第29話 悲鳴の草原
「みんな、起きろ! 敵襲だ!」
寝ず番の見張りを交代して、ようやく微睡みかけた時だった。
その叫び声に私は飛び起き、毛布を跳ね除けると、手元の剣を握った。
もちろん、寝る前に鎧なんて脱いである。
今は服だけの姿で、夜の冷気が肌を突き刺し、無防備さに心細さを覚えた。
だけど、今さら鎧を着込む余裕なんてあるはずもない。
外がにわかに騒がしさが増し、金属が擦り合うカチャカチャという音が響き始めていた。
他の冒険者たちに遅れてはならない。
女だからと特別に中で休ませてもらっていた馬車から、私は鞘から剣を抜き放ち、闇の中へと飛び出した。
「レイモンドさん、例の魔術を!」
明かりは、密集した6台の馬車を囲む四隅の焚き火だけ。
心許ない炎は風に揺らめき、周囲の闇を追い払うにはあまりに頼りなかった。
その闇の奥から、地を蹴る複数の足音が重なり合って迫ってくる。
影が濃く、深く、こちらへ駆けてくるのが分かる。
胸がぎゅっと縮み上がり、喉が焼けつくように乾く。
声を上げれば、私が女だと知られ、敵の注目を引いてしまう。
それでも恐怖に耐えきれず、私は思いっきり叫んでしまった。
「ふぁ~~あ……。言われずとも解っている」
しかし、レイモンドは余裕そのものだった。
この状況でこんな大きな欠伸をするなんて信じられない。
もしかして、私が眠っていた馬車の近くで、ずっと見張ってくれていたのだろうか。
そう思わせるほど、その声は私のすぐ傍から聞こえた。
「フラッシュフラワー」
レイモンドさんが面倒そうに頭を掻き、その右手を夜空へと掲げた。
そこから生まれた白く光る小さな球が、ゆるやかな蛇行を描きながら昇っていく。
やがて点のように消えたかと思った瞬間。爆音と共に弾け、無数の光の花びらを散らした。
夜空に大きな光輪を描き、辺り一帯をまぶしく照らし出す。
落ちてくる光は雪のように緩やかで、その輝きは草原に潜む襲撃者達を容赦なく暴き出す。
私達は見慣れた光景だから驚かない。
けれど、敵はそうではなかった。
敵の意識が光に奪われ、明るくなった夜空を見上げたまま足を止める。
その動きが一瞬鈍ったのを、私ははっきりと見て取った。
「そこっ!」
大きな隙だ。
まずは1匹目。そう決めて、私は最も近いモンスターへ一気に間合いを詰めた。
剣を右上段に振りかぶり、迷いなくモンスターの左肩へ振り落とす。
狙いは違わず命中。
剣は左肩から右脇腹へ深々と食い込み、手応えと共に鮮血が飛び散った。
相手は絶叫し、断末魔の悲鳴をあげて崩れ落ちる。
「ぎゃーーーーっ!?」
「えっ!?」
私は愕然とした。
間近で見た姿は、一匹なんかじゃない。一人だった。
モンスターじゃない。人間の、年配の男だった。
鼻を突く血の匂いに吐き気がこみ上げる。
自分が人を殺したという事実に頭が真っ白になり、全身が震えた。
剣を取り落としそうになりながら、私はよろめくように後退った。
「この女! よくも仲間を!」
「えっ!?」
当然、その隙を逃すはずがない。
別の襲撃者が、仲間を殺された怒りのままに、私の頭めがけて剣を振り下ろしてきた。
殺気が突き刺さり、ぞらりと鳥肌が立つ。
ようやく私は我に返る。
だが、もう遅い。
刃は目前に迫っていて、私は反射的に目をギュッと固く閉じる。
「痴れ者が! 何を呆けている!」
「えっ!?」
襟首を乱暴に掴まれ、私は後方へと引き倒された。
入れ替わるようにレイモンドさんが前に立ち、私に迫っていた剣をその右腕で受け止めた。
そして、次の瞬間。
当然で、信じられない光景が目の前で起きた。
断たれたレイモンドさんの腕が、宙を舞う。
鮮血が夜気を裂き、地面を朱に染めていく。
その光景に、時間が凍りついたように感じる。
あまりの惨状に思考は止まり、息をすることすら忘れそうになる。
「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」
夜の草原に幾多の剣戟の音が鳴り続ける中、それすらかき消すほどの、私の張り裂けるような悲鳴が響き渡った。




