反芻
「……以上が事の顛末だ。細かい事は報告書に記載してあるから読んでくれ。」
「あいよ……二人共、大変だったね。」
ヒュージ・ワームの蔓延る洞窟から生還した俺達は、フォートレスに戻ってすぐ報告書をヴァネッサに提出していた。報告書を急いだ理由は、今回の様に通信不可になった際のSOS発信手段が、今の戦団には存在しないからである。
これまでの戦線において、通信が途切れる事はあっても身動きが取れない状況下という場面はほぼ0に等しかった。陸軍や諜報軍といった生身の人間が動く軍部であってもそれは同様であり、今回のデカミミズ洞窟閉じ込め事件が発生するまでは、通信不可の際には一度撤退する事も可能であった……というより、閉じ込められるという状況に陥る事が無かったというのが正しいか…。
ちなみに海軍や空軍はこういった事例は発生していないらしい。まぁだだっ広い海と空の一体何処で閉じ込められるんだと言われれば「その通りですね」としか言いようが無いのだが…。
「……そこで沈んでるアホは、まぁ……放っといていいよ。悪気が無かったとはいえ、崩落が発生したばかりの地下洞窟で爆発物を使用するなんざ正気じゃないからねぇ…。」
「うっ…。」
ヴァネッサの容赦ない言葉にモーリスが心理的ダメージを受けて呻いている……不憫な気もするが、今回ばかりは反省して貰わないと困る。危うく生き埋めになる奴が増える所だったんだからな。
「第一、爆破させるまでの猶予も相当短かったらしいじゃないか。二人を救いに行ったのか、それとも地下深くに埋葬しに行ったのか、一体どっちだったのか聞いてみたいもんさね。」
「うぐっ…!?」
その辺にしてやれヴァネッサ……モーリスのライフはもう0だぞ…。
「ま、まぁまぁ…その辺にしといてやれっテ。」
「実際、真っ先に救助しには来てくれてるんだしな……お陰で助かったよ、モーリス。」
「……お前らぁ(泣)」
「はぁ……アンタ達もつくづく甘いねぇ。ま、本人が良いってんならアタシはこれ以上言わないさね。」
ヴァネッサもある程度溜飲を下げてくれたみたいだ。ま、反省も必要ではあるが何時までもギスギスはしたくないしな……そういう空気は苦手なんだ。
「さてと……アンタ達二人はもう上がっても良いよ。残りの警戒待機はアタシ達でやるからさ。」
「……良いのか?」
「もちろんさね。無事だったとはいえ、小一時間前までは半生き埋め状態だったんだからね……無理はするもんじゃないよ。」
まぁ実際疲れは出始めている……特に足はちょっとした筋肉痛が発生し始めている状態だしな。お言葉に甘えて休ませてもらうとしよう。
「分かった……もし何かあれば呼んでくれ。」
「はいはい、良いからとっとと休みな。」
ヴァネッサとモーリスに警戒待機を任せ、自室に戻って身体を休める準備をする。まぁ準備といってもタクティカルスーツや装備を外してラフな格好に着替えるだけなんだが…。
チェストリグやボディアーマーを外してロッカーに仕舞い、タクティカルスーツを脱いでカゴにぶち込む。タオルで身体を拭いてからTシャツと短パンに着替え、タクティカルスーツを洗濯機に放り込んでから自室のベッドに倒れ込む。
「はぁ〜疲れたぁ…。」
体重を支える役目から開放された両足が少しずつ痛み始め、自覚していたよりも疲労がきていたんだと理解する。そりゃあんだけ悪路を歩けばこうなるか…。
どうしようも無い足から意識を外し、目を閉じて思考の沼へと浸る。洞窟の奥で起きた、白い空間への接続現象……あれは一体何なんだろうな…。
あの時少女が言っていた『自覚』という言葉が、俺の脳内で繰り返し反芻され続ける。現状、俺は俺自身の事をよく分かってはいない……採掘プラントで拾われたあの日よりも更に前…要は記憶を失う前の事を、俺は何一つ知らないのだ。
いや……一つだけ、分かっている事はある。
保有知識の偏りだ。
俺は銃や戦車などの兵器に関して、やたらと知識を保有している傾向がある……まぁアナライザーやアザーライト系兵器の事を知らなかった事から察するに、最新の兵器でなく現行で有名な物に関しての知識を保有しているというのが、今の俺の状況なのだろう。
やたらと東側に偏っているのに関しては……多分趣味なのだろう。東側諸国に兵士として所属していた可能性も捨てきれないが、AKやマカロフを持った際のテンション感から察するに所属とは関係なく東側兵器が好きなのだろう……の割に思想は資本主義・民主主義な辺り、案外所属事態は西側諸国なのかもしれない。
そもそも本当に兵士だったかどうかは定かじゃないが……一般人なのだとすれば、戦場への適応が余りにも早過ぎる…。
一般人が血と硝煙が渦巻く狂気の世界に放り込まれて、今ここまで正常でいられる筈が無い。それこそ、軍人ですら病む可能性のある戦場で、一般人が瞬時に適応する事なんぞほぼ不可能と言っていいだろう。
だがもし……記憶を失う前の俺が、敵国に所属する兵士だったら?記憶が無いだけで、本来は皆と敵対する立場の人間だったとしたら?
だとすれば兵器に関する知識も粗方説明はつくし、戦場への適応に関しても納得がいく。
アメリカ等の所属の可能性も勿論あるが……ダメだ、分かっていても思考が良くない方へと引っ張られてしまう…。
それに万が一記憶が戻った際に、所属が敵国だった場合にそれが戦団の皆に知られてしまったら…?
そんな自分を、皆はどう見るのだろうか…。
…………………。
それに、だ……。
突拍子も無く、それでいて脈絡の無い思考ではあるのだが……。
そもそも………俺は、人間…だよ、な?
堂々巡りな思考に耐えていたせいか、握り締めた拳からは血が滲んでしまっていた……手を開いて見てみるがその血は赤く、決して人ならざるモノの体液が流れてはいなかった……俺が人間だという証拠に心底安堵してしまう。
……駄目だ、この考えは良くない。
自分が人間かどうか……そんな揺るがない事実すらも疑うような状況は極めて良くない。記憶が無いとはいえ、さすがに飛躍し過ぎたな…。
それに記憶が無い以上今の俺がどれほど思考を巡らせても推測にしかならず、その思考の正しさを証明する手段が無いのだ……だったら下手に考えない方が、俺の精神衛生上は得策だろう……きっとそうだ。
とはいえ、考えないようにすればする程考えてしまうのが人間という生き物だ……俺も例に漏れず思考の沼へと沈んでいってしまい、ふと目を開けて時計を見れば短針は既に7を指し示してしまっていた……そろそろ夕飯の時間だな。
コンコンッ
『メルト、起きてるカ?』
「あぁ、起きてるぞ。」
『入るゾ──』
自室の扉が開き、ジャックが部屋へと入ってくる。ジャックも既にラフな格好へと着替えており、Tシャツにストレッチパンツというザ・私服という格好へと着替えて終わっていた。
「飯の時間か?」
「あぁ、今から皿に盛り付けるからメルトも──」
急に目を見開いて黙るジャック。
「……どうした?」
「お前、何で泣いてんダ…?」
「は…?いや、泣いてなんか……」
唐突に変な事を言うジャックに疑問を持ちつつ頬を触ると………確かに頬を涙が伝った跡があった。
俺………何で泣いてんだ?
「大丈夫……じゃねぇよナ───何があっタ?」
真面目な表情で問い掛けてくるジャック。普段なら何の気無しに見返せるその視線が、今ばかりは居心地の悪いものに感じた。
「……いや、大丈夫だよ。多分、夢でホラーチックなモンでも見たんじゃねぇか?」
「…………そうカ。」
少しばかり目を伏せた後、クルッと踵を返して入ってきたドアの方へと戻って行くジャックは、ドアの前まで歩いた後ピタリと止まって口を開いた。
「……一つだけ言っておク。」
「………。」
「抱え込み過ぎんなヨ。」
「……あぁ。」
「夕飯はゆっくり準備してやル……顔でも洗って来るんだナ。」
そう言って、ジャックは部屋から出ていった。生返事しか出来なかった事を後悔しつつ、ジャックの言葉を反芻する。
「『抱え込み過ぎんな』、か…。」
恐らくジャックは、俺が無意識のうちに涙を流しているのを見て粗方察しているのだろう……内容はともかく、精神的に追い詰められた状況下にあるという事は理解している……そんな所だろう。
夕飯の準備を遅らせるのも、気持ちを切り替える時間を設けようと考えての事なのだろう……気遣いとしてはありがたい筈なのだが、今はその優しさが……酷く心を締め付けるように感じた。
何故…?
……俺は、ここまで追い詰められていたのか…?
いや違う…これはきっと、整理し切れていない情報が多すぎる為に生じた一過性のものだ。この程度で沈んでいるようでは、いずれ共に戦場に立つ彼等に迷惑を掛ける羽目になる……それだけは避けなくては。
腰掛けていたベッドから立ち上がり、タオルを手にとって廊下へと突く扉へと向かう。
ひとまず、顔を洗って来るとしよう。
──これ以上、皆に心配をかける訳にはいかない。
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