第31話 曇りのち、雷
「はぁぁ~~~……。」
街道の途中、森と森の合間にある河原。
そこそこ広くて、水も焚き木も確保に困らない。
道具と技術があれば、魚だって捕れるに違いない。
きらきらと光る水面の下を、魚影がすいすいと泳いでいる。
先人たちが石で組んだ竈跡があちこちに残っていて、さっき私はレイモンドさんと昼食を済ませたところだった。
今はレイモンドさんが所用でいないから、私は荷物番。
せっかくの休憩だから鎧を外して、黒のニーハイソックスも脱いだ。
これも先人たちが用意してくれていたのか。手頃な石に腰を下ろして、歩き疲れた素足を、穏やかな川の流れにさらす。
「はぁぁ~~~……。」
冷たい水が火照った素足を優しく撫でていく。
あまりに心地よくて、またひとつ溜息が漏れた。
でも、私がこうして溜息ばかり吐いているのは、気持ちいいからだけじゃない。
そう、全部レイモンドさんのせいだ。
彼と出会ってから、もう一ヶ月。
最初は『料理番になれ』なんて意味不明なことを言われて、きっぱり断ったはずだったのに。
気づけば、冒険者ギルドにパーティ登録まで勝手に済まされて、周りからも当然のように『コンビ』扱い。
半月が経った頃には『次の街へ行くぞ!』と一方的に決められ、私は文句を言いつつも結局はついてきてしまった。
「はぁぁ~~~……。」
街と街を繋ぐ街道なんて言っても、そのほとんどは整備なんかされていない。
もともとは獣道で、それを何十年も、何百年もかけて人が踏みならしただけ。
一応、その土地を支配してる領主が管理してることになってるけど、せいぜい道案内の看板を立てるくらい。
モンスターや盗賊が出ても、よっぽどの被害が重ならない限り、放置されるのが現実らしい。
だから、街道を行く人は絶対に一人では歩かない。
領主軍の移動にくっつくか、冒険者を護衛に雇うか。
私たち冒険者だって同じだ。
依頼に乗っかるのが一番安全で、依頼が無ければ冒険者ギルドで同行者を募るのが普通。少なくとも、周りのみんなはそうしている。
でも、私とレイモンドさんは二人で歩いていた。
「はぁぁ~~~……。」
最初から二人きりだったわけじゃない。
私とレイモンドさんも、他の冒険者たちと同じように商人の護衛依頼に就いて、商人や冒険者、旅人を合わせて四十人くらいの旅団に混じっていた。
問題が起きたのは、モテストの街を出て五日目の深夜。
旅団は盗賊の夜襲に遭った。
その時、私は初めて人間に剣を振るってしまった。
事実を自覚した瞬間、体が震えて、頭の中が真っ白になった。
しかも、私を庇ったせいで、レイモンドさんは右腕を斬り落とされた。
あの光景を目の当たりにして、私はこの世界と私が育った世界の倫理観の違いを嫌でも思い知らされた。
胸が押し潰されるみたいに苦しくて、剣を振れなくなった。
人間どころか、前日まで平気で戦えていたモンスターにさえ腰が引けて、戦場の中を右往左往するだけ。
二度も、無様に。
その結果、七日目に立ち寄った小さな村で、護衛の冒険者たちのまとめ役から解雇を言い渡された。
私とレイモンドさんはそこで取り残されて、それから二人旅が始まった。
「嫌いじゃないんだよね……。」
レイモンドさんは尊大で、歯に衣着せぬ物言いのせいで揉めることも多い。
それでも、助けられたことは何度もあったし、私の作った料理を美味い、美味いって食べてくれるのはやっぱり嬉しい。
けれど、女関係のだらしなさだけはどうしても好きになれない。
モテストの街にいた頃なんて、その日に稼いだ分を全部歓楽街に突っ込んで、朝帰り。
それを知ったときは、本当にショックだった。
しかも、私には『貧相な胸』だの、『薄い尻』だの。
正直、女としては傷つくし、癪にも触る。
でも、二人旅の夜を重ねても、そういうことを強引に迫ってきたりはしなかったから、どこかで安心していた。
それなのに、それなのに『生えてなくても誇れ』ときた。
もう二度としないと約束させたけど、油断はできない。今夜から剣を抱いて眠ろう、と決めている。
もしここが街だったら、私はとっくにレイモンドさんに絶交を叩きつけていたかもしれない。
しかし、旅の途中。それは無理。
「はぁぁ~~~……。」
それに負い目もあれば、恩もある。
レイモンドさん自身の魔術によって、私を庇って切断されたレイモンドさんの右腕は、あっさりとつながった。
切り傷すら残っていないし、今も普通に動いている。
本人は『気にするな』と言ったけど、無理だ。
気づけば、私はいつも彼の右腕を目で追ってしまう。
それだけじゃない。
私が戦えなくなったときも、見捨てずに克服のきっかけを与えてくれた。
まあ、方法は最悪だったけど。
ゴブリンの大群をわざと呼び寄せて、その真ん中に私を放り込み、自分は文字通りの空の高みからただ見ているだけ。
押し倒されて、パンツを引き裂かれたときに助けてくれたのは、本当に感謝している。
でも、その時にゴブリンを一撃で吹き飛ばした魔術と一緒に放った『俺のものに手を出すな!』なんて言葉は、絶対に受け入れられない。
それに今言った通り、レイモンドさんは魔術で空を飛べる。
もし本気で私を見捨てたいと思ったなら、いつだってできるはずなのに。
その理由は『料理番』だからかも知れないけど、レイモンドさんの期待に応えたかった。
「よう、お嬢ちゃん。一人でどうしたんだ? 迷子かな?」
「えっ!?」
そんな事を考えていたら、まさに盗賊としか思えない男たちが森の中からぞろぞろと現れた。
慌てて立ち上がり、ざっと見で十人以上。
全員が下卑た笑みを浮かべ、武器も防具もばらばら。冒険者なんてとても思えない。
喉がひゅっと詰まり、手のひらにじっとり汗が滲んだ。
「そ、それ以上、近寄らないで下さい!」
吐き気がこみ上げて、思わず左手で口を押さえた。
震える右手は盗賊たちに向けて突き出したまま、じりじりと後ずさる。
逃げ道は川の向こう側だけ。
川幅は5メートルほどだけど、真ん中あたりで急に深くなっているのは確認済み。とても渡り切れるとは思えない。
剣も鎧も、少し離れた場所に置きっぱなし。
すぐには手が届かないのは一目瞭然で、盗賊たちはニヤニヤ笑いながら私を囲むように近づいてきた。
完全に狩り場に追い込まれた獲物。
今の私の姿は、まさにそう映っているに違いない。
盗賊たちの視線は、私の顔から胸、腰、股間、足へといやらしく這い回り、舌舐めずりをする者までいた。
「おいおい、そんなに怯えるなよ?」
「そうそう、俺たちと一緒にイイことして遊ぼうぜ?」
吐き気が増した。鳥肌も立つ。
逃げたいのに、足が地面に縫いとめられたみたいに動かなかった。
「も、もう一度言います! そ、それ以上近づいたら……。後悔しますよ!」
「かっかっかっかっ!? 後悔するってよ! どうする、お前ら?」
盗賊のボスらしき男が腹を抱えて笑い、仲間たちと下卑た顔を見合わせたその瞬間。
「フィッシュオーン!」
「ぎゃああああああああああっ!?」
頭上の空で指パッチンが鳴り、紫電が舞い降りた。
右端の盗賊から次々にバチバチと電撃が伝わり、痙攣しながら閃光に呑まれていく。
「はわわ……。」
十数秒後、地面に残ったのは白目を剥いた盗賊たち。
焦げて煙を上げる者までいて、立っている者は一人もいなかった。
「大漁、大漁! 面白いくらいに嵌ったな!
それに、もっと待たされるかと思ったが……。お前、自信を持っていいぞ!」
「は、はぁ……。」
安堵と同時に涙がこみ上げた。
でも、その口調と態度がまた腹立たしいのも事実だ。
「何が『自信を持っていいぞ』なんですか! 早く助けて下さいよ!」
「ふん! 助けただろ? この俺が華麗に」
「全然華麗じゃありません! このっ……。女の敵!」
見上げると、レイモンドさんが腕を組みながら胸を張って、空からゆっくり降下してきていた。
「おいおい、俺は女の味方だぞ? 神秘を探求しているだけだ」
「それ止めてくれって言いましたよね! ナルサスさんを侮辱しているみたいで嫌だって!」
申し訳ないけど、盗賊たちは暫く放置する。
初めて出会った時に『神秘の探求者』と名乗ったナルサスさんの名誉を守るほうが大事だった。




