その4 妾キングダム、崩壊……。
「スラチチ! スラパイ! もっとじゃ! もっと強くじゃ!」
雷光が瞬いて照らす夜の妾ギングダム城。
手に入れるとき、ちょっと頑張りすぎて、石壁はひび割れ、塔は傾き、窓枠はガタガタ。
それでも、かつてのゴブリンの巣穴と比べれば、立派な城だ。
妾と父上が二人並んで寝てもまだ余裕のある天蓋付きのベッドで、妾はうつ伏せになり、突き上げたお尻をくねらせていた。
「スラー……。」
「スラー……。」
しかし、我が重臣たちは、白けた返事しか返さなかった。
妾は腕をついて上半身を持ち上げて、顔を後ろに振り向けながら、お尻をさらにくねらせた。
「何をしておる! もっと強くぶてと言っとるじゃろが!」
掌サイズの粘体、スライム。
二匹の身体がびにょーんと縦に伸び、その先端が後ろに曲がり、力を込めているのが分かった。
この機を逃してはならない。
妾は上半身をベッドに戻し、目をギュッと瞑ると、瞼の裏に父上の姿を思い描く。
「あひんっ!?」
次の瞬間、パチーン、パチーン。肉を打つ音が響いた。
妾の脳内がスパークする。
甘い疼きが身体中を駆け巡り、勝手にくねるお尻。抗えぬ快感に身を任せるしかなかった。
「ああっ……。父上、お許しください……。
駄目な妾を……、もっと叩いて……。叩いてください。えへっ、えへへ……。」
実を言うと、妾には、父上限定でちょっとイケナイ趣味があったのだ。
もちろん、父上には内緒である。我が重臣2匹だけが知る、超国家機密だ。
「ゴブ! ゴブブブ!」
「コボコボ! コボ!」
「のじゃーーーーーーーーーーっ!?」
しかし、その秘密を探ろうとする愚か者が、2匹現れた。
どうしてゴブリンとコボルトは、いつもこうも馬鹿なのだろうか。
部屋には絶対入ってくるなと言っておいたのに、こんな単純な命令すら守れない。
その点、我が重臣たちは頭が良い。
乱暴に開け放たれた扉。丸見えになった妾の姿を隠すため、ぴょんぴょん跳ねながら扉を閉めに向かう。
「消えて無くなれっ!」
ならば、妾も主人として期待に応えなくてはならない。
妾の突き出した右掌から雷撃が放たれ、骨まで見えるくらいバチバチと愚か者たちを貫いた。
「ゴブーーーっ!?」
「コボーーーっ!?」
失敗した。氷で凍らせるべきだった。
丸焦げになった2匹から漂う臭いが、とにかく強烈だ。
せっかく盛り上がった気分が台無しになった。
もうそんな気分に戻れず、ベッドに脱ぎ捨てていたパンツを履いた、その時だった。
「のじゃ?」
何やら、外がやけに騒がしいのに気付いた。
今夜は宴の予定は無かったはず。もしかして、妾に黙って楽しんでいるのかと、ベランダに出て確かめる。
「のじゃっ!? のじゃっ!? のじゃっ!?」
妾キングダムが、人間どもに攻められていた。
街は燃え、夜を真っ赤に染める。
ゴブリンたちやコボルトたちは、まるで火に飛び込む虫のように混乱して、戦いになどなっていなかった。
「全軍、突撃ぃぃぃぃぃいっ!?」
人間の号令とともに、突撃ラッパの音色が響き渡る。
街の東から、西から、南から人間どもの軍勢が溢れ出す。数えるのも馬鹿らしくなるほどの人数だ。
「スラパイ! スラチチ!」
「「スララ!」」
舌打ちをして、重臣たちを呼ぶ。
すぐさま二匹は弾むように妾へ飛び込み、黒いゴスロリの胸元に身を潜めた。
「役立たずな連中め! こうなったら、妾自ら力を見せつけてやる!」
これで、準備完了だ。
妾はベランダの石畳を蹴り、夜空へ舞い上がる。
「あいつだ! 情報にあった吸血鬼だ! あいつを倒せば、勝ったも同然だ!」
「のじゃっ!?」
また失敗した。格好良さを追求せず、ベランダからどデカい一発を放つべきだった。
妾の身は月明かりに照らされ、夜空の中で鮮やかな標的となった。
人間どもの魔術師たちが一斉に砲撃を浴びせる。
無数の火球、氷塊、風の刃、電撃、土礫、光線。そのすべてが妾を狙って襲いかかる。
例え、一つ一つの攻撃が取るに足らないものであっても、この数の前では、妾であってもただで済むはずがない。
下手をすれば、完全に塵と化し、復活するのに十年単位の時が必要になるかもしれない。
思わず妾は両手を顔の前に翳し、恐怖で身を竦めた。次の瞬間だった。
「おっと、危ない!」
「……ほぇ?」
布が翻る音と共に、目の前に『壁』が立ちはだかった。
無数の魔術はことごとく弾き返され、周囲に散り散りに落ちていく。
街の被害は甚大だったが、妾は無傷だった。
恐る恐る手を下ろすと、背を向けて立つ男が目に映った。
両手を大きく広げ、全てを受け止めるその姿に、思わず息を呑む。
「やあ、小さなレディ。余計なお世話だったかな?」
振り向いたその顔は、妾と同じ白すぎる肌をしていた。
黒いマスクが目元を覆うが、涼しげな笑みは、妾の胸をキュンキュンと高鳴らせる。
「な、何者じゃ?」
「私の名はナルサス。君と同じ夜の支配者。吸血鬼にして、神秘の探究者さ」
父上以外の男にこう心を揺さぶられるなど、生まれて初めてだった。
心の奥で、ひそかに呟く。『父上の次に格好良いかも』と。
「にゃ、にゃるサス?」
「さて、どうする? 逃げるというのなら、手を貸すが?」
初対面のはずなのに、よく知っているような感覚があった。
胸に広がる嬉しさと懐かしさに、妾は戸惑いを隠せなかった。




