第31話 遠き故郷の響き
大都市グランベルに揺らめく朝靄を突き破り、一閃館の石畳に鋭い切っ先が叩きつけられた。
ガンッ――ッ!!
火花が飛び散る。打ち合わされたのは木剣ではない。真剣と真剣――死線を想定した実戦稽古の刃音だった。
「踏み込みが一段浅いぞ、ライカ! 軸をブレさせるな!」
「へっ……言われなくたって分かってらぁッ!」
重厚な長剣を一閃させたのは、十七歳となったライカだった。
一年前、十六の華奢な体格では背中に背負い、全身の軸を無理やりに遠心力へ変えねば振れなかった「ガルシアの遺品」。
その大刀とも呼ぶべき重厚な長剣が、一年の歳月を経て、一回り大きく頑丈に隆起したライカの肩幅と太い腕肉に、しっくりと馴染み始めていた。
剛腕から繰り出される力強い振り下ろし。
だが、それは以前のような泥臭いだけの振り回しではない。
ザッ!
刃先が届く直前、影のように横滑りしたルカが、その死角から細身の直剣を突く。
十七歳になったルカの動きには無駄な肉削ぎが一切なく、一過性の迷いすら削ぎ落とされた眼光は、氷の如く研ぎ澄まされていた。
「――仕留めた」
「甘いぜ、ルカ!」
ライカは振り下ろした長剣の柄頭でルカの刺突の腹を強引に弾き返すと、そのまま半身を翻して肉薄する。だが、その頭上に一筋の紫煙が爆ぜた。
「そこまで――『雷鎖』!」
バチィッ! と弾けた微小な紫電が二人の脚足を痺れさせ、動きを完璧に止める。
離れに佇んでいた十六歳のシオンが、短杖を引いて静かに息を吐き出した。
かつての頼りなさは消え去り、その瞳には高度な術式を瞬時に制御する確かな自信が宿っている。
「二人とも、熱くなりすぎ。グレン師範の言った通り、間合いの連携が雑になってるよ」
「……ちぇっ。シオンの奴、すっかり手加減が上手くなりやがって」
ライカは長剣を鞘に納めると、豪快に汗を拭った。
その傍らでは、凛とした佇まいの十七歳のアリアが、冷えた水瓶と手ぬぐいを抱えて微笑んでいた。
町娘としての衣服も板につき、その内には領主の娘としての気品と、過酷な逃亡生活を生き抜いてきた芯の強さが同居している。
一閃館での地獄のような鍛錬と、冒険者ギルドでの実践。
過酷な一年という月日は、四人の少年少女をただの生き残りから、不可分な「一つの刃」へと確実に変貌させていた。
その日の午後。下層区のギルドや酒場から、内戦に関する大きな報せが一閃館へと届いた。
「おい、聞いたか? ヴェローナの噂だ」
「ああ、あの黒煙に包まれた穀倉都市だろ? 次男ゼノヴィスの勢力が押さえていたはずだが……」
「それが、ゼノヴィスが突如として原因不明の重病に倒れたらしい。体調の悪化で陣営がガタついた隙を突いて、三男ルキウスの軍勢が一気に押し返し、あのヴェローナを奪還したそうだ」
道場の勝手口で薪を割っていたライカの手が、ピタリと止まった。
背後にいたルカとシオン、そしてアリアも息を呑む。
――ヴェローナ奪還。
かつてガルシアと共に暮らし、アリアが生まれ育ち、そして炎と血の海に沈んだ悲劇の故郷。
ゼノヴィス軍の手から解放され、ルキウス軍の管理下に置かれたという事実は、四人の胸の奥に眠っていた「郷愁」と「過去の傷」を激しく揺り動かした。
その夜。一閃館の奥の間。
行灯の火が静かに揺れる中、四人は兄弟子グレンの前に正座していた。
「……ヴェローナへ行きたい、か」
グレンは腕を組み、右頬の大きな傷痕を歪めながら、重厚な声で呟いた。
その鋭い眼光が、ライカたち一人ひとりの顔を捉える。
「あそこはもうお前たちの知る街ではないかもしれんぞ。内戦の最前線となり、二度も勢力が塗り替わった土地だ。生半可な惨状ではない」
「分かってます、兄弟子」
ライカがまっすぐにグレンを見つめ返した。その声には揺るぎない芯があった。
「でも……俺たちの『原点』なんです。ガルシアのおっさんが倒れ、俺たちが逃げ出したあの場所が今どうなっているのか。この目で確かめないことには、俺たちの刃はこれ以上前に進めねえ気がするんです」
「僕も同意見です」
ルカが言葉をつなぐ。
「ルキウス軍が奪還したということは、以前よりは潜入や調査が容易なはずです。街の惨状を確かめ、失われたものを整理したい」
アリアもまた、膝の上で固く拳を握りしめ、静かに頭を下げた。
「私の……私のお父様や領民たちがどうなったのか、この目で見届けたいのです。身勝手なお願いだとは分かっていますが……」
静寂が室内を包み込む。
グレンは静かに目を閉じると、長い溜息とともに組んでいた腕を解いた。
「……バカ者が。身勝手なものか」
グレンは立ち上がると、ライカの肩をぽんと力強く叩いた。
「ガルシア様の跡を追う者として、故郷の落とし前をつけたいと思うのは当然だ。……行け。ただし、これだけは忘れるな」
グレンの眼光が、かつてないほど温かい光を帯びる。
「お前たちの帰るべき『家』は、いまやこの一閃館だ。用が済んだら……必ず生きて、ここへ戻ってこい。分かったな?」
「「「「はいッ!!」」」」
四人の声が揃って響いた。
成長した肉体と、研ぎ澄まされた覚悟。そして戻るべき居場所という確固たる絆を胸に抱き、四人は一年ぶりに、すべての悲劇が始まった「故郷ヴェローナ」への果てしなき旅路へと踏み出すのだった。




