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ボッチの僕、イケメンの俺  作者: リディア


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第55話 それでも、選ぶ場所

夕方の校舎は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

文化祭準備の熱気が嘘のように引き、廊下には俺の足音だけが虚しく響く。


俺は、昇降口の前で足を止めた。


「……来るって言ったのは、俺の方だよな」


ポケットの中のスマホを強く握りしめる。

春野さんから届いた、短くも重いメッセージ。


『今日、少しだけお話しできるかな? 放課後、昇降口で。待ってるね』


逃げない。

そう決めたはずなのに、胃の奥が冷たく縮こまる。

過去の過ち。

知られたくなかった醜い自分。

そして、それを「知っている」という彼女。


「悠真くん」


背後から、凛とした、けれど柔らかな声が俺の背中を突いた。

振り返ると、そこには美咲がいた。


「……橘さん。……あ、美咲」

「ふふ、言い直さなくていいのに。……一人で行かせるわけないでしょ?」


彼女は少し困ったように眉を下げて笑うと、当然のように俺の隣に並んだ。

その温かな距離が、何よりの毒消しになった。


「話すんだよね? 春野さんと」

「ああ。……全部を解決できるかはわからない。でも、ちゃんと区切りをつけたいんだ」


美咲は一瞬、俺の瞳をじっと見つめ、確信したように深く頷いた。

「行こう。今の悠真くん、ちゃんと戦うヒーローの顔をしてるから」


その言葉に、胸の奥がふわりと軽くなった。



昇降口の柱に背を預け、春野さんは立っていた。

手元のスマホを弄っていた彼女は、俺たちの姿を認めると、三日月のように目を細めた。


「へえ。……二人一緒なんだ」

「隠すつもりはないから」


俺が真っ直ぐに言い放つと、春野さんは意外そうに肩をすくめた。


「安心したよ。正直、白石くんが一人で来たら……ガッカリして、本当に『条件』を突きつけるつもりだったから」


「……何の話だよ」

「白石くんが、また一人で全部背負い込んで絶望してる顔をしてたら、ね」


一瞬、言葉に詰まる。

春野さんは表情から茶化すような色を消し、静かな、けれど射抜くような声で言った。


「あのね。私が知ってるって言った昔の話。……あんなの、バラす気なんて最初からないよ」


美咲が隣で、小さく息を呑むのがわかった。


「じゃあ、なんであんな言い方を……」

「試したかったの。白石悠真が、また自分を殺して逃げ出すのか。それとも、誰かの手を取って、守るために立ち上がるのか」


沈黙が流れる。

俺は、肺の奥まで空気を吸い込み、彼女を真っ向から見据えた。


「……結果は、見ての通りだ」

「うん。見てるよ。最高の答え合わせ」


春野さんは俺と美咲を交互に見て、どこか清々しそうに笑った。


「完敗、かな。……私の知ってる、あの臆病で透明だった白石くんは、もうどこにもいないんだね」

「それで……条件って、何だ?」


俺が聞き返すと、彼女はいたずらっぽく首を横に振った。


「なし! もう、出す意味がなくなっちゃった。私の負け惜しみ、おしまい」


拍子抜けするほど、あっさりとした幕引き。


「文化祭も、クラスの噂も、私から何かすることはないよ。……ただし」


一歩。彼女が俺たちの間近まで詰め寄ってくる。


「これだけは言わせて。……過去は消えない。知ってる人は、私以外にもいるかもしれない。いつかまた、君を壊しにくる誰かが現れるかもしれない」


不吉な予言に、胸がチクリと痛む。

けれど、春野さんは俺の目を逸らさずに続けた。


「でも。今の君は、自分の意志でここに立ってる。……それを壊す権利は、誰にもないよ。私にすらね」


それだけ言って、彼女はくるりと背を向けた。


「じゃ。文化祭、楽しみにしてるね。最高の特等席から、観客として応援させてもらうよ」


軽やかな足音が遠ざかっていく。

春野さんは最後まで、何を考えているのかわからない「毒」のような女の子だったけれど。その言葉には、不思議な重みがあった。




「……終わったのかな?」 美咲が、俺の袖をギュッと掴みながら呟く。


「いや。たぶん……何も始まらなかっただけなんだと思う。春野さんの仕掛けたゲームは」


美咲は少し考えてから、俺の腕に自分の腕を絡めた。


「それで十分。……だって、悠真くんはもう、一人じゃないんだから」


その体温が、言葉が、じんわりと胸の奥を焦がす。


「文化祭、どうする?」

「……少しずつ、変えていくよ。眼鏡も、前髪も。いきなり全部は無理かもしれないけど」

「……戻すの?」

「戻るんだ。……君が愛してくれた、隠さない俺に」


美咲が、弾けるような笑顔を見せた。


「じゃあ、私もずっと隣にいる。悠真くんが一番かっこよくいられる場所で」

「ああ。……それが俺にとって、一番の安全地帯だ」


夕暮れの校舎を出る。

空は群青色に染まり、一番星が静かに瞬き始めていた。


嵐はまた来るかもしれない。

でも、もう逃げ場を探す必要はない。

ここは、俺が自分の足で立ち、美咲と一緒に生きることを選んだ――俺たちの居場所だから。


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