第48話 赤い雫と希望の光
「……ということなんです」
私はメアリーさんがデュラハンになった経緯を説明した。
メアリーさんは普通の村娘だった。
この村から一度も出たことがなく、刺繍が得意な女の子である。
二歳年上の幼馴染『ロバート』との結婚を間近に控えていた。
しかし、その幼馴染は亡くなってしまった。
彼はメアリーさんとの新たな生活の費用を稼ぐため、モテストの街で冒険者として活躍していた。
鉄ランクまで順調に昇格したものの、商隊の護衛任務中、盗賊の襲撃に遭い命を落とした。
そう、私たちがアジトごと懲らしめた盗賊たちに。
それもつい一ヶ月前の話だったという。
もし、私たちが『もっと早く』と思うのは傲慢かも知れない。
それでも、そう思わずにいられなかった。
「つまり、こう言いたいのか? その女にも理由があった。だから、何とかして欲しいと?」
「はい、レイモンドさんなら何か良い知恵を持っていると思って」
メアリーさんは泣く毎日だったそうだ。
幼馴染は冒険者だったため、死亡の通知と形見の冒険者タグはメアリーさんの元へ届いたが、遺体は届かず、メアリーさんは彼が死んだと信じられなかったらしい。
そんなメアリーさんに近づいた旅人がいた。
その女は『ソフィア』と名乗り、メアリーさんの話を親身に聞いてくれ、『貴方が心から望むなら願いは叶う』と甘く囁いた。
同時に『何かを得るためには何かを捨てなければならない。その覚悟がある?』と問い、メアリーさんに小さな水晶玉を渡し、村を去った。
メアリーさんは悩んで悩んで、決断した。
胸に抱えて消えない寂しさと苦しさが消えるなら、何を引き換えにしても構わないと。
その結果、幼馴染のロバートは蘇った。
だが、その肉体は腐り果てており、聞きたかった声は聞こえなかった。幼馴染の面影を残すだけのゾンビだった。
そして、惨劇は起きた。
幼馴染は村人たちを襲い、それは次々と伝播して、あっという間に村は死に染まり、メアリーさんの心は絶望に染まった。
それが三日前。
メアリーさんは自分がしでかしたことの重大さから逃げようとしたが、村から出られない。
見えない壁に阻まれて途方に暮れ、後悔と自己嫌悪にまみれている中、アドソンさんたちが現れた。
ちなみに、アドソンさんの仲間のターンアンデッドによって、幼馴染は消滅したらしい。
その最後の顔はひどく申し訳なさそうに歪み、声のない口がメアリーさんに『すまなかった』と詫びていたように見えたとか。
「お前、本当に馬鹿だな……。
理由があったからといって、隣人を犠牲にしていいのか? その女の身勝手で村ひとつが犠牲になったんだぞ?」
レイモンドさんの言葉は、鋭い刃で胸を突き刺されたように痛烈に響いた。
その瞳は凍りつくように冷え切っていて、一瞬で喉が詰まる。
「でも、レイモンドさんは前に教えてくれましたよね?
アンデッドは未練を糧にしているって……。高位のアンデッドほど未練が強くて、倒してもまた蘇るって……。」
必死に言葉を返すが、視線は自然と下へ落ちていく。
胸がぎゅっと締めつけられ、肩には鉛を載せられたかのような重みを感じる。
それでも、レイモンドさんの鋭い眼差しを真正面から見返す勇気は湧かなかった。
だけど、私が言っていることも事実だ。
アドソンさんのターンアンデッドを受けたはずのメアリーさんは、まだ無事でいる。
デュラハンは高位のアンデッド。
吸血鬼のナルサスさんがそうだったように、血を与えれば力を取り戻すのではないか。
そんな一縷の思いに賭け、私は指先を少し切った。
赤い雫がぽたりと唇に落ちた瞬間、メアリーさんの睫毛がかすかに震え、やがて意識を取り戻したのだ。
でも、焼け焦げた身体までは癒えず、立ち上がることすら難しい。
今は村の中で一番大きな、村長の家だろう。その二階の寝室で、白い寝具に横たわっている。
焦げ跡の残る肌と、浅く途切れがちな呼吸が痛々しく、見ているだけで胸が締めつけられた。
「その通りだ。だから、どうした?」
「だったら、メアリーさんをこのままにしておいて、本当に解決になるんでしょうか?」
「放っておけ」
「でも、メアリーさんって見た目は普通の女の子ですけど、かなり強かったですよ?
私とタリアさんの二人がかりでやっとでした。放っておいたら、大変な騒ぎになるんじゃないですか?」
突き放すような淡々とした響き。
その冷たさに押し負けて、とうとう私の視線はレイモンドさんの靴先にまで落ちていた。
だけど、負けていられない。
メアリーさんをベッドに横たえ、部屋を出ようとしたその時。
辛さで震えているはずの彼女は、右手で私のスカートの裾をぎゅっと握りながら、頼るように身体を揺らした。
不安に揺れる瞳は、助けを求める子どものようで、私はどうしても忘れられなかった。
「まあ、腐ってもデュラハンだ。当然だろうな……。
ん? 腐ってもデュラハン? ……くっくっ、ちょっと面白いな。今度エリザベートに聞かせてやろう」
肩を震わせて笑うレイモンドさんに、思わずイラッとした。
こんなにも必死に、真剣に頼んでいるというのに、その無遠慮さは信じられない。
多分、『腐っても鯛』と『アンデッドだから腐っている』をかけているのだろう。
だが、今の私には、ちっとも笑えない。
それに、また出てきた『エリザベート』という名前。
まれにレイモンドさんの口からこぼれるその女性名に、つい耳がピクッと反応する。
何を意味するのか気になって仕方がないのに、レイモンドさんは決して教えてくれない。
一つだけ確かなのは、その名前を口にした瞬間、レイモンドさんの表情がふっと穏やかになることだ。
その微かな変化が、なぜか私の心をざわつかせる。
「彼女の未練をなくして、成仏させることこそが、本当の解決だと思いませんか?」
「申し訳ございません。私では修行不足です。先ほどご覧になった通り、彼女を浄化させることは到底かないません」
思わずアドソンさんに視線を向ける。
心の中で『助けて』と呟く。
しかし、首を力なく左右に振られるだけで、期待はすぐに打ち砕かれた。
「レイモンド殿、この通りにございます。私からも重ねてお願い申し上げます」
だけど、私の熱意は、アドソンさんにもしっかりと届いていた。
突然、アドソンさんがその場で膝をつき、レイモンドさんに向かって土下座する。
思わず目を見開き、息を飲む。
「彼女は確かに罪を犯しました! 『死者復活』という、神の摂理に背く大罪です!」
「しかし、私は思うのです! 彼女はすでに十分な罰を受けていると!」
「己が不浄な存在へと堕ちた事実! そして、望んだ形で恋人が戻らなかった現実!」
「この二つだけで、彼女の心は深く裁かれているはずです!」
「ならばこそ! この先、二度と会えぬ恋人を探して何十年、何百年と彷徨わせるなど、あまりにも酷ではございませんか!
そして、アオイ殿の言葉もまた真実……。この村で起きた惨劇を真の意味で解決するためにも、どうか、どうか貴殿のお力をお貸し願いたい!」
それは胸にありながらも、どうしても口に出せなかった言葉だった。
「レイモンドさん、お願いします!」
だったら、本当に土下座するべきは、私の方だ。
しかし、膝をつく勇気はどうしても出ず、せめて腰まで頭を下げることで、精一杯の気持ちを示すしかなかった。
「ニャ! ニャ!」
「ヒヒーン!」
「遅いニャ! 置いていくニャー!」
「ヒヒヒーン!」
遠くから、タリアさんと仔馬の楽しげな声が響いてくる。
夕陽はいよいよ沈みかけ、山々に隔てられた東の空は、徐々に暗さを増していた。
「ちっ……。いいだろう。方法がないわけでもない」
私は思わず頭を跳ね上げ、目を輝かせて小さくガッツポーズをした。
レイモンドさんは腕を組み、少し顔を背けながらも、横目でちらりと私を見ている。
その視線には、いつもの冷ややかさの奥に、ほんの少しだけ柔らかさが混じっているように感じた。
「ありがとうございます!」
「ふん! 特別だぞ!」
小さな希望の光が胸に差し込むのを感じながら、私は深く息をついた。




