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元魔王先生のスパルタ勇者塾  作者: 浦賀やまみち
第八章 蠢動

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第49話 嫉妬と白湯




「キスしたくせに……。キスしたくせに……。キスしたくせに……。」



 東の空がようやく明るみを帯び始めた薄暗い早朝。

 私は村の広場で焚いた火の前に体育座りし、膝を抱えながら右手の親指の爪を噛んでいた。



「キスしたくせに……。キスしたくせに……。キスしたくせに……。」



 夕食後、レイモンドさんはきつく『絶対に誰も入ってくるな』と言い残し、メアリーさんが待つ村長宅へ入っていった。

 私たちは残され、村長宅の様子をじっと見守ったが、何も変化は起こらない。


 アドソンさんが『きっと長丁場になるでしょう』と言い、私たちはメアリーさんの未練を断つため奮戦しているレイモンドさんを護るために、寝ず番を立てることにした。

 最初はアドソンさん、次が満腹でウトウトしていたタリアさん。私は最後の番だった。



「キスしたくせに……。キスしたくせに……。キスしたくせに……。」



 タリアさんに肩を揺すられて目を覚ましたが、寝付きが悪く、まだ眠気が抜けなかった。

 広場の井戸から水を汲み、冷たい水で顔を洗ったものの、寝ぼけ眼はなかなか覚めなかった。


 揺れる焚き火の炎に照らされた村長宅の二階を見上げ、欠伸をしたその時だった。

 私でもタリアさんでもない、女性の声が微かに聞こえてきた。


 この村に女性は、私とタリアさん、それにメアリーさんの三人しかいない。

 声の主がメアリーさんであることに気づき、喋れるようになったのだと理解した。

 レイモンドさんが上手く取り計らってくれたのだと分かり、胸が熱くなった。



「キスしたくせに……。キスしたくせに……。キスしたくせに……。」

「……っ! ……っ! ……っ! ……っ! ……っ!」



 眠気は一気に吹き飛び、私は村長宅へ駆けた。

 だが、玄関の扉の取っ手に手をかけて、思わず立ち止まった。


 わずかに開いた隙間から漏れるメアリーさんの艶声に混じって、天井がギシギシと軋む音が響く。

 二階で何が起きているのか、私ははっきりと理解してしまったのだ。


 そこから先のことは、よく覚えていない。

 気づけば、焚き火の前でこうして座っていた。



「キスしたくせに……。キスしたくせに……。キスしたくせに……。」

「……んっ! ……んっ! ……んっ! ……んっ! ……んっ!」



 この胸に広がる、もやもやとした気持ちは何なのだろう。

 どうして、涙が勝手に滲んでくるのだろう。


 零れ落ちそうな涙を拭おうとして気付いた。



「ふんっ! ふんっ! ふんっ! ふんっ! ふんっ!」

「……アドソンさん?」



 アドソンさんが、焚き火の向こう側でスクワットをしていた。

 上半身は裸で、気合いと共に屈伸するたび、滴る汗が炎の光に煌めき、辺りに撒き散らされている。



「アオイ殿も! ご一緒に! いかがですかな!」



 アドソンさんの声が熱く響く。

 たまらず、私は顔を引きつらせ、思わず目を逸らした。



「スクワットは! 良いですよ! 何もかも忘れて! 無心になり! 神に一歩近づけます!」



 今は秋の早朝。

 さっきまでひんやりとした空気が肌を刺していたはずなのに、目の前のアドソンさんの熱気で、なぜか暑苦しく感じられた。



「おっと、沸けたようですな」



 すると、不意にアドソンさんはスクワットを止めた。



「冷えたままでは身体を痛めますぞ」

「えっ!?」

「ただの白湯ですが、心も身体も温まります」



 そう言って、焚き火の上のヤカンを手に取り、湯気の立つマグカップを差し出してきた。



「あっ!? ど、どうも……。」



 受け取った私は両手で包み込み、熱湯に息を吹きかけて少し冷ましながら、こっそりアドソンさんを見つめた。


 僧衣姿の時から感じていたが、やはり凄い筋肉だ。

 体中に残る古傷は、アドソンさんの歴戦を物語っていた。


 その数々の逸話を聞いてみたい心境に駆られるが、今の私の関心は別のこと。いつから、そこにいたのだろうか。



「あの……。まだ寝ていても良いんですよ?」

「はっはっ! 職業柄でしょうな。陽が昇る前に目が自然と覚めるのですよ」



 白湯を一口すすると、その熱さが冷えた心と身体にじんわりと広がった。

 口元が綻び、もう一口をそっとすすろうとした瞬間。



「……ぃっちゃうっ!? ら、らめぇぇ~~~っ!?

 あっ!? あっ!? あっ!? あっ!? あっ!? ……ああああああぁぁぁぁぁっ!?」



 はっきりと、メアリーさんが何かに達したのだとわかる声が届いた。

 私も女だから、それが何か分かる。こめかみに青筋を立て、奥歯を噛みしめ、両手に力を込めすぎて、持っていたブリキ製のマグカップを歪ませてしまった。




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