第14話 地獄の鍛錬
ガンッ――!!
激しい木の衝突音が、朝靄に包まれた庭園に響き渡った。
「腰が引けているぞ、ライカ! 踏み込みが浅いから威力が殺されるんだ!」
「ぐ……あぁぁッ!」
ガルシアの容赦ない木剣の一閃が、ライカの打ち出した木剣を容易く弾き飛ばした。
追撃の打突が容赦なくライカの腹部を捉え、ライカは地面を転がってうめき声を上げた。
「次はルカ! 技の出所が見え見えだ。目線で打ち筋を教えるな!」
「っ……!」
死角から滑り込んだルカの鋭い突きも、ガルシアは最小限の身ごなしで回避すると、柄頭でルカの腕を軽く叩いて体勢を崩させ、泥の中に突き倒した。
朝摘みの露が降りる早朝。
ガルシアの館の広大な庭では、連日このような凄惨な訓練が繰り広げられていた。
二人掛かりで挑んでも、ガルシアの足元をかすらせることすらできない。
体中に青あざを作り、血と汗を流しながら、二人は何度も泥の中から立ち上がり、木剣を握り直した。
「ふぅ……二人とも、よく頑張ったわね。お湯が沸いたから、顔でも洗いなさい」
午前中の猛稽古を終え、薪割りと庭の掃除という昼の雑用に追われていた二人に、ガルシアの妻――マリアが温かい手ぬぐいと麦茶を差し出してくれた。
「ありがと……マリアさん……」
ライカは手ぬぐいで顔の泥を拭いながら、縁側に腰を下ろした。
体中が悲鳴を上げているが、ベルガモで飢えに怯えていた頃と違い、腹の中には温かい飯が入っており、全身に心地よい疲労感が残っていた。
「ねえ、マリアさん」
ルカが麦茶を口に含み、静かな声で問いかけた。
「ガルシア様は……一体何者なんですか? 僕たちもそれなりに修羅場を潜り抜けてきたつもりだったけれど、あんな強さは見たことがない」
マリアはふふっと優しく微笑むと、遠い目をして語り始めた。
「あの人はね……かつて『大陸で五本の指に入る』とまで謳われた武人なのよ。数々の戦場で武功を立て、かつては王都の近衛騎士団からも招聘されたほどの名剣豪だったの」
「大陸で……五本の指!?」
ライカが思わず麦茶を吹き出しそうになった。
自分たちが突っかかり、泥を付けられた相手が、そんな伝説級の猛者だったとは思いもしなかったのだ。
「そんな凄い人が、どうしてこんな地方都市の騎士団長なんてやってるんだ?」
「ヴェローナを治める伯爵様のおかげよ」
マリアは愛おしそうに夫のいる屋敷の奥を振り返った。
「10年前、内乱が始まった時……この街も荒廃し、民は泥沼の争いに巻き込まれそうになった。その時、今の伯爵様が体を張って領民を守り、理不尽な強制徴収に立ち向かったの。あの人はその伯爵様の『男気』と器量に深く惚れ込んでね。『この人の剣となり、この街の平和を守る』と言って、すべての地位を捨ててここに定住したのよ」
権力や名声ではなく、ただ惚れ込んだ男の理想のために剣を振るう。
その生き様に、ライカとルカは強く胸を打たれた。
自分たちがこれまで出会ってきた兵士や徴税人は、己の欲望と保身のために弱者を踏みにじる者ばかりだった。
だが、この館にいる男は違う。
本物の「強さ」とは何かを、ガルシアはその生き様で示していたのだ。
「ごめんあそばせ! 入るわよ!」
昼下がり、屋敷の重厚な門扉を開けて飛び込んできたのは、華やかなドレスを身に纏った貴族の少女――アリアだった。
後ろには、苦笑いを浮かべたお供の侍女が従っている。
「アリアお嬢様。また抜け出してきたんですか?」
ルカが呆れ顔で尋ねると、アリアはフンと鼻を鳴らして頬を膨らませた。
「違いますわ! 今日は正式にお父様から許可をもらって、あなたたちの様子を見に来てあげたのよ! ……それと、その……」
アリアは急に言葉を詰まらせ、手に持っていた豪華な木箱を二人の前に突き出した。
「この前は……ごめんなさい。私の我儘のせいで、あなたたちにひどい怪我を負わせてしまって。これ、お見舞いの高級な焼き菓子よ! 感謝して食べなさいな!」
ツンと澄ました態度だが、その耳たぶは真っ赤に染まっていた。
「……なんだよ、案外いい奴じゃんか」
ライカが箱を受け取り、ニッと笑うと、アリアは「なっ、生意気ね!」と顔を真っ赤にして抗議した。
屋敷から逃げ出した理由を聞けば、過保護な伯爵家の退屈な日常に耐えかねたからだという。
世間知らずなお転婆令嬢ではあるが、裏表のない素直な性格だった。
最初こそ高飛車だったアリアも、過酷な訓練に泥まみれで食らいつくライカとルカの真剣な眼差しを見るうちに、次第に態度を軟化させていった。
同世代の友人がいなかった三人にとって、この短い昼の歓談は、過酷な日々に与えられた束の間の温かい時間となっていた。
「おい、遊んでいないで夕方の稽古だ! 庭へ出ろ、泥犬ども!」
ガルシアの腹の底から響くような怒号が響く。
「よしっ、行くぞルカ!」
「うん。今日こそ一矢報いてやる」
夕日に染まる庭園で、再び木剣を構える二人。
ガルシアの打ち出す圧倒的な剣圧に圧されながらも、ライカの「野性的な強撃」と、ルカの「冷徹な隙を突く鋭さ」が、稽古を重ねるごとに少しずつ噛み合い始めていた。
大陸屈指の猛者の元で、引き裂かれ、鍛え上げられていく「二つの刃」。
理不尽な世界を生き抜くための本当の強さが、いま着実に二人の少年の肉体へと刻み込まれようとしていた。




