ジケン
そこまで読み進め、妙な邪推が頭をもたげる。まさか、小出は殺人事件に巻き込まれたのではないか。誰かの陰謀か。あるいは、この手紙は獄中から送られてきたものなのか。いや、そもそも宮原の死だって、本当に自殺だったのだろうか。
頭を振り、雑念を追い出す。ハリウッド映画の見すぎだ、と自分に言い聞かせ、再び便箋に視線を落とした。
生前の宮原と最後に接触した人物として、ずいぶんと入念な事情聴取を受けました。そしてその日の夜、宮原から宅急便が届いたのです。中に入っていたのは、彼の警察手帳でした。翌日、慌てて警察に連絡を入れて提出しましたが、もちろん、中身のコピーは手元に残しておきました。
数日後、宮原の件がどうなったのか尋ねるため、署に電話を入れました。対応した警察官の口から出たのは「自殺」という言葉でした。思わず「そんなはずはない!」と叫びました。
「自分も、宮原先輩が自殺するなんて信じられません。ですが、すべての物証が自殺を示しているんです……」
受話器の向こうの声は、涙ぐんでいるようでした。
それもそのはずです。宮原は遺体で発見される前日まで、署で通常通り勤務し、担当の事件を追っていたのですから。後から知ったのですが、電話の主は寺岡という警察官で、宮原を心から崇拝していました。まるで『シャーロック・ホームズ』に出てくるホームズ評さながらに、宮原先輩が解決できない事件なら他の誰も解決できないと信じて疑わないほどの傾倒ぶりだったそうです。しかし、寺岡が言う通り、それが警察という組織の仕事です。どれほど不可解であろうとも、すべての物証が自殺を指し示している以上、新たな証拠が出ない限りは自殺として処理されるしかありません。
宮原が死んだ当時、抱えていた研究課題がちょうど佳境を迎えており、忙殺される日々の中でその死の衝撃も薄れかけていました。そういえば書き忘れていましたが、現在は早稲田大学で物理学の教鞭を執っています。古谷教授の助手も務めていますが、准教授の肩書にはまだまだ手が届きそうにありません。
課題が一段落し、ようやく一息ついた夜のことです。帰宅してベッドに横たわっていると、ふと、宮原の手帳のコピーが目に入りました。何気なく手に取ってページをめくってみると、そこには最近彼が追っていた事件の記録や捜査メモが、克明な日付と共に並んでいました。
夜更けにもかかわらず、文字を追ううちに脳が冴え渡っていくのを感じました。どうにも気になり、事件の記録を時系列に沿って整理してみることにしたのです。そうして、一つの奇妙な輪郭が浮かび上がってきました。
・二〇一二年九月四日
早稲田大学考古学研究室の大学院生、浅野奈々子(25)が校舎から転落死。捜査結果は、遺書が残されていたことから自殺と断定。法医による遺書の分析では、極度の鬱状態に陥っていたとされ、慢性的な鬱病の疑いも指摘されていた。しかし、親族や友人への聞き込みでは、生前の彼女は明るい性格で、鬱の兆候など微塵もなかったという。
・二〇一二年十月十三日
早稲田大学考古学研究室の教授、松田黒尾(57)が研究室内で服毒死。遺書があり、服毒自殺と認定。浅野奈々子の指導教官。やはり遺書の分析から、極度の鬱状態での自殺と推測される。遺族である妻の証言によれば、生前に精神的な疾患はなかったものの、亡くなる半月ほど前から様子がおかしかったとのこと。
・二〇一二年八月二十八日
専業主婦の古村なお子(28)が自宅バルコニーから転落死。自殺と認定。遺書あり。彼女は結婚前、早稲田大学の考古学教授を務めており、誰もが認める天才学者だった。
・二〇一二年十月二日
古村なお子の夫であり、東京大学の考古学教授だった古村大次郎(29)が自宅で薬物の過剰摂取により死亡。新婚からわずか半年の出来事だった。自殺と認定され、残された遺書には「なお子の自殺の動機を理解した」旨が記されていた。妻の死の当時、エジプトに出張中だった彼は、警察の知らせを受けて急遽帰国。当初は妻の自殺という判定に激しく憤り、独自に調査すると息巻いていた。しかし、ほどなくして自宅で変わり果てた姿となって発見された。
古村夫妻の事件は神奈川県内で起きたため、本来の管轄は神奈川県警本部でした。しかし、宮原が追っていた早稲田大学の関係者による一連の不審死との関連が疑われ、警視庁を経由して宮原の署へ資料が移管されたようです。神奈川県警の法医による鑑定でも、夫妻の遺書は極度の鬱状態を示すものとされていましたが、やはり二人とも精神疾患の通院歴はありませんでした。
・二〇一二年十一月十五日
松田教授の妻、松田華子が自宅で首吊り自殺。残された遺書には、夫・黒尾の最期の数日間の日記を読み「すべてを悟った」と綴られていた。現世への未練は失せた、夫の後を追いたい、といった内容だった。
・二〇一二年十一月十九日
松田黒尾と浅野奈々子の遺書を鑑定した法医、宮本峻が無断欠勤。同月二十二日、海岸で遺体となって発見された。投身自殺の可能性が極めて高く、衣服のポケットからは、ビニール袋に保護された遺書が見つかっている。
・二〇一二年十一月十三日
神奈川県警で古村夫妻の遺書鑑定を担当した法医、森勝雄が自宅で手首を切って死亡。やはり、みずからの死を証明する遺書が残されていた。
ここまで読んだ程くんは、警察の捜査が怠慢だったのではないか、と疑うかもしれません。何者かが彼らを殺害し、遺書を偽造したのではないか、と。
しかし、断言しておきます。これは捜査資料を精査した末の、紛れもない結論です。手帳には個々の事件の凄惨な現場状況や、鑑識の報告が克明に記録されていました。知っての通り、物理学を志す人間です。物理の探究も警察の捜査も、揺るぎない客観的事実から出発する点においては同じです。だからこそ、並べ立てたすべての事案において、他殺の可能性を徹底的に排除した上で、完璧な「自殺」であると認めざるを得なかったのです。彼らは確かにみずから命を絶ちました。ですが、誰もが自殺などしそうにない人物ばかりなのです。特に宮原。彼とはあまりに長い付き合いです。鬱病を患って突発的に死を選ぶような男では断じてありません! 彼を自宅に送り届けたあの夜は、二〇一二年十二月十二日の水曜日。これだけは絶対に間違いありません。彼はその直後に死にました。そして、現場に残された自殺の証拠は、他の犠牲者たちと同様、ぐうの音も出ないほど完璧だったのです。
だからこそ、不気味なのです。だからこそ、君に手紙を書かずにはいられませんでした。もっとも、これはまだ序章にすぎません。不慣れな日本語の長文を読ませてしまい、骨を折らせていることは百も承知です。本当に申し訳ない。それでもどうか、この先を読み進めてほしい。ここからが、核心なのですから。




