056濡れ女
「ニャ?!妖獣かニャ?!」
「妖獣?妖獣って、あの?」
妖獣が出たと言う知らせに、五月は驚き、静子は妖獣という言葉に首を傾げる。
「ごめん、みんな。私達、行かなきゃいけない!行くよ、斗真!」
「ああ」
「あ、うん。またカラオケしようニャ」
五月は戸惑いながら、楓と斗真を見送る。
2人はカラオケの部屋から出て、妖獣が出たと言う現場に向かう。
残されたのは、五月と静子のみ。
静子はジト目で五月を見る。
「どういうこと?妖獣って…何で、2人が退治する流れになってるの?」
「あ?そう言えば、しずっちには教えてなかったね。2人は退魔士なの」
「た、退魔士?!あの退魔士?」
「そ、あの退魔士。だから、この街周辺で妖獣が現れると、2人が退治することになるのニャ」
「まさか……2人が退魔士だったなんて」
静子としては、知識として妖獣を退治する退魔士と言う存在は知っていたが、まさかそれが2人だったとは。
確かに、以前の「たぬき喫茶店」での件と言い、2人はただ者ではないような気がした。
五月はマイクを取る。
「それじゃあ、後は私達で歌おうニャ」
「う、うん」
一方、斗真と楓は妖獣が出たと言う場所に行く。
そこは、小さな湖がある地点だった。
名前は知らないが、ずっと昔には、この湖を農業用水として扱っていたそうだ。
ここに妖獣が?
「あ!斗真、あれ!」
楓が指を差す。
指した場所は湖の中心。
そこには、何か見える。
人影のような何か。
今は暗いし、遠くて見えずらい。
ここは、
「〈万能眼〉〈千里眼〉」
数キロ先を見通せるスキル〈千里眼〉の出番である。
早速、湖の中心を見る。
「あれは?!」
見えたのは、人…女性である。
長い髪の女性……………の顔を持った蛇がいた。
気味の悪いことに、全体像は蛇なのだが、顔となる部分には、女性の顔がある。
まさに、妖そのもの。
斗真は見えたものを楓に伝える。
「それは…濡れ女ね」
濡れ女…川や海、湖などの水場で現れる女性の妖怪。
水の怪異と呼ばれ、水場に現れては、人を水の方へ引きずり込む。
濡れ女を見て、斗真が思い浮かべたのは、異世界の人面スネーク。
文字通り、人の顔が付いた大蛇の魔物である。
蛇の如き、しなやかな動きに、締め付けは強力。
しかも、頭は人なので、知能が高いのだ。
「…………ん?何か、追っている?」
〈千里眼〉を使いながら、濡れ女を観察していると、ある事に気づく。
濡れ女は湖の上を滑るように渡っているのが、それは何を追っているような動きをしているのだ。
濡れ女の動きの先を見てみると、何か小さなものが泳いでいた。
濡れ女はあれを追っている?
兎にも角にも、濡れ女を退治しないと。
「はあ!」
楓が足に履いている黒い草履『飛翔草履』を蹴り飛ばす。
草履は真っすぐ、濡れ女に向かう。
あれは妖気を持った武器、妖具であり、楓の脳波に反応して軌道を変えるのだ。
今回は妖獣が湖の上にいるため、遠距離攻撃が有効である。
バシ!
『飛翔草履』は見事に、濡れ女の頭部に命中する。
〈千里眼〉で濡れ女が悲鳴を上げたのが見れた。
そして、顔の方向を変え、遠くにいる斗真たちを見る。
目の色を変えた濡れ女が、今度はこちらに向かって泳いでくる。
敵意の方向が変わったようだ。
斗真は向かってくる濡れ女に備え、地面に落ちている石を拾う。
拳台の手ごろな石。
石を持った腕全体に魔力を行き渡らせ、石そのものにも、魔力を纏わせる。
そこから、腰を屈め、石を投げる構えを取る。
そして、ビュン!
斗真の魔力を纏った石は、物凄い速さで投石される。
大砲みたいである。
濡れ女の胴体に当たる。
ドス!
途端に、大きな衝撃音が響く。
さらに、大きくよろける濡れ女。
結構な手応え。
異世界で斗真が習得した投石技術である「魔弾」によって、濡れ女は大ダメージを受けたのだ。
そこに、最後の仕上げだ。
斗真は横にいる楓を見る。
楓は自身の緋色の髪より作り出した緋色の槍〈緋槍〉を、目を瞑って構えていた。
楓は右手で〈緋槍〉を持っている。
「〈万能眼〉〈魔力眼〉」
斗真は〈魔力眼〉で楓を見る。
右手だけでなく、右腕全体に魔力を纏わせている。
それだけでなく、〈緋槍〉にも魔力を纏わせている。
まるで、先程斗真が見せていた「魔弾」のように。
膨れ上がる魔力。
魔力が滾らせた楓は次の瞬間、目を見開く。
「〈魔緋槍〉!!」
鬼族と言う強力な魔力を持った妖怪が込めた槍の投石。
鬼の一撃と言わんばかりの投石。
緋色の線が濡れ女に向かう。
シュン!
緋色の線は濡れ女を貫く。
「キエエエエエエエ??!!」
濡れ女は暫く悲鳴を上げながら、のた打ち回る。
胴体には、大きな穴。
楓の〈魔緋槍〉よる一撃で空いたのだ。
なんて威力。
目方、斗真の「魔弾」を超えている。
やがて、濡れ女は煙のように消えていく。
退治できたようだ。
「お疲れ様」
斗真は楓に労いの言葉を掛ける。
「さっきの技、凄いな。新技?」
新技と聞かれ、楓は自慢げに握り拳を見せる。
「ふふ…前に、斗真が泥田坊の時に見せてくれた「魔弾」っていう技を真似てみた。凄い威力ね」
「真似て…か」
斗真は感嘆する。
真似ると言っているが、「魔弾」はそれほど単純な技ではない。
腕と投げるものに魔力を纏わせるのもそうだが、投げる際に、それをしっかりと維持する必要がある。
異世界でも、斗真自身習得に苦労した。
見よう見まねで出来る芸当ではない。
しかし、そこは楓。
鬼族だからなのか、楓だからなのか。
凄まじい習得度である。
「帰るか」
濡れ女は無事退治できた。
後は役所に電話するだけ。
その時、
「キュキュ」
小さく可愛らしい声が足元から聞こえる。
斗真と楓は同時に地面を見る。
「え?何だ、この生き物」
斗真が驚いたのは、地面には謎の生き物がいた。
大きさは普通の猫並み。
姿は、言ってみれば、大きな赤い毛糸?
いや、赤というより、楓の髪と同じ緋色か。
緋色の毛並みを持ったフサフサの生き物。
毛糸には、小さな光る点が2つある。
多分、目だ。
ソイツは、斗真と楓をジッと見上げていた。
よく見ると、ソイツは濡れていた。
水で、ずぶ濡れだ。
ここで、思い出す。
さっきの濡れ女は、何かを追っていた。
水の中を泳ぐ何かを。
つまり、濡れ女が追っていたのはコイツなの。
斗真は興味本位で、ソイツを触ろうとする。
「キュキュ?!」
しかし、怖がられたのか、距離を取る。
警戒されている。
「え?この子……」
楓は目を大きく見開き、ソイツに近づく。
ソイツは近づく楓にも、転がる素振りを見せる。
「大丈夫。大丈夫」
楓は穏やかに話しかける。
ソイツは怯えながらも、近づく楓から距離を取ることは無かった。
腰を屈める。
体を低くして、緋色の生き物をジッと観察する。
それに応じて、緋色の生き物も楓をジッと見返す。
楓はゆっくりと手を伸ばし、緋色の毛並みを撫でる。
「キュキュ!」
ソイツは気持ちよさそうに、撫でられる。
「楓、知ってるのか?」
斗真は楓に聞く。
楓は毛並みを撫でながら、答える。
「この子は、鬼団子。私と同じ、今は殆ど見かけなくなった妖怪……いえ、妖獣」




