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元魔王先生のスパルタ勇者塾  作者: 浦賀やまみち
第六章 虎族の娘

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第40話 空に抱かれて、白目の猫




「さて……。」



 レイモンドさんは一人、私から距離を取って背を向け、ただ空を見上げていた。

 その広い背中は頼もしいのに、どこか孤独を滲ませていて、私は声をかけることをためらってしまう。


 でも、この場に女は私一人だけ。

 デスナイトとスケルトンたちが盗賊たちを見張っているとはいえ、やっぱり不安は拭いきれなかった。


 それが五分くらい。レイモンドさんを呼ぼうか呼ぶまいか迷っていたそのとき。

 ふいに彼が振り向いた。


 表情はいつもの無表情に戻っていて、指をパチンと鳴らした。



「ルミナス・レーザー」



 まず、白く細い光が走った。

 直後、ヒュッと耳を裂く鋭い音。

 それは私の横をかすめ、風圧に思わず体が震えた。



「キャっ!?」



 反射的に光線の軌跡を追って振り向いた。

 そこには、集められた財貨の山々が炎に呑まれていた。


 レイモンドさんの指先から、糸のように細い光線が財貨へ注ぎ続ける。

 それだけで炎は勢いを増し、赤から白へと変貌していった。


 最初は食料や木が燃えはぜる音が響いていた。

 だが、それはすぐ、金属がじゅうじゅうと溶ける音へと変わっていった。


 レイモンドさんが光線を止めた時。

 財貨の山々は溶岩のような赤い塊と化し、まるで生き物のようにゆっくりと広がって、大地をじわじわと焦がしてゆく。



「あっ!? ごめんなさい」

「ふん! さっさと行くぞ」



 思わず、迫りくる赤い塊から後ずさる。

 背中がレイモンドさんにぶつかり、慌てて頭を上げて謝罪した。


 彼は強く鼻息を一つ吐き、私の前髪を揺らすと、脇へ両手を差し入れてきた。

 


「あっ!? ……は、はい、お願いします」


 

 その意図に気づいて、身を任せる。

 腰と膝の裏を支えられ、咄嗟に彼の首へと両手を回し、強く組んだ。


 彼の腕に抱かれ、ふわりと宙へ浮かぶ。

 高く昇っていく感覚に、私は思わずレイモンドさんへ身を寄せた。



「ま、待ってくれ! お、俺たちはどうなるんだ!」



 下から盗賊たちの叫びが響く。

 だが、その声にあったのは、空を飛ぶ私たちへの驚愕ではなく、置き去りにされることへのむき出しの恐怖だった。


 当然だ。モテストの街へ繋がる深淵のゲートはもう消えた。

 周囲はデスナイトとスケルトンに囲まれ、アジトの四方は高い壁。

 食料も燃え尽き、打つ手はない。このアジトは、いまや牢獄に他ならない。


 それでも、私はもう彼らを助けようとは思わない。

 それが正しいのだと、レイモンドさんに教えられたから。


 けれど、私一人だったら。きっとまだ迷っていただろう。



「安心しろ。そいつらも、そのうち消える。

 それに……。お前らのことだ。どうせ少しは食い物を隠してあるのだろ?

 なら、それで命を繋いで、勝手に脱出する手段でも考えるんだな」

「や、約束が違うじゃねえか!」



 届くはずもない手を必死に伸ばし、喉を裂くように叫ぶ盗賊たち。

 だが、その声を浴びても、レイモンドさんは一瞥すら与えなかった。



「ああ、言ったな。全財産と引き換えに命を助けると。

 その証拠に……。今、お前等は生きている。あとは知らん」

「なっ!?」



 静かな声音。吐き捨てるでもなく、淡々と事実を告げるだけ。

 その無慈悲な響きに、盗賊たちの顔から血の気が引き、伸ばしていた手は力なく垂れ下がっていった。




 ******




「ふぅ……。」



 溜息を短かく漏らす。

 下を覗けば、小さくなって遠ざかってゆくデスナイトとスケルトンたちが、こちらへ向かって大袈裟に手を振り続けていた。



「むっ!? この期に及んで、まだ文句があるのか?」

「いえ、違います。あのくらいの罰は当然だと思います」

「だったら、何だ?」



 レイモンドさんが眉をひそめ、睨んでくる。

 でも、私の不満はそこじゃなかった。



「次の街……。最初から、こうやって飛んで行けば良かったんじゃないですか?」



 彼は一瞬きょとんとした顔をして、それからふっと鼻で笑った。



「馬鹿を言え。己の足で歩き、景色を愛でる。これこそ旅の醍醐味だ。空を飛ぶなど無粋」

「でも、早いし安全です」

「この魔術は疲れる。どうして俺だけが疲れねばならん。不公平だろう」

「理由っぽいけど、理由になってませんからね、それ」



 言い返した私に、レイモンドさんは鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 その仕草が、妙に子供っぽくて、私は思わず吹き出しそうになった。



「第一……。お前、重いからな」

「ちょっ!? ど、どういう意味ですか、それ!」



 だが、その一言が、私の心に火をつけた。



「知らんのか? 体重の事だ」

「私は重くなんかありません! もし重いとしたら、それは……。そう! 鎧です! 私は重くありません!」



 必死に言い募る私を、レイモンドさんは横目で見て、肩を震わせていた。

 その震えが笑いによるものだと気づき、私は怒りと恥ずかしさで彼の頭をポカポカ叩き、足をバタバタさせる。



「こら! 暴れるな! 危ないだろうが……。あっ!?」

「キャっ!?」



 次の瞬間、腕の支えが外れ、重力に引きずり込まれるような落下感。


 胃が浮き上がり、耳を裂く風の音が頭を支配する。

 私は目を見開いて、身体を強張らせた。



「ほらみろ。ちゃんと掴まってないからだ」



 しかし、それは一瞬だった。

 落ちていく私を追うように彼の影が覆いかぶさり、再び腕の中に抱き止められる。



「ご、ごめんなさい……。」



 胸の奥に残る恐怖が消えず、私は思わず彼の首にしがみついた。

 鼻腔をくすぐるレイモンドさんの髪の匂いに、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 どきどきと早鐘を打っていた心臓が、ようやく静かに収まってゆく。


 その穏やかな余韻を、甲高い鳴き声が突き破った。



「ニャーーーーーーーーーーっ!?」

「「あっ!?」」



 私たちは同時に目を見開き、顔を見合わせた。

 そうだった。お肉を追いかけていったタリアさんの存在を、完全に忘れていた。



「酷いニャ! 置いていくなんて酷すぎるニャ! ニャーも連れて行くニャー!」



 ゲットしたお肉を左腕に抱え、右手を目いっぱいこちらへ伸ばしながら、涙目で駆けてくるタリアさん。

 その必死さに、胸が痛んだ。さすがのレイモンドさんも、その顔を曇らせるほどに。



「ニ゛ャ゛っ!?」



 しかも、タリアさんはこちらを見上げるばかりで前を見ていなかった。


 次の瞬間、アジトの壁に真正面から激突。

 抱えたお肉を離すまいと抱えたまま、仰向けに転がって白目を剥いてしまった。



「と、取りあえず……。い、一旦、下りましょう」

「そ、そうだな」



 こうして、私たちの旅は新たな同行者を迎えることになった。

 なお、本人はまだ気絶中である。




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