めたくないものだよね? 己の弱さというものは。雑魚くぅ〜ん。フッフッフッフウッ!」
「チィッ!」
「舌打ちとは元気があって宜しい。戦意は喪失してないんだね。ブラボー、ブラボー」
そう言うと男はパチと手を叩く。それを一定の間隔で続けている。掌が重なり合うまでは物凄くスローで、直前で一気にスピードを上げて大きく乾いた音を鳴らすのだ。乾いた表情とともにだ。
――ったくっ! 嫌味ったらしいぃ。ムカついてきたわっ!!
「雑魚君に、この私からプレゼントを差し上げよう」
「………………」
「沈黙を肯と受け取るよ。このまま猛攻を仕掛け続けるのも悪くはないと思う。私のショータイムとして美しくない。だって、ただの弱い者いじめ、いや雑魚いじめじゃないか。ハンデをあげるよ」
そう言うと男性は両腕を背中へと回す。
「この行動の意味が分かるかい?」
――そこまで馬鹿じゃねぇぞ! ったくっ
「どこからでも、かかってくるといい。いや、背後からダメかな? だって、それじゃ私が後ろ手にした意味がないんじゃないかな。ハァ、ハァ、ハァ」
そう言うと男性は背中を仰け反らせている。腹を抱えて笑うでなく、背中を抱えて笑っていると言えばいいのだろうか。
「ハンデをあげるよ。それも君が一発当てるまでは、こっちからは一切反撃しないから安心したまえ。出血大サービスだよ。私の初陣記念、かつ初勝利カウントダウンへのさ。さぁ、かかっておいで。ザッ、コッ、くぅ〜ん」
そう言うと男性は早く当ててみろよと言わんばかりに顎を突き出す。そして、辰巳の正面へと右頰を見せる。次に左頬を見せる。これを交互に繰り返し挑発しているのだ。
これに対して、辰巳は握り拳を作る。平凡な大学生活を送っている彼は、高校生最後の試合以来忘れていた闘争心が沸々と甦ってきた。
「ハンデ? そんなもんいるかよっ! かかってこいよっ!! メッ・ガァ・ネェ・クンッ」
「何だとぉ!」
挑発し返された男性は目の色変える。そして、後ろ手を組んでいたのを解くと両腕を構える。




