第25話 繋がる意志
「兄弟子……ッ」
ライカの目から、大粒の涙が溢れ落ちた。
死線を共に潜り抜けてきたルカもまた、静かに唇を噛み締め、濡れた目元を腕で覆った。
ガルシアが倒れ、思い出の家も燃え尽き、守るべき故郷を失った。
自分たちの力不足に打ちひしがれながら、ただ泥を舐めて必死に生きてきた。
そんな絶望の果てで出会ったのは、かつて自分たちと同じようにガルシアに命を救われ、その背中を追いかけた「一番弟子」だったのだ。
グレンは静かに歩み寄ると、ライカの腰に吊るされた重厚な一刀に目を留めた。
ガルシアの遺品である長剣。
その柄を、グレンは慈しむように、そして愛おしそうに撫でた。
「……ガルシア様の長剣か。間違いない。あのお方は……最期まで凄絶に戦い抜き、お前たちを生かしてくれたんだな」
「……ああ。おっさんは……俺たちに未来を託して、一人で城に立ちふさがったんだ」
「そうか……」
グレンは天を見上げ、一度だけ強く息を吐き出すと、二人に向き直って力強くその両肩を抱き寄せた。
「よく生き延びた、二人の弟よ。……今日から一閃館がお前たちの『家』だ」
その夜、ライカたちは宿に残り心配そうに待っていたアリアとシオンを道場へと招いた。
事情を聞いたアリアは涙を浮かべ、シオンは深々と頭を下げた。
グレンは二人の境遇を温かく受け入れ、道場の離れにある部屋を生活の拠点として提供することを約束してくれた。
アリアは町娘としての仕事を完全に辞める必要はなかったが、無理のない範囲での手伝いにとどめ、シオンもまた道場の帳簿管理や魔法の知見を活かしたサポートを行うことになった。
そして翌日――一閃館の稽古場。
「――失礼する」
静まり返る道場に、身体中に包帯を巻いたアルトが入ってきた。
アルトは真っ直ぐにライカの元へ歩み寄ると、着物の裾を払い、石畳の上に正座して深々と頭を下げた。
「ライカ……ルカ。本当に、申し訳なかった」
「……アルト?」
突然の平伏に、ライカが目を白黒させる。
「昨夜、グレン師範から聞いた。お前たちが潜り抜けてきた壮絶な戦場のこと、大切な存在を守るために命を削って戦ってきたこと……。それに引き換え僕は、恵まれた環境に甘え、道場の名を笠に着て、お前たちの覚悟も知らずに見下していた……ッ」
アルトの拳が、床の上で強く握りしめられる。
その声には、深い羞恥と、己の未熟さを恥じる強い悔しさが滲み出ていた。
「鼻血を流しても、ボコボコにされても……お前と拳を交わしたとき、僕は初めて本当の『剣の恐ろしさと熱さ』を知ったんだ。僕の負けだ。……どうか、僕に稽古をつけてくれッ!」
頭を下げ続ける少年の姿に、道場の門下生たちも静まり返っていた。
ライカは呆れたように息を吐くと、ガルシアの大刀を肩に担ぎ直し、口元をニッと吊り上げた。
「顔を上げろよ、アルト」
アルトが驚いて顔を上げると、ライカが木剣を一本、放り投げてきた。
アルトはそれを慌てて受け止める。
「謝罪なんていらねえよ。何度も泥を舐めて立ち上がってきたお前の根性、俺は嫌いじゃねえ。……ただし、稽古は容赦しねえぞ?」
「……ッ! ああ、望むところだ!」
アルトの目に、力強い光が宿った。
かつて高飛車だった少年の顔から気取りは消え去り、そこには一人の真っ直ぐな剣士の顔があった。
ガキィィンッ!
木剣と木剣が激しくぶつかり合い、道場に快音が高らかに響き渡る。
それを見守るルカの口元にも、微かな微笑みが浮かんでいた。
門下生たちもまた、ライカの圧巻の踏み込みと、果敢に食らいつくアルトの姿に引き込まれるように、歓声を上げ始めた。
数日後。
朝靄が立ち込める道場の庭で、ライカとルカはグレンと向き合っていた。
「ガルシア様の剣は、剛と柔、野性と理知が極限で融合した不敗の剣だ」
グレンが木剣を静かに構える。その佇まいは、まるで一本の巨大な大樹のように隙がない。
「ライカの爆発的な剛剣、ルカの隙を穿つ精密な直剣。二人とも素晴らしい資質だが、まだ互いの長所を独立して使っているに過ぎん。二人で一つの完璧な『刃』となれ。……それが、ガルシア様の遺した真の教えだ」
「「はいッ!!」」
ライカとルカが同時に踏み込んだ。
背後には、笑顔で二人を見守るアリアとシオンの姿があった。
そして、共に高みを目指すライバルとなったアルトや、新たな仲間たちの熱気。
大切な人々の温もりと、ガルシアから受け継いだ意志。
それらを胸に抱き、二人の少年は兄弟子の元で、自らの牙をより鋭く、より強靭に研ぎ澄ましていく。
過酷な戦乱の世を駆け抜ける、研ぎ澄まされた二つの刃。
その真の覚醒の時は、刻一刻と近づいていた――。




