第20話 悲壮なる再出発
ドゴォォォンッ!!
地響きのような破城音とともに、ヴェローナ中央門が完全に崩壊した。
雪崩れ込んでくるゼノヴィス軍の怒号と、略奪を恐れる領民の悲鳴。
かつて黄金の麦畑に囲まれ、陽だまりのように穏やかだった穀倉都市は、瞬く間に黒煙と紅蓮の炎に包まれていった。
「ここから出るぞ! 急げッ!」
ライカを先頭に、四人の少年少女は館の地下から続く古い水路を抜け、ヴェローナ北側の極小の隠し通用門へとたどり着いた。
四人とも、伯爵から託された上質な旅装と武具を身に纏っていた。
ライカの腰には、ガルシアの遺品である重厚な一刀が吊るされている。かつて泥に塗れ、カビの生えたパンをかじっていた無力な孤児たちの姿は、そこにはなかった。
だが、鉄扉を押し開けて脱出した直後――。
「誰だッ!? 止まれッ!」
松明の光とともに、崩れた城壁の陰から五人のゼノヴィス軍歩兵が飛び出してきた。甲冑を血で染めた、残虐な眼光の熟練兵たちだ。
「……チッ、脱出を図る貴族の身内か! 娘を捕らえろ! 金になるぞ!」
「待て、あの赤髪のガキの刀……あれはガルシアの奴が使っていた刀じゃないか!?」
兵士たちが殺気気立ち、長槍を構えて突進してくる。
「アリア、シオン! 僕たちの後ろへ!」
ルカが瞬時に制圧の指示を飛ばし、細身の直剣を抜き放った。
一年前なら、追手と出くわしただけで命からがら逃げ惑うしかなかった。
しかし、大陸屈指の猛者から叩き込まれた一年間の地獄の鍛錬は、彼らの肉体を本物の「戦士」へと変貌させていた。
「ガルシアのおっさんの名前を……気安く呼ぶんじゃねえよッ!!」
ライカが地を蹴った。
踏み込み一筋で泥を撒き散らし、先頭の兵士の懐へ潜り込む。
ガルシアから譲り受けた大刀が一閃。重厚な鋼の刃が兵士の長槍を柄ごと断ち切り、そのまま胸甲を深く切り裂いた。
「ぐあぁぁっ!?」
「『炎鎖よ、敵を縛れ』――ッ!」
間髪入れず、シオンが短杖を掲げて詠唱を叫ぶ。指先から放たれた炎の縄が残る兵士たちの足を絡め取り、動きを完全に封じ込めた。
「そこだ!」
すれ違いざま、ルカの冷徹な一撃が動けない兵士たちの頸椎を的確に穿つ。
一瞬。わずか数秒の乱打。
五人の熟練兵は悲鳴を上げる暇すらなく、冷たい泥の上に崩れ落ちた。
「ハァ……ハァ……ッ」
息を整えるライカの手に、微かな震えはない。自らの成長を噛み締める余裕などなかった。四人は追手が集まってくる前に、闇に乗じて北の丘へと駆け上がった。
ヴェローナを見下ろす丘の頂。
四人は思わず足を止め、振り返った。
眼下に広がるのは、地獄のような光景だった。
美しかった白亜の城郭は炎に包まれ、黒煙が夜空を覆い尽くしている。
伯爵の守る城館からは今なお激しい打撃音が響き、ガルシアとマリアと過ごした思い出の館もまた、赤い火の粉を撒き散らしながら燃え上がっていた。
「お父様……マリアさん……ッ!」
アリアが膝をつき、両手で顔を覆って慟哭した。
シオンもまた、零れ落ちる涙を拭おうともせず、燃える館に向かって絞り出すような声で呟いた。
「マリアさん……ごめんなさい……僕、もっと強くなるから……ッ」
残してきた大切な大人たちの顔が、脳裏をよぎる。
きっと伯爵は城と運命を共にし、マリアはあの温かな家の中で、静かに最期を迎えるのだろう。自分たちに未来を託すために。
ライカは血が出るほど強く唇を噛み締め、ガルシアの刀の柄を痛いほど握りしめた。
叫び出したいほどの悔しさと悲しみが胸を絞め上げる。しかし、ライカは決して膝を折らなかった。
「……行くぞ」
ライカの声に、悲壮な覚悟が宿っていた。
「振り返るな。……俺たちがここで立ち止まったら、おっさんやマリアさん、伯爵様が命を懸けて繋いでくれた意味がなくなっちまう」
「……ああ」
ルカが涙を拭い、静かにアリアの肩に手を置いた。
「行こう、アリアさん。僕たちが君を……絶対に死なせはしない。それが、ガルシア様と伯爵様との約束だ」
「……う、うん……っ……!」
アリアは何度も頷き、袖で涙を拭うと、固い決意を秘めた瞳で立ち上がった。
目指すは、三男ルキウス軍が直接統治する、より強固な隣の要塞都市。
そこまでの道のりもまた、ゼノヴィス軍の追手や魔物が蔓延る過酷な戦火の渦中であることに変わりはない。
しかし、彼らはもう無力な浮浪児ではない。
理不尽な世界に奪われ続け、泥を舐めてきた少年たちは、いまや大切な仲間を護るための「刃」となっていた。
背後で燃え盛る故郷の炎を背に受けながら、四人の影は夜明の迫る荒野へと力強く足を踏み出した。
絶望の荒野を切り拓く、研ぎ澄まされた二つの刃。
少年たちの壮絶なる生存と復讐の闘争は、新たな激動の舞台へと向かって加速していく――。




