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朧火の意志  作者: 布都御魂
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雪原の夢


『──君───ルト君───』


遠くから、誰かの呼ぶ声が聞こえて来る。微睡む意識の中、声のする方へと意識を向ける。


「──メルト君!」


「………っ、ヴィン…セント?」


眠気と疲労感に後ろ髪を引かれながら、ゆっくりと目を開ける。目を開けるとそこには俺に呼び掛け続けていたヴィンセントや、後ろで心配そうに見つめているアンジェがいた。


「メルト!良かった無事だったぁ〜!」


「うぉっ!?」


アンジェが目に涙を浮かべながら抱きついて来る。結構な勢いで飛び込んできた為か鳩尾にアンジェがクリーンヒットしたものの、如何せん心配を掛けてしまった為に文句を言う訳にもいかなかった。


「やれやれ……メルト君、身体は大丈夫かね?」


「あ、あぁ……多少倦怠感はあるが、もう大丈夫だ。大丈夫なんだが……ここ、何処だ?」


俺が寝ていたのは何らかのヘリの中であるようで、先程から細かな振動や唐突な浮遊感が、寝ていた兵員室のシートから伝わってきていた。


「安心してくれ、此処は回収ヘリの中だ。君が意識を失っている間に手配しておいたものだよ。」


「機体から降ろしても起きないからすっごく心配したんだからね!?」


ずっと抱きついたままのアンジェが頬を膨らませながら怒りを露わにする。正直全く怖くないのだが、そこはアンジェの名誉の為に黙っておくとしよう。


「ははは、ごめんごめん。」


「無茶をした事はたしかだが、その無茶のお陰で私達は助かったのだ……感謝するよ、メルト君。」


そう言って頭を下げるヴィンセント。事実その通りではあるのだろうが、面と向かって言われると気恥ずかしいものがあるな…。


そういえば、姿の見えないジャックはどこだ…?


「ヴィンセント、ジャックはどこにいるんだ?」


「あぁ、ジャックは──」


『俺はここだゼ、メルト。』


声のする方を振り向くとそこにはスピーカーしか無く、兵員室のスピーカーからジャックの声が流れてきていた。


『俺はさっきまでメルトが乗ってたアナライザーに乗ってんだよ。戦闘データも残っちまってるだろうし、鹵獲しておくに越した事はないだろうからナ。』


まぁ確かに、俺が操縦する時に施した調整や始まりの使徒(アポストル)との戦闘データはバッチリ残ってるだろうしな……必死に戦って生き残った戦果が、敵に悪用されるなんざたまったもんじゃない。


「既に国境線は目の前だ……安心するといい。」


どうやら意識を失っている間に割と時間が経っていたようだ……後始末を任せてしまったな…。


『間もなく着陸致します、少々揺れますので兵員室の皆様はご注意下さい。』


機内のスピーカーからアナウンスが流れ、ヘリが徐々に高度を下げていく。俺もシートから起き上がりつつヘリから降りる準備を整えておくとしよう。


揺れが収まり兵員室の扉が開かれると、目の前に広がるのは見慣れた国境線の景色であった。ヘリから降り、横に佇んでいる西華連邦製のアナライザー『氷羅Ⅱ』の元へと駆け寄る。膝をつく形で鎮座しているアナライザーの胸部が開き、中からジャックが顔を出す。


「よぉメルト!元気そうで何よりだゼ。」


窪みや折り曲げられた脚部を上手く使って下へと降りてくるジャック。そういえばこの機体、昇降用のワイヤーとか無いんだよな…。


「悪い、迷惑掛けたな。」


「ハッ、良いってことヨ。つっても始まりの使徒(アポストル)に関しては全部お前がやったんだ、帰りくらいのんびりしててもバチは当たらんだろうサ。」


「そう言って貰えると助かるよ……そういえば、このアナライザーはどうするんだ?」


ジャックが鹵獲して持ち帰ったこの『氷羅Ⅱ』は、使ってみて実感した事ではあるがかなり簡素な作りのアナライザーである。その簡素さは生産性や整備性を高める一因となっているのだろうが、ハッキリ俺は言ってコイツを戦場で使うのはもう勘弁である。


少し動かしただけで軋む関節部に溶接箇所が悪いのか擦れて摩擦音が鳴る肩の装甲板、燃費効率が異常に悪いブースターにやたらと反応速度の遅い操作感度など、悪い点を上げ続ければきりが無いレベルである。正直よくこの機体で始まりの使徒(アポストル)であるガリアルを撃退できたなと、無事に帰ってきた今だからこそ実感している所だ。


「コイツはバラして使えそうな部分だけ取っ払ったら、後は溶かして再利用だな。発動機は工業用のアナライザーにでも転用すればいいし、装甲板は溶かしゃタダの金属だしナ。」


「まぁ使い道、無いもんな……。」


「こんだけ簡素化されてりゃあな……量産には持ってこいなんだろうが、俺達が使うにはちょいとばかし脆過ぎるナ。ま、こういうのはモーリスにでも投げときゃいいのサ。」


遠くからしれっと仕事が増えたモーリスのくしゃみが聞こえた気もするが気のせいだろう……フォートレスにいるしな、モーリス。


「このアナライザーを気にするのは分かるけどよ、メルトはもう休んでても良いんだゾ?まだ疲れが抜けきってねぇダロ?」


心配そうに問い掛けてくるジャック。確かに、まだ気怠さは抜けていないし、眠気だって取れてはいない。踏ん張って他の作業を手伝いに行こうとでも思っていたが、下手に無理して倒れる事になれば逆に迷惑かけるか………お言葉に甘えて、休ませてもらうとしよう。


「……そうさせて貰うよ。」


「朝になったら起こしてやる、今はゆっくり休めヨ。」


「ありがとう……じゃあ、おやすみ。」


ジャックと別れ、テントに戻って装備を脱ぐ。AKMを立て掛け、ヘルメットやチェストリグを箱に仕舞い、コンバットスーツをハンガーにかけてから寝袋に入る。枕元にはマカロフを置いてあるし、安心して眠るとしよう……まぁ戦団のテントだから夜襲とか基本無いんだけどな。


目を閉じ、身体を覆う眠気に身を任せる。余程疲れていたのか、俺はすぐに眠りに落ちていった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


その夜、夢を見た。


夢と分かって見る夢……明晰夢だったか?に近い状態に、今の俺は陥っていた。


周囲に広がるのは雪原で、雪の降り積もった針葉樹や表面の水滴が凍りついた岩ばかりが立ち並ぶ、先程までいたエリア020の光景そのものであった。


強い吹雪が辺りを埋め尽くし、少し先の地面すら見えないような視界の中で、俺は前へ前へと進んで行く。息が白くなり、肺に入り込む空気が容赦なく体内を凍り付かせていくような感覚に陥る。夢の癖にクソ寒いとか、やってられないな…。


足元しか見えない雪原を歩いて行くと、とてつもなく背の高く、そして幹の太い巨木へと辿り着いた。視界が悪いせいか巨木の上側は全く持って見えず、見えているのは太い幹と大地に根ざす巨大な根っこだけであった。


ここならば吹雪を凌げるかと思い、巨木に近づいたその時──巨木から眩い光が放たれ辺りを埋め尽くした。


咄嗟の事に腕を交差させ防御姿勢を取るも、何かされたという感覚は無かった。閉じていた目を開けると、目の前にあった巨木は無く、それどころか吹雪が吹き荒れる雪原すらもなく、ただ真っ白な空間だけが広がっていた。


何もなく、ただただ遠くまで広がる広大な空間。少し歩いてもみても、景色が変わる様子は無い。どうしたもんかと首を傾げていると、遠くの方で何かの気配が生まれた。


なんで感じ取れたのかは分からないが、とにかく気配の方向へと歩みを進める。同じ場所に留まっていても埒があかないからだ。


気配の方向へ歩いて行くとそこには、一人の少女がいた。極彩色に光る長髪の、白いワンピースを身に纏った少女。この何も無い白の空間において、唯一色を持つ存在に、俺は警戒しつつ近づく。


ある程度の距離まで近づいた所で、少女はクルッとこちらを向いた。端正な顔立ちの少女は無表情でこちらを見つめ、そして口を開いた。


『貴方は……何?』


質問の意味を理解するのに、少し時間を要した。俺が誰なのかと言う意味なら名前を言うべきなのだろうが、今この時だけはその回答は違う気がしていた。


『……貴方は、何?』


「……俺はメルト、人間だ。」


同じ事を聞かれ、ひとまず答えておく事にした。何を聞かれているかは分からない以上、こう言うしか無かったのだ。


『…………そう。』


少女は俺の回答に興味なさ気に目を伏せ、そして再びこちらに向き直る。


『まだ………みたいね…。』


「……まだ、とは?」


『………いずれ分かる。』


1ミリも答えになってない言葉を呟き、少女は手を前に突き出す。


『いつかまた、ここに来る事になる……あなたは()()()なのだから。』


特異点……そういえばガリアルもそんな事を言っていたような…。


俺が、特異点…?……駄目だ、思考が纏まらない…。


唐突に、少女の突き出された手から光が放たれ、俺の周囲を包み込み始めた。咄嗟に目を覆うが、眩しさは依然として変わらなかった。


「待ってくれ、まだ聞きたい事が──」


『………また、ね。』


強烈な光が俺を包み込み、身体がぐっと外へ引っ張りだされる。白い空間が遠くなるような感覚が俺を襲い──そして目が覚めた。


「メルト、お前……大丈夫カ?」


ガバッと起き上がり、荒い呼吸を整えながら辺りを見回す。すぐ横には心配そうに此方を見つめるジャックと、少し離れた位置で椅子に座って此方を見つめるヴィンセントの姿があった。


「はぁ……はぁ………あぁ、大丈夫…だ…。」


「いやどう見ても大丈夫じゃねぇだロ……。」


「大丈夫、大丈夫なんだ……変な夢を、見ただけさ。」


心配そうなジャックに、誤魔化しの言葉を投げかける。あんな夢、説明しようがないからな…。


「ならいいけどよ……無理はすんなよ?」


「あぁ、分かってる……ほんとに大丈夫だから。」


「ほら、コーヒーでも飲むと良い……少しは頭がスッキリするだろうよ。」


ヴィンセントがコーヒーの入ったマグカップを差し出してくる。礼を言ってマグカップを受け取り、コーヒーを口に含む。



………特異点、か。



少女に言われた言葉が、何度も頭をよぎる…。









いつもの味である筈のコーヒーが……今日はいつも以上に苦く感じた。










お読み頂き、ありがとうございますm(_ _)m

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