1ページ目 消えた娘と本の秘密
「そうですか……。」
突然、娘が居なくなって、二ヶ月が過ぎた。
その間、娘を訪ねてきたのは二人。担任の先生とクラスメイトの上野君だけだった。
ただし、担任の先生は訪ねてきたのは一度きり。
以後は電話が二回だけ。その電話も一ヶ月前のことになる。
上野君は足繁く訪ねてきてくれていた。
最初の二週間は毎日訪れていたし、今でも三日と空けずにやって来る。
「ごめんなさいね」
娘は内向的な性格で、友達を作るのが苦手だ。
夫の都合で、この街に引っ越してきたが、一年も経つと、失敗したと感じるようになった。
娘から学校での出来事を聞かない。
登校拒否したり、引きこもったりはしないだけが救いだったが、夫に元の街へ戻れないかと真剣に相談したこともある。
だから、上野君が初めて訪ねてきた時、クラスメイトとしての義理だと思った。
欠席した時に、住んでいる家が近いだけでプリントを届けるようなものだと。
ところが、違った。
上野君は来るたびに、娘の行方を真剣に心配してくれた。
私が進展がないことを伝えると、酷く落胆して帰っていくのだった。
「ねえ……。上野君」
「はい?」
「こんなことを聞くのはどうかと思うんだけど……。
娘のことを、アオイのことを、好いてくれているのよね?」
それが二ヶ月も続き、私は確かめずにはいられなくなった。
彼の心にずけずけと立ち入るのは駄目だと、今日まで我慢していたのだが。
「えっ!?」
「違う?」
「はい、好きです。僕は植木さんのことが好きです」
上野君が戸惑いを見せたのは、一瞬だけ。
すぐに私を真っ直ぐに見据えて、迷いなくはっきりと言い切った。
思わず、凄いと素直に感心した。
娘の口癖で言うなら、『凄く、凄い』だ。
だが、分からない。上野君はとてもイケメンだ。
頭が良くて、スポーツが出来て、サッカー部のエース。息子の話によれば、娘の通う学校だけでなく近隣でも評判の王子様だという。
「もし、良かったらだけど……。どうしてかを教えてくれる?」
娘を悪く言うのは忍びないが、釣り合うとは思えない。
もう上野君が真剣に娘を好いてくれているのは分かったが、私はその理由が知りたかった。
「最初は一年の始めで、ただ席が隣り合っただけでした」
上野君は少し俯き、視線を落とす。
「でも、一週間くらい経った頃、見たんです」
「見た?」
私は眉をひそめ、少し身を乗り出した。
「学校の自動販売機のゴミ箱が倒れて、空き缶が転がっていました。それを、植木さんが片付けているのを……、掃除当番でも美化委員でもないのに」
上野君の声は少し震えていて、真剣さが伝わる。
「えっ!? それだけ?」
「いえ、他にもあります。コンビニで棚から落ちていたパンをそっと戻していたり……。
気づけば、僕はいつも植木さんを見ていて。……ああ、良いな、って思うようになっていました」
そこから、上野君は止まらなかった。
言葉は途切れることなく、娘の『良いな』がまるで溢れ出す泉のように出てきた。
それを力説して、いかに自分が娘のことを好きかを伝えようとしていた。
彼の誠実さに胸がじんわりと熱くなる。
そんな彼に好かれる娘を誇らしく思い、同時に、私と夫の育て方は間違っていなかったのだと実感した。
「だから、僕は植木さんが好きなんです! 絶対に諦めたりしません!」
「ええ、そうね。私たちも諦めたりなんてしないわ」
目尻に浮かんだ涙を人差し指で拭う。
今まで夫には黙っていたけど、上野君を紹介しよう。
だからこそ、娘には帰ってきて欲しかった。
******
「ここまで聞こえてたよ。姉ちゃん、意外とやるな」
「フフ……。そうね。驚いちゃったね」
上野君を見送り、リビングに戻ると、息子がソファーで本を読んでいた。
珍しい光景に思わず目を向けると、その手に持ったハードカバーの本に見覚えがあった。
あの日、娘が消えたときのことを思い出す。
娘の部屋にあった、たった一つの異常。
散らかり放題の息子とは違い、普段はきちんと整頓されているはずの娘の部屋に、7冊の本が無造作に散らばっていた。
それが、娘がいなくなる前の週末に、夜更かしまでして夢中になっていた本だと、すぐに気付いた。
だが、ただの本で、そこに娘の行方を示す手がかりがあるとは思えなかった
それでも、娘が夢中になっていた本だ。
娘が帰ってきたとき、それがなければきっとガッカリするだろうと思い、市営図書館で借りたと聞いていたその本の貸し出しの延長を申し込みに行った。
すると、奇妙なことが判明した。
娘がその本を借りた記録は残っているのに、市営図書館の蔵書目録にはその本の名前が存在しなかったのだ。
受付をしてくれた司書さんと図書館の責任者と話し合った結果、その本は我が家に戻され、娘の部屋の机の上に置かれることになった。
それを息子が読んでいるなんて、あまり口には出さないけれど、やはり娘のことが気になっているのだろう。
私も読んでみようかと思っていたら、息子が本をパタリと音を立てて閉じた。
「ねえ……。母さん」
「んっ!? 何?」
「異世界召喚って、知ってる?」
「ああ……。一時期、葵がハマっていたジャンルね?
でも、お母さんはあまり好きになれなかったな。ちょっと都合が良すぎてね」
そして、テーブルの上に置いた本をそっと滑らせると、息子は私に差し出してきた。
何だろうと思いながらも本を受け取り、唐突な質問に応える。
「姉ちゃん……。異世界召喚されたんだよ」
その言葉に、思わず肩の力が抜けた。
「えっ!?」
目の前の息子を見る。
真剣な瞳が、嘘をつくはずのない輝きを放っていた。
「その本に出てくるんだ。姉ちゃんが……」
口元が震え、息を呑む。
心臓が早鐘のように打ち、頭が真っ白になった。
「間違いないよ。その本の主人公、姉ちゃんだ」
その言葉に、思わず本を持つ手に力が入る。
信じがたい情報に、ただ呆然とするしかなかった。
――第一部、完。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。




