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ボッチの僕、イケメンの俺  作者: リディア


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第51話 守るって、言葉にする

翌朝。

教室のドアを開けた瞬間、肌にまとわりつく空気が、昨日までとは決定的に違っていた。


ざらついている。

まるで、空気中に無数の蜘蛛の巣が張られているような、不快な粘り気。

俺が一歩足を踏み入れるたび、クラス中の視線が突き刺さる。


「……あ、来た」

「ねえ、昨日の見た?」

「マジでイケメンだったよね。なんで隠してんだろ」


誰も、俺に向かって直接話しかけてはこない。

けれど、ヒソヒソというさざ波のような囁きが、教室の隅々から鼓膜を揺らす。

俺は無意識に眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、前髪が目元を隠していることを確認した。


大丈夫。

今日は隠れている。

けれど、胸の奥には鉛を飲み込んだような冷たさが居座っていた。


自分の席に向かう。

隣の席には、もう美咲が座っていた。


「……おはよう」


喉が張り付くのを堪えて、小さく声をかける。

美咲が顔を上げる。

一瞬、不安げに周囲の視線を確認してから――彼女は、俺だけに届く声量で微笑んだ。


「……おはよう、白石くん」


いつも通りの挨拶。

けれど、その声は微かに硬く、震えているように聞こえた。


彼女の周囲にも、好奇の視線は容赦なく注がれている。

美咲はクラスの誰からも好かれる「完璧な委員長」だ。

けれど今は、その完璧な彼女が、俺という「異物」のせいで値踏みされている。


「ねえ、橘さんって白石と仲良くない?」

「なんか昨日も近くにいたし」

「もしかして、知ってたのかな。素顔」


無遠慮な憶測。

美咲は教科書を開いて平静を装っているけれど、ページをめくる指先が白くなるほど力が入っているのを、俺は見逃さなかった。


心臓が、急速に冷えていく。



【過去のフラッシュバック】


中学時代の記憶が、モノクロの映像となって脳裏をよぎる。

放課後の廊下の隅。

うずくまって泣いている女子生徒。

彼女を取り囲む、上級生の女子グループ。


『あんたが調子に乗って、白石くんと話すから』

『……ごめんなさい、ごめんなさい』


僕が前に出たせいで。

僕に関わったせいで。

罪のない誰かが、傷ついた。




【現在】


また、繰り返すのか。

今度は美咲が、俺のせいで。


胸が締め付けられ、呼吸ができなくなる。

逃げたい。

この教室から、この学校から、今すぐ消えてしまいたい。

そうすれば、美咲への視線も消えるはずだ。


足が、出口の方へ向きかける。

いつもの、逃げ癖。 一番楽な解決策。


でも——。


俺の足は、床に縫い付けられたように動かなかった。


目の前で、美咲が小さな背中を張って、俺への視線を耐えている。


もし俺がここで逃げたら?

彼女は一人残され、無責任な噂の的になり続けるだろう。


『逃げるなら、私のところに逃げて来て』


昨日の彼女の言葉が、心臓を殴りつけた。

俺は奥歯を噛み締め、きびすを返すと、美咲の隣の席――自分の居場所へと力強く腰を下ろした。


ガタッ、と椅子が音を立てる。

教室が一瞬、静まり返る。


俺は顔を上げ、周囲の視線から逃げるように伏せていた目を、真っ直ぐに向けた。

逃げない。

この場所が、俺の戦場だ。


隣に美咲がいる。

彼女を一人にはしない。

そのためなら、俺は何度でも、この冷たい視線の中に立ち続けてやる。



昼休み。

教室の空気がまた少しざわつき始めた頃、桜井真琴と中村菜月が、バリケードを作るように美咲の席へやってきた。


「み〜さき!! お昼、一緒に食べよー!」 桜井さんがわざとらしいほど明るい声で言う。


美咲が立ち上がろうとした瞬間――周囲の視線が、一斉に彼女に突き刺さった。


「ねえ、橘さん。白石のこと知ってるの?」

「実は付き合ってたりする?」


興味本位の、無責任な質問。

美咲が唇を引き結び、答える言葉を探そうとした、その時だった。


「知ってるよー。てか、同じクラスなんだから当たり前じゃん?」


桜井さんが美咲の前に立ちふさがり、軽い調子で割って入った。

その笑顔は完璧だけど、目は全く笑っていない。


「ねえ、そんなことより購買行こうよ。パン売り切れちゃう」

「……うん。行こう」


中村さんが、静かに、けれど有無を言わせない声で美咲の腕を引く。

その絶妙な連携プレーに、質問した生徒たちは気まずそうに視線を逸らした。


美咲は二人に守られるようにして、教室を出ていった。


一人にさせない。


悪意ある好奇心から、物理的に遮断する。

それが――友達としての、彼女たちの「守り方」だった。


僕は自分の席で弁当を開けながら、遠ざかる三人の背中に向かって、心の中で深く頭を下げた。


放課後。

図書室の最奥。

西日が長く伸びる、二人だけの聖域。

美咲は、先に待っていた。


「……来てくれた」

「うん」


僕は鞄を置き、彼女の隣に立つ。


静寂。

ここだけが、世界で唯一、息ができる場所。


「ごめん」


僕が先に口を開く。


「謝らないで」


美咲がかぶりを振る。


「謝ることなんて、何もないよ」

「でも、俺のせいで……君まで変な目で見られてる」

「……それが怖いの?」


美咲が、僕の顔を覗き込む。


「私が傷つくのが怖い? それとも、悠真くんが傷つくのが怖い?」


核心を突く問い。

僕は拳を握りしめ、震える声で正直に答えた。


「……怖い。俺のせいで、また大切な人が傷つくのが、怖いんだ」

「大丈夫」


美咲が、僕の拳を両手で包み込んだ。


「私は、大丈夫だから」


温かい。

この体温がある限り、僕は何度でも立ち上がれる気がした。


「……君のせいで、じゃない」


僕は顔を上げ、自分に言い聞かせるように、そして彼女に誓うように言った。


「俺は……君の隣に相応しい男になりたい」

「え……?」

「もう、逃げない。隠れるのもやめる。堂々と君の隣に立って、君を守れるようになりたいんだ」


それが、僕の出した答え。

隠して守るのではなく、晒して、強くなって守る。


美咲の瞳が潤み、やがて花が咲くように柔らかく微笑んだ。


「……うん。待ってるね」


帰り道。 校門を出たところで、不意に声をかけられた。


「あ、白石くん!」


弾むような声。

春野さんだった。

彼女はいつもの人懐っこい笑顔を浮かべている。

けれど、その奥にある瞳が、爬虫類のように冷たく光って見えた。

まるで、俺が逃げるかどうかを試しているみたいに。


「……春野さん」


美咲が少し離れた場所で、警戒するように足を止めている。


「ちょっとだけ、いいかな?」


春野さんが、僕に一歩近づいてくる。

パーソナルスペースを侵す距離。

シトラスの香りが鼻を突く。


彼女は背伸びをして、僕の耳元に唇を寄せた。


周りからは、内緒話をしているようにしか見えないだろう。


「私、知ってるよ」


囁き声。


「白石くんの昔のこと、ぜーんぶ」


心臓が、早鐘を打った。 全身の血が凍りつくような感覚。


「……何を、知ってるの?」

「ふふ、詳しくはまた今度ね」


春野さんは悪戯っぽく笑って、パッと身を離した。


「じゃあね、また明日!」


彼女はスキップでもしそうな足取りで去っていった。

嵐のような一瞬。


何を知っている?

どこまで?

目的は?


「……悠真くん、大丈夫?」


美咲が駆け寄ってくる。

不安そうな顔。


僕は震えそうになる手を抑え、彼女の手を握った。


「……わからない。でも」


僕は美咲の手を強く握り返した。


「逃げないって、決めたから」

「うん。……一緒にいよう」


二人で、夕闇の道を歩き出す。

繋いだ手の温もりだけが、唯一の救いだった。

何が起きても――もう、僕は一人じゃない。

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