第16話 誓いと冒険者証
ガルシアの屋敷に身を寄せてから、早くも一年の歳月が流れていた。
ガンッ――ッ!!
朝靄が残る庭園に、甲高い木剣の交差音が響き渡る。
ライカの赤い髪が風を切り、野性味を増した鋭い踏み込みから一閃が繰り出される。
かつてのような力任せの振り回しではない。ガルシアから叩き込まれた体幹の軸と、無駄を削ぎ落とした武人の刃だ。
間髪入れず、死角から滑り込んだルカが細身の木剣で鋭い突進を見せる。
ライカが前衛で視界を奪い、ルカが隙を突く――二人の呼吸は完全に一致していた。
「――甘いな」
だが、二人の一撃をガルシアは一歩も動かずに木剣一本で受け流し、二人の額をまとめて木剣の腹で小突いた。
「ぐわっ!?」
「っ……!」
「技の切れは見違えたが、二人の連携に頼りすぎだ。一人になった瞬間に死ぬぞ」
ガルシアは豪快に笑いながら木剣を肩に担ぎ直した。
だが、その眼光には二人への確かな満足感が滲んでいた。
一年間の血を吐くような地獄の鍛錬。二人の剣術は、そこらの正規兵を軽々と凌駕する域へと達していたのだ。
庭の隅では、シオンが静かに指先をかざし、空中へ小さな炎の球体を完璧な精度で出現させていた。
かつて路地裏で倒れていた脆弱な少年は、いまや確かな実戦魔術を操る術者へと成長を遂げていた。
「よし、今日の稽古はここまでだ」
ガルシアは木剣を置くと、汗を拭う三人を見渡した。
「着替えて支度をしろ。街の冒険者ギルドへ行くぞ」
「……え? ギルドですか?」
ルカが青い瞳を瞬かせた。かつてベルガモのギルドで「身元保証のないガキ」と惨めにはじき出された苦い記憶が脳裏をよぎる。
「お前たちには身分証がない。このご時世、街の出入りや行商の護衛ひとつ受けるにも、身元を証明するものが必要だ。……だからな、俺の『養子』としてギルドに登録させる」
「よ、養子……!?」
ライカが声を裏返らせた。
「なんだ、不服か? ガルシアの姓を名乗るのが嫌なら今すぐ突っぱねてもいいんだぞ」
「ち、違う! 嫌なわけねえだろッ! ……ただ、俺たちみたいな身元不明の奴らを、おっさんの家族にしていいのかよ……」
ライカは照れくさそうに頭を掻きむしり、ルカもまた感極まったように口元を固く結んだ。
「ハッ、いまさら気にするか。行くぞ、泥犬ども」
ヴェローナの冒険者ギルドは、活気と活熱に満ちあふれていた。
重厚な扉を開け、ガルシアが三人を引き連れて入ってくると、ギルド内にいた荒くれ者や熟練の冒険者たちが一斉に姿勢を正し、敬意の視線を向ける。
「これはガルシア騎士団長! 本日はどのようなご用件で?」
受付の職員が恭しく頭を下げた。ガルシアは太い腕を組み、三人の背中をドシリと押し出した。
「この三人の冒険者登録だ。俺の養子としてな」
「は、騎士団長様の養子様ですか!?」
ギルド内がざわついた。
1年前、身元も金もなく門前払いを食らったあの惨めな現実が嘘のように、手続きは迅速に進められた。
もちろん、コネだけではない。
ギルド裏の訓練場で行われた実技試験において、ライカとルカの圧倒的な剣技と、シオンの精巧な魔術を見た試験官たちは、完全に言葉を失っていた。
手渡されたのは、銀色に輝く金属の冒険者プレート。
そこには、はっきりと刻まれていた。
『ライカ・ガルシア』
『ルカ・ガルシア』
『シオン・ガルシア』
手のひらに残る、ズシリとした重み。
自分たちはもう、捨てられた孤児でも、追われるだけの浮浪児でもない。
この世界で生きていくための「名」と「居場所」を、真に手に入れたのだ。
「ちょっと! なんで私を置いてギルドに行っちゃうのよ!」
屋敷に戻ると、プンプンと頬を膨らませたアリアが待ち構えていた。
相変わらず過保護な伯爵邸を抜け出しては、この館へ遊びに来ているのだ。
「仕方ないだろ、手続きだったんだからさ。ほら見ろよアリア、俺たちの身分証だ!」
ライカが誇らしげにプレートを見せつけると、アリアは羨ましそうにそれを覗き込み、すぐにフッと優しく微笑んだ。
「ふん、少しは一人前の顔つきになったじゃない。……おめでとう、ライカ、ルカ、シオン」
「ありがとう、アリアさん」
シオンが穏やかに笑い、マリアが焼き上げた特製の肉料理が食卓いっぱいに並べられた。
「さあさあ、今日はお祝いよ! たくさん食べなさい!」
マリアの優しい声に包まれ、大皿を奪い合うように料理を口へ運ぶライカと、それを冷やかしながらも嬉しそうに微笑むルカ。
家族の真ん中で豪快に酒杯を煽るガルシア。
血の繋がりなどどこにもない。
けれど、ここにあるのは間違いなく、温かな「家族」の姿だった。互いを思い遣り、本当の兄弟のように笑い合える陽だまりのような時間。
しかし、屋外の夜空の向こうでは、10年続く内乱の暗雲が、静かに、そして確実にこの幸福な館へと迫りつつあった。




