原生の変異
2051年10月13日。
夏と冬しかない異空間にも冬の兆しが見え始め、クソ暑かった気温が徐々に涼しいものへと変わっていく時期だ。
こんな日にはハイキングにでも行って心地の良い風を感じつつリラックスしたいものなのだが、残念ながら仕事とはこういう時に限って入ってくるものなのである。
いつも通りリビングに集まり会議を始める……とは言っても他の仕事で出払っているメンバーもいる為、今この場にいるのは俺とジャック、モーリスとヴァネッサのみであった。
「せっかくの休日に何だけどね……巣が発生しちまったらしい。」
「まじかよ…。」
「しかも『ストレンジャー』がかなり多くいるみたいでねぇ……総数がどうやら100を超えるらしい。」
肩を落として溜息をつく。巣とは襲来したレイダーが何らかの理由により一定の箇所に留まり続け、そのレイダーの死後にその付近に生息する原生生物がレイダーを捕食してしまう事により高度な知能が芽生え、付近の原生生物達を統制する統率個体となってその付近一帯を『巣』としてしまう現象の事である。
なまじ機械部分の多いレイダーを食べる生物は滅多といないが、雑食性かつ目に映るものを片っ端から捕食しようとするタイプの生物の場合、今回のような捕食事例が発生してしまうのである。
そしてそんな突然変異じみた個体の事をよそ者という意味の『ストレンジャー』と言うのだ。実際には現地の生物が変異しているだけなのだが、無駄に高度な知性を得た為に群れに馴染めなくなる事からその名が付けられたらしい。結局その後は群れを纏め上げる事が多いのだから、この名はどうにかならなかったのかと常々思っている。
防衛部隊時代の頃は幾度となくあったそうなのだが、ヴァネッサ曰く「かなり久しぶりに起きた」との事らしい…。
「発見したのはエリア020戦線での迎撃任務に出ていた陸軍の兵士達で、西部方面より国境線の先に出動していた陸軍のアナライザー部隊が革命派との交戦後に、国境線近くの湖近郊にハグレを見かけたらしい……念の為付近の哨戒を行ったら案の定、巣化した洞窟を見つけたんだと。」
コーヒーを飲みながらモーリスが発見時の事を話し始める。国境線の湖か……あそこやたらデカイ割に水が綺麗で透き通ってるんだよなぁ…。
「あの湖か……ちなみに『ストレンジャー』化した生物はなんなんだ?」
「……どうやら『ヒュージ・アースワーム』らしい。ほら、あのクソデカミミズだよ。」
ヒュージ・アースワーム。異空間にのみ生息する非常に巨大なミミズで、大きい個体だと全長が5mを超える事もあるらしい。暗く湿った場所を好む為洞窟などに生息する事が多いが、洞窟内の生物が減少して食べ物が少なくなると外に出てくる事もあるようで、まれに洞窟の外で羽を休めていた鳥を捕食する事もあるのだとか。
基本的に雑食である上に目に入ったものは何でも捕食しようとする為、鳥だけでなくちょくちょく人間の被害者も出ている厄介な生物である。しかも世界中の異空間に存在する原生生物である為、毎年のように洞窟内に足を踏み入れた一般人の犠牲者が跡を絶たないのだとか。行くなよ……危ないんだから。
「洞窟内での巣化である以上、アナライザーでなく生身での作戦になるが……「アタシは行かないよ。」……やっぱりか。」
モーリスの言葉を遮る様にヴァネッサが任務拒否を通告する。その表情はどこか暗く、それでいて青ざめていた。
「ヴァネッサ……大丈夫か?」
「……大丈夫。でもアタシは行かないよ……あ、あんなデッカいミ…ミ…ミミズなんざ見たくもない!」
……見ておわかりの通り、ヴァネッサは大のミミズ嫌いである。何でも幼少の頃に鳥が落としたミミズが昼食のパンの上に直撃し、しかも友人との話に夢中でそのミミズを気付かず口に含んでしまったらしい……そりゃトラウマになるわ。
「……俺が行くよ。」
「ほんとかいっ!?」
いつもの豪快な姉御気質は何処へやら、目をキラキラさせてこちらに視線を向けるヴァネッサ……キャラブレてんぞ、ヴァネッサ。
「俺も行くかねェ……メルト一人で行かせる訳にもいかんダロ。」
一人キッチン越しに参加していたジャックが立候補する。最早見慣れた光景ではあるが、相変わらずグラスを磨き続けてる。いつ終わるんだその磨き作業は…。
「んじゃ出撃メンバーはジャックとメルトで決まりだな。俺とヴァネッサはフォートレスで待機しとくぜ……いつ革命派の連中が攻めてくるかは分かんねぇからな。」
「ありがとね二人共……今度どっかで埋め合わせするからね!」
「そいつはイイ……んじゃ、支度して来るとすっカ。」
「おう。んじゃ二人共、気ぃつけて行ってこいよ。」
モーリス達と別れ、自室にあるガンラックに向かう。今回は何を使おっかな…。
ひとまず『AK-15』は持っていく。コイツさえあれば大体の問題は解決するので、迷うのならばコイツを持っていきさえすれば万事解決である。とはいえ銃口から奏でられる7.62✕39mm弾の銃声は洞窟内では喧し過ぎるので、今回はサプレッサーを取り付けて置く事にしよう。
地上のような開けた場所であればサプレッサーが無くとも最悪問題は無いが、洞窟内のような反響しまくりの閉鎖空間においては銃声という爆音は任務遂行の障害となり得る……単純に煩い上に味方の指示や敵の接近音を察知出来なくなるからだ。
まぁ現代戦においてサプレッサーはほぼ必須みたいなもんなのだが、開けた荒野での銃撃戦が多い異空間ではあまりサプレッサーが陽の目を浴びる事は無い。もちろん必要に応じて使ってはいるが、無くても最悪どうにかなってしまっているし、銃声よりも後方から聞こえてくる砲声の方が喧しいので正直あまり使われているのを見た事は無い。精々諜報軍が使うくらいである。
ハンドガードの下にフォアグリップを取り付け、レシーバ上部のピカティニーレールにModel512ホロサイトとブースターを装着、ハンドガードの左側面に増設したピカティニーレールには戦団製のフラッシュライトを装着しておいた。暗視装置があるとはいえ、万が一装置が破壊されてしまった際の保険は必要だ……多少重量は増すが、戦団製の軽量なモデルなので大丈夫だろう。
ひとまずのメインアームは決まったが……せっかくだ、もう一つ別の銃を持っていくとしよう。そう思いたってラックから取り出したのは、これまで何度か作戦て使用した改造ショットガンである『モスバーグᎷ500』である。コイツはストックの代わりにピストルグリップを取り付け、M3サブマシンガンのようなワイヤーストックを装着して、その上銃身を少しばかり切り詰めてあるカービン仕様のショットガンなのだが、割と使用感が良いのもあって近距離戦においては割と重宝している愛銃だったりする。
しかし愛銃であるにも関わらず名称が無かったので、この度コイツに『スプラッター』という名称を付けてみた。敵兵に至近距離でかました時の感想をそのまま名付けてみたのだが、思いの外ピッタリな気がしているのでこれで良しとしよう。
あとは……サイドアームか。まぁサイドアームはいつものマカロフで良いかな……特注のアダプターもあるからサプレッサーも取り付けられるしな。
持っていく銃を決めた後、タクティカルスーツとボディアーマー、チェストリグと小型のバックパックを装備し、最後にヘルメットを被る。肩のナイフケースに特注のコンバットナイフを収納し、バックパックに医療キットや予備のマガジン、水筒や予備のフラッシュライトを入れれば準備は完了だ。
『スプラッター』を背中のマグネットホルスターに預け、AK-15を持って外へ出る。外では既にジャックが移動手段となる車の用意をしている所だった。
「悪い、待たせた。」
「まだ5分前だから気にすんナ。よし、乗ってくレ。」
今回の移動に使用するのはジャックの愛車の一つである『ライノス800』というアメリカ製のピックアップトラックだ。この車を製造する『チャージング・モータース』はアメリカの自動車業界に新規参入したピックアップトラック専門のメーカーであり、チャージング・モータース社のピックアップトラックは全て「頑丈かつ頑丈、更に頑丈な最高のトラック」という謎すぎる設計理念の元設計されているらしい。
そのせいかやたらと頑丈なピックアップトラックが完成してしまっているのだが、大型トレーラーと正面衝突してヘコみ一つ無いレベルの頑丈さは流石にどうかと思う……これ軍用じゃないからな?
助手席に乗り、ジャックの運転で巣化した洞窟へと向かう。道中でジャックが掛けてくれたクラシックを聴きながら窓の外の景色を眺めていると、落ち着いた、それでいて迫力のあるクラシックの音色が任務前の緊迫感を和らげて、気持ちを落ち着かせてくれる様な気がしてきた。
………偶にはクラシックも良いもんだな。
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