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日本からの手紙  作者: 程猟
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テガカリ

小出の言う通り、手紙の内容はところどころ難解で、読み進めるのに骨が折れた。いつの間にか、傍らには電子辞書を引き寄せていた。三万円以上もはたいて購入したキヤノンのwordtank G90だが、買って以来、これほど酷使した日は今日をおいて他にない。もっとも、小出に言われるまでもなく、今さら途中で放り出せるはずもなかった。それほどまでに、この一件は異様だった。



宮原の手帳には、客観的な証拠だけでなく、独自の捜査記録や推測も書き留められていました。


メモによれば、古村夫妻の死こそが一連の連鎖自殺の起点であり、もし裏に何かがあるとするなら、すべては夫妻から始まっている可能性が極めて高いとのことでした。そもそもこの二人は、学界でも一際目を引く存在――教授としては若すぎる二人だったのです。


実を言うと、手帳を見る前から二人の噂は耳にしていました。古村なお子(旧姓・堀なお子)は、早稲田大学における伝説的な人物であり、史上最年少の教授だったからです。幼少期を過ごしたアメリカで飛び級を重ね、大学入学はわずか十一歳。帰国後に早稲田で博士号を取得し、十数年後には教授の座に就いた。その一年後、東大の若き天才学者である古村大次郎と出会って結婚し、ほどなくして大学を辞めて専業主婦に収まったのです。


若くして教授職を投げ打った理由については、様々な憶測が飛び交いました。単なる自己顕示欲にすぎなかったという説もあれば、東大の男に騙されたのだという意地の悪い噂もありました。ですが、最も腑に落ちたのは、「より自由な研究環境を求めて教授になったものの、大学という組織の現実に失望し、結婚を機に家庭へ退いた」という説です。主婦になれば時間を自由に使える上、東大教授である夫の研究リソースを利用して、好きな考古学に没頭できますから。他人のプライベートに関心はありませんが、同じ早稲田で働く身として、なお子の武勇伝は嫌でも耳に入ってきました。彼女が去ってからは噂も立ち消えていましたが、まさか自宅で命を絶っていたとは夢にも思いませんでした。


宮原の調査によれば、夫妻の仲は極めて良好で、夫婦関係の不和で自殺する理由は皆無でした。それどころか、大次郎の出張前、二人は南米への学術調査旅行を計画していたのです。近所の商店の証言や口座の取引履歴からも、夫の留守中、妻が南米旅行に必要な物資を買い揃えていた事実が確認されています。言うまでもありませんが、死を覚悟した人間が、未来の旅行の準備をするはずがありません。


夫妻に関する資料の中で、宮原が特に強調して赤線を引いている箇所がありました。大次郎がエジプト出張中、妻に宛てて小さな小包を送っていたという記録です。それが「贈り物」だと判明したのは、宮原が遺品の中から同封されていた手紙を発見したからでした。そこにはこう書かれていました。


「君へのサプライズだ。エジプトの露店で偶然見つけた。軽く目を通しただけだが、君なら間違いなく気に入ると思う……」


しかし、不可解なことに、宮原はその肝心の贈り物を見つけ出すことができませんでした。小包がなお子の手元に届いたのは、二〇一二年七月二十日のことです。


一方で、宮原は松田教授のメールボックスから、古村なお子から送られた一通のメールを発見しました。受信日は二〇一二年七月三十日、月曜日。なお子はメールの中で、アトランティス文明に関する資料を入手したこと、そしてそれがエジプトで発見された遺物である可能性が極めて高いことを告げ、共同研究のチームを立ち上げてほしいと打診していました。松田はかつての同僚であり、その専門分野を熟知していたなお子は、手に入れた資料を自ら日本語に翻訳し、現物のスキャン画像と共に松田へ送信したのです。宮原は、この「アトランティス文明の遺物」こそが、大次郎から送られたサプライズの品ではないかと睨んでいました。


打診を受けた松田教授はすぐには着手せず、この分野を研究テーマにしていた院生の浅野奈々子にその資料を丸投げしました。そして奈々子が自らの命を絶った後になって初めて、自ら資料の詳細に目を通し始めたのです。


手帳には、宮原による仮説が書き残されていました。


「アトランティス文明の遺物と思しきものに接触した者は、全員が不可解な自殺を遂げる」


そして、その下に小さな文字で、こう追記されていました。


「馬鹿げている。だが、すべての筋が通る」


その一文には、幾重もの丸印がつけられていました。


古村大次郎の死も、この仮説に合致します。なお子の自殺という報に接した彼は、宮原と同様に不審を抱き、身辺を調べていた形跡がありました。考古学教授という自身の立場からすれば、なお子が松田教授に送った資料の内容に、より深く踏み込んで研究しようとしたのは極めて自然な成り行きでしょう。


正直なところ、この記述を目にした瞬間、真っ先に頭をよぎったのは「呪い」の二文字でした。ツタンカーメンの墓を暴いた発掘関係者が、次々と謎の死を遂げたという有名なオカルト話。まさに、あれと同類の現象ではないか、と。


しかし、その推測では、法医たちや松田教授の妻の死を説明できないことにすぐ気づきました。松田の妻は夫の「日記」を読んだだけであり、二人の法医に至っては、アトランティスの遺物に指一本触れていないのですから。


宮原も当然、その矛盾に突き当たっていました。メモのさらに下には、「この仮説では、十一月に起きた新たなヤマを説明できない」と書き残されています。この記述から察するに、例の仮説は十一月以前に立てられたものなのでしょう。


手帳から得られた手がかりは、そこまででした。十一月十五日以降の数ページが引きちぎられており、その直後に宮原は死を遂げたのです。


手帳のコピーを置いた時には、すでに窓の外が白み始めていました。シャワーを浴びて簡単な朝食を済ませ、大学へ向かいました。自分の研究室に軽く顔を出すと、すぐに考古学研究室へと急ぎました。


そこで、以前講義を履修していた鈴木という学生に鉢合わせました。松田教授の研究資料の所在を尋ねると、彼はまるで目の前に異形の怪物が現れたかのような顔で硬直しました。体調でも悪いのかと声をかけると、ようやく我に返ったように話し始めました。研究室で立て続けに二人の死者が出たため、教授の研究には呪いがある、太古の神の逆鱗に触れたのだ、と学内は迷信に支配されており、誰もその件に触れたがらないのだそうです。資料が破棄されていないか肝を冷やしましたが、幸いにもアーカイブに保管されているとのことでした。


転送してほしいと頼むと、彼は「アクセス方法を教えるから、自分でやってくれ」と、怯えた顔で平謝りするばかりでした。自分だけは厄災に巻き込まれたくない、ということなのでしょう。


鈴木がこれほど臆病な男だとは思いもしませんでした。いささか腹を立てながらも、指示された手順で自分のメールアドレスにデータを転送し、その場を後にしました。

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