第30話 悲鳴の森
「はっ!?」
数日前のあの光景が、また夢に現れた。
私は跳ね起き、目をカッと見開く。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
秋だというのに、まるで熱帯夜を過ごしたかのように汗が滴っていた。
額を腕で拭い、渇いた喉を癒やそうと枕元の水筒へ手を伸ばす。
レイモンドさんは笑って『気にするな』と言った。
でも、胸に焼き付いた光景は消えてくれない。
「んぐっ、んぐっ……。ぷはぁっ……。」
温くなった水をがぶ飲みする。
口の端から零れても気にせず、一度息を整え、二口目を口に運ぼうとしたその時。
「それ以上はやめておけ。腹を壊すぞ」
「ごめんなさい! 起こしちゃいましたか? ……えっ!?」
思わず顔を振り向けた。
けれど、焚き火の向こうにあるはずのレイモンドさんの姿はどこにもない。
残っているのは、彼が寝ていた毛布の痕跡だけだった。
声は確かに聞こえたのに。
焚き火のはぜる音しか返ってこない。胸の奥がざわつき、私は慌てて辺りを見回した。
「ひっ!? ……あっ!? ごめんなさい。なんでもないの」
いたのは、焚き火と、私たちを囲むように立つ4匹のスケルトンだけだった。
彼らはレイモンドさんの魔術で召喚された存在で、私たちの代わりに野営の寝ず番をしてくれている頼もしい護衛だ。
でも、その見た目はただの白骨。
かつて冒険者だった者の残骸が、虚ろな眼窩のまま、生前の武器を振りかざしている。
今、彼らは『呼んだ?』という感じに振り向いた。
昼間なら少しは愛嬌も感じたかもしれないけど、闇夜に立つその姿はやっぱり怖い。
だけど、彼らがいてくれるからこそ、私たちは朝まで眠れる。
慌てて両手を突き出し、左右に振って驚いたことを詫びた。
「くっくっく……。本当にお前を見ていて、飽きないな。道化師の才能でもあるんじゃないか?」
だったら、レイモンドさんはどこに。
そう考えた矢先、はっと気づく。声が足元から聞こえてきた。
視線を下げると、毛布が不自然に盛り上がり、その端から私のものではない足が突き出ていた。
答えは一つしかない。
「レイモンドさん? どうして、そんなところに?」
「うむ、当然の疑問だな。実は用を足しに起きたのだが……。戻ってきたら、お前が魘されていてな。
どうしたものかと眺めていたら、妙にムラムラと……。いや、違う。少しでも楽にしてやろうと思ってな」
信じられなかった。
膝にかかっていた毛布を持ち上げる。そこに、レイモンドさんがいた。
私の脚の間に割り込むように潜り込み、至近距離からじーーっと見上げていた。
「あっ!?」
罵詈雑言の悲鳴を上げ、蹴飛ばそうとしたその瞬間に思い出した。
私の左太腿の内側にある、勇者の証『刻印』を。
「ま、まさか……。み、見ました?」
恐る恐る問いかけると、レイモンドさんの視線がゆっくりとそちらに移り、刹那の間を置いて、私に戻った。
心臓が痛いほど鳴る。
「ふっ……。『生えていない』ことくらい、気にするな。俺は嫌いじゃないぞ?」
「ふえっ!?」
あまりに見当違いな答えに呆気を取られた。
だが、次の瞬間。私はもっと重大なことに気づいた。
あんまり成長しない胸は、私のコンプレックスだ。
でも、それ以上に知られたくない場所がある。
修学旅行のお風呂の時も、水泳授業の着替えの時も、ずっと誰にも気づかれないように隠してきた。お母さんにさえ。
「むしろ、誇れ。この感じ、天然ものだろ? 貴重だぞ?」
「んっ……。」
真面目な表情でそんなことを言いながら、レイモンドさんの吐息が私の敏感な部分にかかる。
背筋をピリッと駆け抜ける感覚に、喉の奥から甘い声が勝手に零れた。
慌てて両手を高く上げ、毛布を持ち上げて下を覗き込む。
やっぱり履いていない。スカートが完全にめくられて、パンツが右足首に引っかかっている。
「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」
羞恥に燃え上がり、私はレイモンドさんの顔を太腿でガッチリと挟み、無我夢中で殴り続けた。
夜の森に幾多の打撃音が鳴り続ける中、それすらかき消すほどの、私の怒涛の罵詈雑言が響き渡った。




