第32話 ファージの街(10)仮題
演習場から戻ってくると荷馬車の中はカレーの匂いで包まれていた。
多分ビャッコが冒険者ギルドで作ったカレーの残りをもって帰ってきたのだろう。
「雪、この匂いはもしかして!?」」
バチョフが目を見開いて俺に聞く。
そっか、バチョフはこの世界に来てカレーを食べたことがないらしい。
「夕飯食べて行く?」
「勿論」
バチョフが返事を返すのに秒はかからなかった。
「いやぁーまさかこっちの世界でカレーが食えるなんて、ビャッコさん結婚してくれ」
「まぁ突然のプロポーズですね。でも私は主様一筋なので遠慮しますね」
「ちょっとビャッコ抜け駆けは許しませんよ」
テーブルの上にカレーが並べられ異様な雰囲気を放つ作戦会議という名の夕食が始まった。
「冒険者ギルドのジヤの討伐に参加した者曰く、迷宮から湧き出てきた魔物は全て虫型の魔物だったらしいです。そして虫の魔物はは火に怯える仕草を見せたという情報も入っています」
バチョフが出されたカレーに食らいついたためカガトが情報を教えてくれる。
かれこれバチョフは俺が一皿目というのにのう四皿目である。
凄まじい食べっぷりだ。
「それは俺たちも昼間に確認してきた。他にないか?」
「カガト、帝国に提出予定だったレポートは読まないのか?」
「バチョフ様お言葉ですがいいんですかあれ一応機密事項ですよ。雪さんに教えてしまっても」
「構わん。攻略に手を貸してくれるからな、それに情報の共有は大切だ」
バチョフがカガトに命令するとカガトはしぶしぶレポートを読み始めた。
「確認された魔物はレベルは400前後の虫の魔物。また中には即死攻撃をもつ魔物もいる様子が確認されてます。迷宮の構造は地下派生形迷宮で神殿構造、最深部にジヤは潜んでいる可能性が高いと思われます」
さすがに迷宮の階層までは分からないか。
まぁそれは過度な期待だろう。
「なるほどRPGのお約束、ボスは最深部にってか」
「というかバチョフ様、資料にまた目を通していなかったみたいですね」
カガトがバチョフに対し呆れ目の視線を送るが、バチョフは満更でもないようにビャッコにカレーの御代りを求める。
てか五皿目だぞ!? まだ食うのか!?
「ということで雪さん炎の魔法を得意とする人がいれば連れてきてほしいのだが」
「いいぞ。俺と後二人連れて行く」
即死攻撃なら俺の索敵スキルで見極めることができる。
というかこの世界に来てまともに使ったのは索敵スキルだけの気がする。
まぁいいか。
「助かる、明日にも迷宮攻略をしようと思っていたが、何か困ったりするか?」
「いや特に問題はない」
「決まりだな。カガト火属性の魔法を使える人材の編成を考える。宿に戻るぞ」
「了解しました。でわ雪さんまた明日」
そう言って二人は宿に戻って行った。
さて魔族の子が目を覚ましたみたいらしい見に行くか。
◇
~宿に向かう道中より~
「バチョフ嬉しそうですね。先程から気持ち悪い笑みがずっと顔面から消えないので正直一緒に居るだけで不快になります」
「カガト、確かに俺はお前のある程度の無礼は許してるぞ。だがな一応俺は上官だぞ、もう少し言葉をオブラートに包むことを覚えてくれよ」
「やはり重ねてしまいますか。雪さんのことと妹さんと」
「分かっちまったか。やっぱり冒険者時代から付き合って古株なだけはあるな」
「ほんと似てますよね」
雰囲気や言葉使い、まして突発的な発想に至るまで……。
ベルと似ている。
「案外、ベルの生まれ変わりだったりしてな」
「そうかもしれませんね」
瞼を閉じるだけで思い出す、赤毛の髪を三つ編みにそばかす顔で笑う太陽みたいな子。
そして――僕の初恋の相手。
だからこそ思う。
何故僕はあのとき彼女を止めることができなかったのだろう。
彼女に周りが向ける視線に気が付いていなかった訳じゃない。
守りたかった。
守れなかったくせに今さらこう思う僕は卑怯者だ。
彼女との距離を壊すことが怖くて一歩も踏み出せなかったくせに。
「カガト。また思い出していたのかベルのことを」
「ええ、思い出すたびに抱きます。あの頃の自分に怒りを」
「前にも言ったかもしれないが、過去を気にするな。気にする暇があったら目の前の問題に集中しろ」
「しかし、やはりあの時ッ――」
「――あの時がなんだ? たとえあの時俺がいたとしてもベルを止めることはできなかった、あいつはアイツの限界に挑戦しただけだ。俺達に止める権利などなかったのさ」
そうでした。
ベルがいなくなったと聞いて一番悲しんだのはバチョフ。
何日間も部屋に籠りっきりでまるで死んだ魚の目をして。
「すみません。取り乱してしまって」
「いいさ。過去との決別をつけるのはそれなりの時間がかかる。だがなこれは上官としてでの俺ではなく古い友達としての俺からだ。何か困ったことがあったらいつでも相談に乗ってやる」
「全くあなたには敵いませんね。さぁ外は冷えます、宿に向かって明日の支度をいたしましょう」
明りがない暗い街で、二人は自分たちが泊まっている宿屋に向けて足を進めて行った。




