第38話 説教のあとに全力投球
「こいつらがどれだけ下種か……。さすがのお前も、もう分かっただろ?
だが、お人好しなお前のことだ。『改心のチャンスを与えればいい』なんて甘い考えをしているなら無駄だ。
人間ってモノは、一度タガを外して楽を覚えてしまったら、そう簡単に元には戻れない。……そういうものなんだ」
デスナイトとスケルトンたちが、カツカツと乾いた音を立てて拍手していた。
しかもその顎をカタカタと開閉させながら、どう見ても『レイモンド様、最高!』と叫んでいるようにしか見えない。
さっきまでのしんみりした雰囲気が一瞬で台無しになって、私は思わず顔を引きつらせた。
そういえば、レイモンドさんが『こき使っている』と言ってたっけ。なるほど、こういう意味だったのか。
「だから……。」
「レイモンドさん」
「んっ!? 何だ?」
でも、そのおかげで私の心には余裕ができた。
レイモンドさんは鼻息を荒くして、まだ話を続けようとしていたけど、私はそれを遮るように声をかけた。
「もしかして……。私のために、ここまで?」
盗賊の悪辣さを、あれほど丁寧に説明してくれたのだ。
それなら、もう分かる。
あの夜、レイモンドさんの右腕が断たれた場面が私の心に残したトラウマ。
それは克服できたけれど、相手がモンスターに限ってのことだった。
人間を前にすると、私はまだ足がすくんでしまう。
だからこそ、レイモンドさんはわざわざ私に現実を見せてくれたのだ。
気づけば私は、自分でも驚くほど自然に、感謝の眼差しを向けていた。
「い、いや……。ち、違う! お、俺はだな!」
たちまち、レイモンドさんの顔が赤く染まった。
その耳まで赤く染まっていくのを見て、思わず笑いそうになる。
「ありがとうございます。私、もう大丈夫ですから」
だけど、ここで笑ったら、レイモンドさんの苦労が価値を失う。
だから私は、そっと微笑むだけに留めた。
まだ命を奪うことに抵抗はある。
でも、次に盗賊から襲われたとき、今日の話を思い出せば、ちゃんと戦える気がした。
「お、おう……。そ、そうか」
レイモンドさんは落ち着かない様子で顔を背けた。
それでも視線が一瞬だけ私と重なり、すぐに逸らされる。
その不器用な仕草に、胸の奥がほんのり温かくなった。
こんなレイモンドさんを見るのは、初めてだった。
そう言えば、私がこんなふうに、まっすぐ彼を見つめるのも初めてかもしれない。
「ふふっ……。」
声にならない笑みがこぼれていた。
レイモンドさんは身体をビクンと震わせると、私を凝視して、何やら両手をわきわき。
私に怖ず怖ずと伸ばしかけたり、勢いよく引っ込めたりを繰り返して、私が思わず首を傾げたその時だった。
「ニャーー! さっぱりしたニャー!」
お風呂上がりのタリアさんが、頭をタオルで拭きながら現れた。
上はスカイブルー、下は黒のカンフー着に、腰の赤い帯。
両手には赤いナックルガードを着けていて、ついさっきまで汚物まみれだった彼女は、もうどこにもなかった。
「ニャニャ? レイニャンも、アオニャンも2人で見つめ合って、どうしたんだニャ?」
タリアさんは頭のタオルを肩にかけ、腰に手を当ててこちらをジロジロ。
まるで面白いものを見つけた猫みたいに、目をキラキラさせて、尻尾をゆらゆらと揺らす。
「えっ!? 別に見つめ合ってなんかいませんよ? ねっ、レイモンドさん?」
「なにっ!? お、おう……。そ、そうだな!」
私が念押しと共に改めて視線を向けると、レイモンドさんはビクンと肩を震わせた。
ぎこちなく頷きながらも、腕を組んでは解き、おちつかない視線をさまよわせている。
「レイモンドさん?」
「ふん!」
「ニャっ!?」
私が再び首をかしげると同時に、レイモンドさんはタリアさんをキッと鋭く睨みつけた。
そして、食料の山へと肩を怒らせながら向かう。
無言のまま足を止めると、ずしりとした牛肉のブロックを乱暴に掴み上げた。
「ニャニャっ!? マッツザーカ牛の……。それもA5ランク並ニャっ!?」
タリアさんの目がさらにキラキラと輝き、尻尾までブンブンと激しく揺れる。
お腹を『グーグー!』と盛大に鳴らし、今にも肉に飛びかかりそうな勢いで、拳と拳を打ち合わせて両手のナックルガードをカンカンと鳴らす。
「欲しいか?」
「欲しいニャ!」
「なら、取ってこい! 猫!」
「ニャーーーーー! ……って、ニャーは虎ニャ! 猫じゃないニャーーーーー!」
多分、魔力を込めた全力投球。
お肉はキラリーンと輝き、一直線に飛んでアジトを囲む壁に激突した。
タリアさんは本能のまま、尻尾をブンブン振りながら遥か彼方まで肉を追いかけて駆けていった。




