表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボッチの僕、イケメンの俺  作者: リディア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/58

第54話 近づく条件、離れない覚悟

朝の廊下。

下駄箱から教室へ向かう、いつもの風景。

けれど、前方から歩いてくる春野さんの姿を見つけた瞬間、周囲の音がスッと遠のいた。


目が、合う。

彼女は、いつもの礼儀正しい、非の打ち所がない笑顔。

そのまま、静かにすれ違う。

会話はない。


けれど、視線が絡み合った刹那、彼女の瞳が「逃がさない」と告げた気がした。


俺は、目を逸らさなかった。

春野さんも、逸らさない。

ただそれだけ。


なのに、胸の奥にはドロリとした不穏なざわつきが居座り続けていた。


「……来るな。何かが、確実に」




昼休み。

教室の喧騒の中、美咲と真琴、菜月が机を囲んで笑い合っている。

俺は自分の席で、一人、弁当の蓋を開けた。

そこへ、迷いのない足音が近づいてくる。


「白石くん、ちょっといいかな?」


顔を上げると、春野さんが俺の席の横に、まるで親しい友人のように立っていた。


「……何かな」

「放課後、少しお話ししたいの。資料室の前で待ってるね」


周りには多くの生徒がいる。

その状況を逆手に取った、断らせない誘い方。

俺は美咲の方を一瞬だけ見た。

彼女は心配そうにこちらを凝視しているが、何も言わずに耐えている。


「……わかった。行くよ」


俺が頷くと、春野さんは満足げに微笑んで去っていった。

俺は美咲に向かって、小さく、けれど力強く頷いてみせる。


大丈夫だ。

もう、一人で抱え込んで自滅したあの頃の俺じゃない。




放課後。

古い木の匂いが漂う資料室の前。

春野さんは、壁に寄りかかって窓の外を眺めていた。


「……来てくれたんだ。律儀だね、白石くん」

「話って、何だ」

「ここじゃなんだから、少し移動しよっか」


彼女が歩き出す。

俺は一定の距離を保ち、その後ろ姿を追った。

廊下の突き当たり。


夕日が差し込む、人通りの少ない踊り場。

完全な二人きりではないが、声を潜めれば誰にも邪魔されない場所。


「ねえ、文化祭ってさ。一番、人の目が増えるイベントでしょ?」


春野さんが、夕日に目を細めながら、独り言のように呟いた。


「……そうだね」


「写真も、動画も、無数に撮られる。それがSNSに上がって、拡散される。……君が一番恐れている『注目』が、無理やり引き剥がされる場所」


彼女が、ゆっくりとこちらを向いた。


「隠したいなら、私が協力してあげてもいいよ?」


心臓が、ドクンと嫌な脈を打つ。


「……協力?」

「うん。私、こう見えて顔が広いでしょ? 『白石くんは、ただの白石くん』だって、みんなに思わせてあげられる。不自然な噂も、全部私がもみ消してあげる」


春野さんが、悪戯っぽく、けれど残酷なほど無邪気に笑った。


「……条件は」

「条件、ね。もちろんあるよ。……でも、今はまだ言わない」

「……何故だ」

「だって、白石くんがどうするのか、もっと近くで見たいんだもん」


春野が一歩、俺のパーソナルスペースを侵す距離まで詰め寄った。

その瞳は、俺を試すような、あるいは楽しんでいるような光を帯びている。


「逃げるのか、戦うのか。それとも……今回は、違う選択をするのか」


言葉が、冷たく脳裏を打つ。

けれど、俺の足は一歩も引かなかった。

深く息を吸い込み、彼女の瞳を真っ直ぐに射抜く。



一瞬だけ、頭をよぎった。

もし彼女の言う通りにすれば、楽になれるかもしれない、と。


「……悪いけど、それは俺一人の話じゃない」


春野さんの眉が、微かに動いた。


「俺はもう、一人で美咲を守るつもりはないんだ」

「……へえ。どういうこと?」

「美咲がいる。桜井さんも、中村さんもいる。……俺を信じてくれる仲間がいるんだ」


俺は、一言ずつ、噛み締めるように言った。


「だから、俺だけで勝手に決めることはできない。……春野さん。君の申し出は、今の俺には必要ないよ」


沈黙が流れる。

春野さんは数秒、俺を凝視していたが、やがて「ふふっ」と小さく吹き出した。


「そっか。そういうことになっちゃったんだ」

「ああ」

「……じゃあ、文化祭まで待つね。その『絆』とやらが、どこまで保つか楽しみにしてる」


彼女は背を向け、軽やかに去っていった。


「私の出す条件、楽しみにしててね」


独り残された廊下。

胸の奥は重い。

けれど、かつてのような「逃げたい」という衝動はなかった。

曖昧にせず、真っ向から拒絶した。

その事実が、俺の支えだった。




校門の外。

街灯の下で、美咲が待っていた。


「……お疲れさま、悠真くん」

「うん、待たせてごめん」


俺は彼女の隣に立ち、歩き出した。

「春野さんと、お話ししたんでしょ?」

「……ああ」

「どうだった……?」


不安を押し殺そうとする美咲。

俺は、隠さずに全部話した。

文化祭の懸念、春野さんの協力という名の脅し、そして俺が彼女に伝えた拒絶。


美咲は、足を止めて黙って聞いていた。


「……怖い?」


美咲の手が、俺の指を探すみたいに、そっと絡んできた。


「怖いよ。……でも、逃げないって言ってくれたことが、一番嬉しい」


彼女が、泣きそうな、けれど凛とした笑顔を向けてくる。


「全部、順番に話すよ。文化祭が終わったら、ちゃんと。俺の隠してきた過去も、臆病な部分も、全部」


「うん。……待ってるね、ずっと」


繋いだ手の温もり。

不安は消えない。

春野さんの真意も見えない。

けれど、「一人じゃない」という実感が、何よりも強く、俺の背中を押し続けていた。




夜。

自室で宿題に向かっていると、スマホが短く震えた。

春野さんからのLINE。


『どんな条件がいいと思う??』

『文化祭、楽しみだね !!』


スタンプ一つ。

笑顔の絵文字。

それはまるで、獲物が罠にかかるのを待つ蜘蛛のような、不気味な静けさ。


俺はスマホを裏返し、深く息を吐いた。

窓の外には、冷たく冴え渡る星空。

逃げない。

隠さない。


美咲と、仲間たちと一緒に、俺は俺の場所を勝ち取る。

祭りの始まりは、もう、目の前まで来ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ