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第13話 騎士団長ガルシア

「いい加減にしなさい、ガルシア! この子たちは私を助けようとしてくれただけじゃないのッ!」


 静寂を切り裂いたのは、少女の必死な叫び声だった。


 泥と血に塗れ、男の足にしがみつくライカとルカ。


 視界が赤く染まり、意識が途切れかける二人の耳に、突如として激しい靴音が近づいてくるのが聞こえた。


「ガルシア様! アリア様は見つかりましたか!?」


 路地裏の角を曲がって駆け込んできたのは、揃いの武具を身に纏った数人の兵士たちだった。


 彼らは私服の巨漢――ガルシアと呼ばれた男の前に着くと、一斉に深々と頭を下げた。


「……遅いぞ、お前たち。お嬢様ならこの通り、路地裏で野良犬に噛みつかれそうになっていたところを確保した」


「だ、誰が野良犬よ! 勝手に屋敷を抜け出したのは謝るけど、この二人は私を助けようとして……!」


「助けるも何も、ただの早合点だ」


 ガルシアは溜息をつき、足元で血を吐きながら自分を見上げている二人の少年へと視線を落とした。


 ――早合点。


 その言葉の意味を理解した瞬間、ルカの冷え切った頭脳に衝撃が走った。


(……待て、この男は誘拐犯じゃない……? 兵士たちが『ガルシア様』『アリア様』と呼んでいる……)


「……くそ、っ……どういう、ことだ……」


 ライカがかすれた声で呟く。


 ガルシアは不敵な笑みを浮かべ、二人を見下ろした。


「わからんか? このお転婆は、ヴェローナを治める伯爵家のお嬢様――アリアだ。お屋敷を勝手に抜け出して街を徘徊していたところを、私服の俺が連れ戻しに来ただけだ」


「……な……ッ!?」


 ライカの目が大きく見開かれた。


 自分たちは、屋敷を抜け出した貴族の少女と、それを連れ戻しに来た関係者に突っかかり、無謀にも挑みかかってボコボコにされただけだったのだ。


「……あはは、最悪の勘違い、か……」


 ルカの口から、乾いた苦笑が漏れた。


 緊張の糸が途切れた途端、強烈な倒熱と飢え、そして全身の激痛が二人の意識を暗闇へと引きずり込んでいく。


「おい、倒れるな。命知らずのガキども」


 ガルシアは倒れ込む二人の首ぐさを、まるで仔猫でも持ち上げるかのように片手ずつで軽々と掴み上げた。


「街の治安を守る騎士団長に牙を剥き、あまつさえ暴行を加えたんだ。本来なら大罪人として地下牢にぶち込むところだが……」


 ガルシアは血走った眼光を死なせていない二人の顔を交互に見つめ、ニッと口の端を上げた。


「……罪を償う機会を与えてやる。ついてこい、ガキども」




 次にライカが目を覚ました時、視覚を満たしたのは温かい薪の爆ぜる音と、鼻をくすぐるスープの香ばしい匂いだった。


「……つっ!?」


 体を起こそうとすると、胸と背中に激痛が走った。


 見渡せば、そこは清潔な木造の部屋だった。


 自分とルカは、柔らかい布団が敷かれたベッドの上に横たわっており、全身の傷口には丁寧に薬草と包帯が巻かれている。


「起きたかい? 無理に動いちゃダメだよ」


 穏やかな声とともに部屋に入ってきたのは、優しい目元をした一人の女性だった。


 彼女はガルシアの妻であり、二人が目を覚ましたのを見ると、温かい野菜スープの入った木鉢を差し出してくれた。


「ほら、ゆっくり飲みなさい。ずっと何も食べていなかったんでしょう」


 二人は示し合わせたわけでもなく、むしゃぶりつくようにスープを飲み干した。


 身体の隅々にまで温かい滋味が染み渡り、生きている実感が戻ってくる。


「ふう……助かった…?」


 部屋の入り口から、あの大柄な男――ガルシアが腕を組んで姿を現した。


 その傍らには、二人より一歳ほど年下と思われる、静かな雰囲気を纏った黒髪の少年が控えている。


「腹は満たされたか? 泥犬ども」


「……あんたが、この街の騎士団長なのか」


 ライカは包帯を巻いた胸を押さえながら、ガルシアを鋭く睨みつけた。


「そうだ。ヴェローナ騎士団長、ガルシアだ」


 ガルシアは脚を組んで椅子に腰掛け、二人を品定めするように見つめた。


「身元不明、金なし、着の身着のまま。……だが、あのボロボロの体で俺の足にしがみついた執念だけは本物だった。お前たち、行き場がないんだろう?」


「……だったら、どうする気だ? 警備兵に突き出すのか?」


 ルカが警戒感を露わにして尋ねる。


「突き出してもいいが、それじゃあ俺の気が済まん」


 ガルシアは不敵に鼻で笑った。


「条件を出してやる。この館に住み着け。昼間は我が家の家事手伝いや薪割り、雑用をこなしてもらう。その代わり、飯と寝床を提供してやる。……そして、朝と夕方の二時間、俺が直々に剣の手ほどきをしてやる」


「……なっ!?」


 ライカとルカは絶句した。


 お尋ね者として追われ、街を追い出され、飢え死にする寸前だった自分たちに、居場所と食事、そして「剣の指導」を与えるというのだ。


「なんで……俺たちみたいな浮浪児に、そこまでしてくれるんだよ」


 ライカの問いに、ガルシアは太い腕を組み、ニヤリと笑った。


「理由? 簡単だ。お前たちの目だ。理不尽に叩きのめされても、死んでも折れねえ根性がある。……俺はな、へこたれない骨のあるガキが好きなんだよ」


 ガルシアの言葉には、裏表のない圧倒的な器の大きさと、男気が溢れていた。


「断る理由はないはずだ。泥を舐めて生き延びるか、俺の元で牙を研ぐか……選べ」


 ライカとルカは顔を見合わせた。

 失うものなど何一つない。


 目の前に差し伸べられたのは、地獄の底から這い上がるための、唯一にして最強の「蜘蛛の糸」だった。


「……よろしく頼む、おっさん!」


「よろしくお願いいたします、ガルシア様」


 こうして、過酷な放浪を続けてきた「二つの刃」は、ヴェローナ騎士団長ガルシアの館という新たな居場所を手に入れたのだった。

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