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元魔王先生のスパルタ勇者塾  作者: 浦賀やまみち
第六章 虎族の娘

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第37話 沈黙を砕く音




「これ、全部が……。えっ!? まだあるの!」



 全ての家を回り終えて広場に戻ったとき、そこに積み上げられた財貨の山を見て、私は息を呑み、思わず叫んでしまった。


 銀貨や銅貨をぎっしり詰めた酒樽がずらりと並び、その数は二十を優に超えていた。

 周囲には武器や防具、輝く貴金属や精巧な工芸品、衣類や食料品までもが雑多に積み上がり、広場はまるで市場そのもののように見えた。


 しかも、作業はまだ終わっていない。

 盗賊たちは監視のデスナイトやスケルトンたちに追い立てられるように、黙々と財貨を運び出していた。

 


「さて、どう思う?」



 唐突にレイモンドさんが問いかけてきた。

 だけど、その視線は私ではなく、財貨を運ぶ盗賊たちに釘づけだ。

 腕を組み、顎をわずかに上げた姿は、まるで奴隷を見張る監督官そのものだった。



「ええっと……。すごい量ですね」



 何を聞かれているのか分からなくて、私はとりあえず見たままを無難に答えた。


 だが、やはり違ったらしい。

 レイモンドさんはわざと大げさに肩を上下させ、長いため息を吐きながら首を振った。



「だったら、あれを見ろ」

「えっ?」



 レイモンドさんが顎で示した先には、30人ほどの女性たちがいた。

 年の頃は十代から三十代前半までさまざまで、全員が怯えきった顔で互いに身を寄せ合っている。


 私たちが家々を回って、『助けに来た』と伝え、お風呂も、新しい服も、下着も、靴も用意したというのに、その瞳は虚ろで、輝きを失っていた。

 長い監禁と、その間に受けたであろう仕打ちで、心をすり減らされたのは明らかだった。



「すごい人数だな」

「なっ!?」

「どうした? さっき自分で言ったことと、何が違う?」

「そ、それは……。」



 言葉に詰まる私を、レイモンドさんがようやく振り向いた。

 鋭い光を帯びた眼差しに射抜かれ、私は一瞬で自分の失言を悟った。



「知っているか?

 ゴブリンやコボルトが人間を襲うのは……。人間が手頃な食料だからだ。

 オークが人間の女を襲うのは……。雌が極めて稀少な存在だからだ。

 そして、奴ら同士が争うのは……。縄張りの問題。つまり、生存競争のためだ」



 そこでレイモンドさんは口をつぐみ、短く息を吐いた。

 私には、その一拍の間が重たく響いて聞こえた。



「この意味が分かるか?

 モンスターは、生きるために争うことはあっても、利己的な欲望で仲間の財産を奪ったりはしない。

 なら、こう考えられないか?

 モンスターですらしない行為を平然と行う盗賊という種は、もはやモンスター以下の下衆だとな」



 その声は低く冷たく響き、私の胸を鷲掴みにした。

 横目をチラリと向ければ、盗賊たちの顔は強張っている。


 怒りに歯を食いしばる者、視線を逸らして黙り込む者。

 張り詰めた沈黙の中、レイモンドさんは気にした素振りもみせず財貨へと歩み寄った。


 麻袋の一つに手を突っ込み、乾燥したとうもろこしの実を掴み出す。

 掌を傾ければ、粒がパラパラと零れ落ち、地面に当たって軽やかな音を立てた。

 その音が、沈黙に包まれた広場にいやに鮮やかに響いた。



「これを見ろ。……とうもろこしだ」



 レイモンドさんが掌に最後の一粒を指先でつまみ、軽く弾く。

 乾いた音とともに、それは盗賊たちのボスの額に当たり、はじけて地面に落ちた。

 ボスはびくりと顔をしかめたが、反論の言葉を飲み込むように唇を噛んだ。



「この前、少し聞いたんだが……。

 暖かい南方なら、とうもろこしは一年を通じて栽培が可能らしい。

 だが、この辺りは冬が厳しい。栽培できるのは夏の一回きり……。だからこそ、比較的高価な食材になる」



 淡々と語るその声音に、私は背筋を正した。

 何気ない説明の中に、彼の問い詰める刃が隠れているのを感じ取ったからだ。



「しかし……。お前も壁の上から見ただろう。とうもろこし畑など、どこにも無かったよな?」



 無言で頷く。

 乾いた唇がわずかに震え、思わず舌で湿らせてしまう。



「まあ、こいつらの生業を考えたら、これをどうやって手に入れたかなど容易く分かる答えだ。

 だったら……。こいつらがこのとうもろこしを不当な手段で得たがため、どれだけの人数が不利益をこうむったと思う?」



 レイモンドさんが盗賊たちを見渡す。

 無機質な眼差し。けれど、それを受けた盗賊たちは怯えたように肩をすくめ、ビクリと震えた。



「もちろん、被害者の一人目は、このとうもろこしを交易していた商人だ。

 それこそ、このとうもろこしどころか……。命すら奪われている可能性は十分にある」



 その言葉に、盗賊たちの顔がこわばった。

 中には思わず視線を逸らす者もいる。図星だったに違いない。



「二人目、三人目の被害者は、その商人の家族だ。

 突然、稼ぎ手を失った彼らが、どれほどの苦労を背負うか……。想像に難くない。

 いや、商人が動かす金は一般人の比ではない。破産し、多額の借金を抱え込むことだって有り得るな」



 いつの間にか、デスナイトとスケルトンたちは財貨を運ばせていた盗賊たちを追い立て、広場に一纏めにしていた。

 まるでレイモンドさんの意を汲んだかのように。

 


「その場合、どうやって返したら良い?

 この世の中……。男ならまだしも、女に残された選択肢は、ほとんど無い」



 女性たちの間にざわめきが走った。

 恐怖に小さく悲鳴を漏らす者、両腕で自分を抱きしめるように震える者、悔しさに歯を食いしばる者。それぞれが耐えるように身を固めた。


 静まり返った空気を切り裂くように、レイモンドさんが続けた。



「そう、娼婦になるしかない。

 これが最も手っ取り早く、しかも確実に借金を返せる手段だ。

 年頃で女なら、その道を歩まされるだろう。……それ以外は奴隷だ。己の身を、金に替えるしかない」



 今さら気づいた。

 その言葉は、まさに彼女たち自身の境遇を突き刺している。


 この世界で街から街への旅は、単独で行う者はいないのが常識だ。

 彼女たちも、かつては『誰か』と共に歩んでいたに違いない。


 だが、その『誰か』は今ここにいない。

 だからこそ、彼女たちは盗賊団に囚われていたのだ。



「もっとも、これはまだマシな方で、幸運と言えるだろう。

 娼婦にすらなれない年増や醜女はどうする?

 勘違いされがちだが、女の奴隷は安い。

 当たり前だな? 大抵の女は男より力も、体力も劣る。

 そんなものを奴隷として売ったところで、値など二束三文だ。奴隷商人でさえ、在庫を抱えるのは嫌がるだろうな」



 言葉を浴びせられた女性たちは、耐えるように顔を伏せた。

 中には唇を噛み、血を滲ませている者もいる。



「まあ、逃げるか、死ぬか……。そのどちらかだ。

 そして、残るのは借金だけ。

 金を貸していた連中は、少しでも回収しようと商人の親類縁者に群がる。四人目、五人目の被害者が生まれるわけだ」



 もう見ていられない。

 レイモンドさんを止めたかったが、言葉が喉に貼りついて出てこなかった。


 盗賊たちに視線を向ければ、呼吸すら忘れたかのように沈黙していた。

 彼らも今更ながら気付いたのだろう。目の前の享楽しか見てこなかった自分たちの愚かさに。



「だが、これはあくまで『目に見える』数に過ぎない。

 目に見えない被害者となれば――数えきれぬほどになる。

 ……なぜか?

 市場に出回るはずのとうもろこしが、ここで止まっているからだ。

 流通量が減れば、相場に影響が出る。とうもろこしの値は上がり、分配量は減る。

 では、とうもろこしを買えなかった者はどうする?

 ……代わりに、別の食糧を買うしかない。

 その代用品が消費されれば、今度はそちらの値が上がる。負の連鎖の完成だ。

 あとは説明しなくても分かるだろう。

 たった一粒のとうもろこしであっても、不当に奪えば……。この大陸全体の物価を揺るがす要因となる」



 レイモンドさんの声が途切れると、沈黙の中で風が一陣吹き抜けた。

 零れ落ちたとうもろこしが、地面を転がり、乾いた音を響かせる。

 その小さな音に、盗賊たちの肩が一斉に震えた。 




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