第21話 星空の野宿
滅びゆくヴェローナを背に、逃避行を続けてから数日。
四人が目指していたのは、三男ルキウス軍が直接統治する大都市「グランベル」だった。
道中の宿場町に辿り着いたのは、すっかり陽が落ちた深夜のことだった。
伯爵から手渡された袋には、それなりの金貨や宝石が詰め込まれていた。
だが、この先どれほど長い潜伏生活になるか分からない以上、一文たりとも無駄金は使えない。
「――はい、鍵ね。二階の一番奥の部屋だよ」
宿の女将から部屋の鍵を受け取ったのは、アリア一人だった。
「あの……みんなの分の部屋は?」
アリアが申し訳なさそうに振り返るが、ライカはガルシアの大刀を肩に担ぎ直し、鼻で笑ってみせた。
「バカ言え。金はあるっつっても限られてんだ。俺たち男三人は外で十分だよ」
「でも……! 外はこんなに冷えるのよ? 私だけ部屋で休むなんて……」
「アリアさん」
ルカが静かな声でアリアの言葉を遮った。
その青い瞳には、冷徹なまでの現実的な判断が宿っていた。
「君は伯爵家のお嬢様だ。体調を崩されたら僕たちの護衛に支障が出る。それに、僕たちは昔から外で寝るのには慣れているんだ。余計な心配はしないで、身体を休めてほしい」
「ルカの言う通りだよ、アリアさん。僕たちなら大丈夫」
シオンも穏やかに微笑み、アリアの背中をそっと押して部屋へと促した。
その夜、ライカ、ルカ、シオンの三人は、宿の裏手に広がる冷たい馬小屋の軒下に身を寄せ合った。
擦り切れたマントを被り、硬い草の上に転がる。二階の小窓からアリアが心配そうに覗き込んでいるのが見えたが、ライカがしっしッと手を振ると、やがて窓の明かりは消えた。
「……寒いな」
星空を見上げながら、ライカがポツリと呟いた。
かつてガルシアの館にあった、温かい布団と暖炉の温もりが嫌でも脳裏をよぎる。
「贅沢に慣れると、身体が鈍るぞ」
ルカが直剣を抱きかかえたまま、自嘲気味に呟いた。
「……僕たちは、まだ弱すぎたんだ。ガルシア様が戦死されたときも、マリアさんを残して逃げるときも……ただ見ていることしかできなかった」
「……ああ」
ライカは血が出るほど拳を握りしめた。
一年間、血を吐くような訓練を重ねて強くなったつもりでいた。
だが、本当の戦場では、自分たちの力などあまりにも小さく、無力だったのだ。
「強くなろう、二人とも。……この大都市で、誰にも負けないくらいに」
シオンの静かな誓いに、ライカとルカは深く頷いた。
見上げる夜空に輝く数条の星々は、まるで残してきた大切な人々の面影のように、冷たく静かに少年たちを照らしていた。
そして――逃避行の末、四人はついに大都市「グランベル」へと辿り着いた。
「すごい……これが、グランベル……」
城門をくぐった瞬間、アリアが思わず息を飲んだ。
目の前に広がっていたのは、黒煙と悲鳴に包まれたヴェローナとは全く異なる光景だった。
高く聳え立つ白亜の建造物、石畳の広い大通りを行き交う無数の馬車と人々、露店から立ち上る活気ある声援。
三男ルキウスの膝元であるこの大都市には、十年に及ぶ内戦の暗い影など、露ほどもうかがえなかった。
だが、安息に浸る猶予はない。
ゼノヴィス軍や裏切り者の追っ手から逃れるため、四人は「身分」を完全に隠さなければならなかった。
ヴェローナで発行された冒険者プレートも懐の奥深くに隠し、かつてのような身元不明の落ちのび者として潜伏を始める。
小さな安宿の物置部屋を格安で借り受けた四人は、今後の生活について話し合った。
「明日から、僕とライカとシオンで冒険者ギルドの仕事を再開する。まずは目立たない低ランクの依頼からだ。街の情報を集めながら、腕を磨く」
ルカの提示した方針に、ライカもシオンも異論はなかった。
しかし、その時――
「私も働くわ」
腕を組んで座っていたアリアが、きっぱりと言い放った。
「なっ……お前が!? バカ言え、お前は伯爵家のお嬢様だぞ! 部屋でおとなしくしてろ!」
ライカが驚いて声を上げるが、アリアは美しい眉をひそめ、ライカを強い眼差しで睨み返した。
「いつまでも『お嬢様』なんて呼ばないで! お父様も、マリアさんも……私に生き延びろと言ってくれたわ。あなたたち三人に守られてばかりで、部屋でジッとしているなんて絶対に嫌! 私は足手まといになりたくないのッ!」
ツンと背筋を伸ばすアリアだったが、その手は強く震えていた。
守られるだけの存在から脱却し、自分も家族の一員として戦いたいという、彼女なりの誇りと覚悟だった。
「……わかったよ。無理のない範囲で、ね」
ルカが苦笑しながら頷くと、アリアはフンと胸を張った。
翌日から、四人の新たな潜伏生活が始まった。
ライカ、ルカ、シオンの三人は冒険者ギルドで怪しまれないよう地道な依頼をこなしつつ、死線をくぐり抜けるための牙を研ぎ直す。
そしてアリアもまた、豪華なドレスを脱ぎ捨て、質素な町娘の服に身を包んで、大衆酒場兼食堂の給仕として働き始めた。
慣れないお皿洗いや給仕仕事に手を濡らしながらも、彼女は健気に微笑んで街の人々の中に溶け込んでいく。
故郷を失い、居場所を奪われた少年少女たち。
だが、彼らは折れなかった。
大都市グランベルの雑踏の中、自らの足で立ち上がり、未来を切り拓くための新たな一歩を、静かに踏み出したのだった。




