第7話 内乱の構図
要塞都市ベルガモの大通りは、昼時を迎えて一段と喧騒を増していた。
石造りの堅牢な建築物が立ち並ぶ一角に、巨大な剣と盾が交差した鉄製の看板を掲げる一際大きな建物があった。
そこが、二人が目指す「冒険者ギルド」のベルガモ支部だった。
重厚な木の扉を押し開けると、酒と汗、そして金属油と血の匂いが混ざり合った独特の熱気が二人を迎え入れた。
広い一階は酒場と兼ねられており、体に傷を持つ荒くれ者たちが大杯を煽りながら怒号のような声で会話を交わしている。
その壁一面には、羊皮紙で作られた無数の依頼札が張り巡らされていた。
「ひどい空気だね。ライカ、フードを脱ぐなよ」
「わかってるって。……だが、すげえ熱気だな」
ルカの低い囁きに、ライカは息を飲みながら頷いた。
二人は目立たないように壁際に身を寄せ、ギルド内の様子を観察し始める。
冒険者たちの会話、壁の告知、酒場の噂話――そこに並ぶ言葉から、ルカは貪るようにこの世界の「現在」を読み解いていった。
そして、二人がこれまで知る由もなかった、この国の残酷な歴史と内乱の構図が鮮明になっていく。
すべての始まりは、いまから10年前のことだった。
先代の王が崩御したのち、王位を継いで即位した「長男」たる国王が、子供を残さないままわずか数年で逝去したのだ。
絶対的な王を失ったガルディナ王国は、残された弟たちによる醜い権力闘争へと叩き落とされた。
次男、三男、四男の三人の異母弟たちが、それぞれ自らの正統性を主張して挙兵。
10年もの長きにわたり、国全体を巻き込んだ地獄のような内乱が引き起こされたのだった。
10年前――それは、ライカとルカがまだほんの5歳の幼子だった頃だ。
二人の故郷が焼かれ、親を奪われ、戦争孤児として泥をすする破目になった元凶。
自分たちの人生を狂わせた悪夢の正体は、10年間延々と続くこの王位継承権争いそのものだったのだ。
現在、王位を争うのは以下の三派閥。
一人目は、次男ゼノヴィス殿下。
狂暴な武闘派として知られ、軍の精鋭を率いる派閥。
10年続く戦費を維持するため、領民から過酷で凄惨な強制徴収を行っている。
二人目は、三男ルキウス殿下。
王国の要衝である中央穀倉地帯を抑える現実主義者。
過度な弾圧を避け、比較的に平民への理不尽が少ないと言われている派閥。
三人目は、四男ヴィンセント殿下。
広大な鉱山地帯と商業都市を掌握する財力派。
豊富な資金で膨大な傭兵を雇い入れ、影の暗躍を得意とする派閥。
「……なるほどね。10前に長男である王が死んでから、ずっとこの三兄弟が殺し合っているんだ」
ルカは青い瞳を細め、顎に手を当てて静かに分析した。
「10年も内乱が続けば正規軍は疲弊し、国は荒れ果てる。街道の魔物退治や治安維持すら手が回らないから、僕たちみたいな冒険者に頼らざるを得ないんだね」
「ルカ……じゃあ、俺たちの村を荒らしたあのクソ野郎どもは……」
ライカの低い声に、激しい怒りが混ざり始める。
ルカは静かに首を縦に振った。
「ああ。この要塞都市ベルガモを含め、僕たちの故郷リブート村があった辺境一帯は、次男ゼノヴィスの支配地域だ。あの徴税隊長は、10年目の泥沼の戦費を集めるために僕たちの村を踏みつぶしたんだよ」
ガタッとライカの拳が硬く握りしめられた。
爪が皮膚に食い込み、血が滲み出そうになる。
自分たちの家族を奪い、村長を無残に切り捨て、故郷を地獄に変えた理不尽の根源。
それは10年間この国を蝕み続ける、権力者たちの醜い争いそのものだった。
「ゼノヴィス……次男の野郎か……!」
「声を落とせ、ライカ。ここはまさにそのゼノヴィスの膝元だ」
ルカは冷たくライカの脇腹を小突き、周囲の警戒を促した。
「10年続いた戦火の中で生き残ってきた奴らだ。怒りに任せて暴れても、返り討ちにあうだけだよ」
「……わかってる。わかってるよ……ッ!」
ライカは血走った目を必死に抑え、奥歯を噛み締めた。
「よし、情報収集は十分だ。次は仕事を探そう。……冒険者として登録できれば、金が稼げるはずだ」
ルカは掲示板へと歩みを進めた。
しかし、びっしりと並ぶ依頼札を改めたルカの表情は、次第に険しくなっていく。
そこに並んでいたのは『大型魔物の討伐』『鉱山の警護』『要人の護衛』といった、熟練の猛者たちに向けた依頼ばかり。
そして掲示板の端に書かれたギルド規約には、無情な一文が刻まれていた。
『身元保証のない未成年者への単独依頼発行不可。冒険者登録料:銀貨二枚』
「……嘘だろ」
ルカの口から、冷たい呟きが漏れた。
登録するだけで手持ちの銀貨の半分が吹き飛ぶ。
仮に登録できたとしても、身元も実績もない15歳の子供に回されるような都合の良い仕事など、ここには存在しなかったのだ。
「どうしたルカ? いい仕事があったか?」
無邪気に尋ねるライカに、ルカは言葉を詰まらせた。
正規兵の残虐さや内乱の理不尽さとはまた違う、社会という制度が突きつけてくる冷酷な「壁」が、重く二人を押し潰そうとしていた。




