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元魔王先生のスパルタ勇者塾  作者: 浦賀やまみち
第五章 通過儀礼

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第29話 悲鳴の草原




「みんな、起きろ! 敵襲だ!」



 寝ず番の見張りを交代して、ようやく微睡みかけた時だった。

 その叫び声に私は飛び起き、毛布を跳ね除けると、手元の剣を握った。


 もちろん、寝る前に鎧なんて脱いである。

 今は服だけの姿で、夜の冷気が肌を突き刺し、無防備さに心細さを覚えた。


 だけど、今さら鎧を着込む余裕なんてあるはずもない。

 外がにわかに騒がしさが増し、金属が擦り合うカチャカチャという音が響き始めていた。


 他の冒険者たちに遅れてはならない。

 女だからと特別に中で休ませてもらっていた馬車から、私は鞘から剣を抜き放ち、闇の中へと飛び出した。



「レイモンドさん、例の魔術を!」



 明かりは、密集した6台の馬車を囲む四隅の焚き火だけ。

 心許ない炎は風に揺らめき、周囲の闇を追い払うにはあまりに頼りなかった。


 その闇の奥から、地を蹴る複数の足音が重なり合って迫ってくる。

 影が濃く、深く、こちらへ駆けてくるのが分かる。


 胸がぎゅっと縮み上がり、喉が焼けつくように乾く。

 声を上げれば、私が女だと知られ、敵の注目を引いてしまう。

 それでも恐怖に耐えきれず、私は思いっきり叫んでしまった。



「ふぁ~~あ……。言われずとも解っている」



 しかし、レイモンドは余裕そのものだった。

 この状況でこんな大きな欠伸をするなんて信じられない。


 もしかして、私が眠っていた馬車の近くで、ずっと見張ってくれていたのだろうか。

 そう思わせるほど、その声は私のすぐ傍から聞こえた。



「フラッシュフラワー」



 レイモンドさんが面倒そうに頭を掻き、その右手を夜空へと掲げた。

 そこから生まれた白く光る小さな球が、ゆるやかな蛇行を描きながら昇っていく。


 やがて点のように消えたかと思った瞬間。爆音と共に弾け、無数の光の花びらを散らした。

 夜空に大きな光輪を描き、辺り一帯をまぶしく照らし出す。

 落ちてくる光は雪のように緩やかで、その輝きは草原に潜む襲撃者達を容赦なく暴き出す。


 私達は見慣れた光景だから驚かない。

 けれど、敵はそうではなかった。


 敵の意識が光に奪われ、明るくなった夜空を見上げたまま足を止める。

 その動きが一瞬鈍ったのを、私ははっきりと見て取った。



「そこっ!」



 大きな隙だ。

 まずは1匹目。そう決めて、私は最も近いモンスターへ一気に間合いを詰めた。


 剣を右上段に振りかぶり、迷いなくモンスターの左肩へ振り落とす。


 狙いは違わず命中。

 剣は左肩から右脇腹へ深々と食い込み、手応えと共に鮮血が飛び散った。

 相手は絶叫し、断末魔の悲鳴をあげて崩れ落ちる。



「ぎゃーーーーっ!?」

「えっ!?」



 私は愕然とした。

 間近で見た姿は、一匹なんかじゃない。一人だった。

 モンスターじゃない。人間の、年配の男だった。


 鼻を突く血の匂いに吐き気がこみ上げる。

 自分が人を殺したという事実に頭が真っ白になり、全身が震えた。

 剣を取り落としそうになりながら、私はよろめくように後退った。



「この女! よくも仲間を!」

「えっ!?」



 当然、その隙を逃すはずがない。

 別の襲撃者が、仲間を殺された怒りのままに、私の頭めがけて剣を振り下ろしてきた。


 殺気が突き刺さり、ぞらりと鳥肌が立つ。

 ようやく私は我に返る。


 だが、もう遅い。

 刃は目前に迫っていて、私は反射的に目をギュッと固く閉じる。



「痴れ者が! 何を呆けている!」

「えっ!?」



 襟首を乱暴に掴まれ、私は後方へと引き倒された。

 入れ替わるようにレイモンドさんが前に立ち、私に迫っていた剣をその右腕で受け止めた。


 そして、次の瞬間。

 当然で、信じられない光景が目の前で起きた。


 断たれたレイモンドさんの腕が、宙を舞う。

 鮮血が夜気を裂き、地面を朱に染めていく。


 その光景に、時間が凍りついたように感じる。

 あまりの惨状に思考は止まり、息をすることすら忘れそうになる。



「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」



 夜の草原に幾多の剣戟の音が鳴り続ける中、それすらかき消すほどの、私の張り裂けるような悲鳴が響き渡った。




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