巣窟
「本当に馬鹿な子ね。」
目の前の女は利子にそう言った。
「…冷やかしに来たなら帰ってくれますか?私は貴方のような人間が昔から大嫌いです。」
女は利子の言葉を無視して続けた。
「このネットニュースみて見なさいよ。随分と誇張されているようだけど貴方のお父様の影響かしら?娘の日常的なDVに家族は日々怯えて暮らしていた。精神疾患で通院していた。全部嘘なんでしょ?」
女はクスクスと笑った。
「なるほどね、あくまで自分たちは被害者で、貴方一人を異常者として片付けるなら貴方の姉さんの婚約も破棄されにくいものね。」
「…どこまで知っているんですか?」
愛ビーという宗教団体に利子は恐怖心を抱き始めていた。女は利子の反応を見ると躊躇うような間を置いたあとそっと人差し指を唇にあてた。
「内緒。」
利子は心底うんざりした。そもそも宗教団体を含めて団体というものは問題を起こした人間を切り捨てるものではないだろうか。なのになぜこの宗教団体の関係者は利子との関係性を隠すどころかむしろ面会までしに来たのか利子には理解できなかった。「それじゃあ本題に入るけれど」と女は言った。
「助けてしてあげましょうか?」
「…は?」
「最近ね、うちの教団を悪く言うような政治家が居るの。教祖様はそれで昼夜問わず頭を抱えていて、本当にその政治家を静かにさせたいみたいなの。」
「まさか…私にその政治家を殺せと言うのですか?」
「まさか、そんな自殺行為をお願いするはずがないでしょう。ああでも、その政治家の息子は確か貴方の姉の婚約者だったみたい。もし息子を失ったら少しは大人しくなるのかしら?」
この女の言いたいことが大体理解できた。私をその息子を殺すための捨て駒として扱いたいのだろう。
「もし私と同じことを貴方が考えているなら、流石に私を使うのは怪しまれるのでは?そもそもどうやって檻の中にいる私に手だしすることができるのでしょうか。」
「…この教団は貴方が思っている以上にお金と偉い人たちとの間に人脈があるの。名前は新しくすればばれないわよ。」
ああ、この人はこの人たちはきっと悪魔なのだろう。神の信仰を語るふりをした悪魔。そして目の前に落ちて来た転機が釣り針付きだと知りながら掴もうとしている私もきっと同類なのだろう。ならせめて、
「お願いがあります。」
「何?」
せめて私に優しくしてくれた姉を
「その新しい名前に優という漢字を入れて頂くことは可能ですか?」
姉のその優しさだけは忘れないでいたい。




