その3 妾キングダム、建国!
「わっはっはっ! 愉快なのじゃ! 愉快なのじゃ!」
人間どもが引く露天の御座車の上。
妾は豪華な椅子に、えっへんと足を組んで座り、高らかに笑った。
だが、この椅子には気に入らない点がある。
なにしろ、足が床に届かないのだ。
せっかく父上のように格好良く座っているつもりでも、足を組んでいなければぷらぷらと揺れてしまう。
これでは妾の威厳が半減ではないか。
この椅子を用意したゴブリンめ。
踏み台も用意せぬか。あとで必ずこらしめてやる。
しかし、今は寛大な心で許してやろう。
あの日、空から落ちてきてからの一ヶ月半。
妾は連戦連勝を重ね、8つのゴブリン族と11のコボルト族を従え、広大な荒野を統一した。
その軍勢は3000匹以上。
父上と一緒にいた時に率いていた数と比べれば、取るに足らぬ数かもしれない。
だが、それを妾はひとりで成し遂げた。妾は凄いのだ。
しかも、軍勢を率いて周辺の人間どもの村を次々と襲い、すでに五つ目の村まで落としてしまった。
自分の才能が恐ろしい。
次はいよいよ、城がある『モンブラン』なる街を攻める予定だ。
「モンブラン……。お菓子みたいな名前じゃな」
その言葉に、妾が乗る御座車を引いていた人間どもが一瞬足をもつれさせた。
一人が『ま、まさか、領主様のお城を……。』と青ざめる声を漏らし、すぐに鞭でかき消された。
まさに妾こそ大帝国の后に相応しい。
偉大なる父上の伴侶となる資格があるのは、やはりこの世で妾ただひとりだ。
「ゴブゴブ!」
「コボコボ!」
この喝采を見ろ。
配下たちも大いに同意しているではないか。
日々飢えておったゴブリンやコボルトどもは、凱旋する妾を救世主と讃え、今宵も拍手喝采を惜しまない。
深夜であろうと、熱に浮かされたように大騒ぎだ。
子供も老人も妾の顔を見ようと押しかけ、腹太鼓まで鳴らしている。
兵たちも誇らしげに胸を張り、メスどもの黄色い声を浴びて、鼻の下を伸ばしきっていた。
難点を挙げれば、この妾キングダムの暫定本拠地は、元々ゴブリンどもの巣だった。
家々など木の枝と藁を組んだ掘っ立て小屋ばかりで、文明や文化がまるで感じられない。
妾が『城』と称しているものに至っては、ただの洞窟である。
だからこそ、『モンブラン』なる街を落として、城を手に入れる必要がある。
それにゴブリンどもやコボルトどもでは得られない文明や文化も心配要らない。
今日狩ってきたように『人間』をどんどん調達すればいい。
そして、ゴブリンどもやコボルトどもの腹に収まるのが嫌なら、文明や文化を吐き出せと命じればいい。
その昔、父上から『エリザベートは名牧場主だな』と頭を撫でてもらったこともある。
ゴブリンどもやコボルトどものようなオツムの弱いモンスターと違って、妾ほど優秀な者は、餌さえ与えて飼ってやればせっせと働くのを知っているのだ。
「おいおい、何だよ。この数……。」
「嫌よ、嫌よ……。死にたくない、死にたくない」
「どうなっちまうんだ? 俺達はよぉ~~……。」
「あわわわわ……。」
だが、妾の前で無礼にも粗相をする愚か者は要らない。
ジョボジョボ、ブリブリという耳障りな音が鳴り、臭気までも漂ってきた。
妾は眉をひそめ、手に弄んでいた戦利品の宝石を、その張本人の後頭部めがけて投げつける。
「あがっ!?」
狙いを違わず、命中。
愚か者の頭は、まるで熟れたざくろのように破裂し、赤黒い汁が四方に飛び散った。
それは妾の頬にも届き、腕で拭って、ぺろりと舐める。
「ほう! 生娘だったか。少し惜しいことをしたな」
周囲の人間どもは息を呑み、声を殺して身を縮めた。
誰もが次は自分かと怯えているのが、目に見えて愉快であった。
口の中に広がる甘露に、妾の中で吸血鬼としての衝動が湧き起こるが、それは『城』に帰ってからだ。
その昔、父上から『食べ歩きははしたないから止めなさい』と何度も叱られたことがあるし、妾は立派なレディーだから我慢する。
「車が止まっているぞ。さっさと引け」
慌てて御者のゴブリンが鞭を振るい、全裸の人間どもが呻き声をあげながら御座車を再び引き始める。
妾が乗る御座車は、馬の代わりに人間10人が繋がれておるのだ。
いや、1人潰したから、今は9人か。
やはり人間は牛や馬よりも優秀だ。
痛みを与えれば走り、餌を与えれば笑い、褒めればまた働く。
魔術で魅了と混乱を施せば、勝手に盛り、数を増やしてゆくのも良い。
こちらが命じなくても、子どもの世話を喜んで行い、病めば看病し、飢えれば互いに分け合い、勝手に育って勝手に働く。なんとも便利な家畜だ。
父上は一時期、自動人形の作成に80年ほど苦心していたが、妾は人間で十分だと思う。
多くの触媒や貴重な鉱物を消費するより、人間を使う方がよほど効率的だ。
「わっはっはっ! 皆の者、今宵は宴じゃ! 飲めや、食えやの大騒ぎじゃ!
今夜は妾キングダムの祝日じゃ! 称えよ! 妾を称えよ! わっはっはっはっはっ!」
しかし、せっかく盛り上がっていた空気を盛り下げてしまったのは、支配者として頂けない。
妾のしつけで静まり返った場を盛り上げるため、椅子の上に立ち、両手を大きく広げてみせた。
その途端、ゴブリンどもとコボルトどもが慌てて腹太鼓を叩き、歓声を上げ始める。
「ゴブゴブ!」
「コボコボ!」
でも、その顔は引きつっているように見えるのは気のせいだろうか。
『うん、気のせいに違いない』と、妾は満足げに腕を組み、えっへんと胸を張った。




