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ボッチの僕、イケメンの俺  作者: リディア


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第46話 声を出せない距離

夏休みも、残りわずか。


窓の外からは相変わらず威勢のいいセミの声が聞こえるけれど、風には少しだけ秋の気配が混じり始めている。


気怠い午後の静寂を破ったのは、枕元に置いたスマホの通知音だった。

画面に表示された名前を見た瞬間、俺の体温が一度、ふわりと上がる。


『美咲』


慌ててロックを解除すると、そこには彼女らしい、ちょっと切羽詰まったメッセージが表示されていた。


『悠真くん……助けて……。数学の課題が、私を殺しにかかってるの……』


続けて送られてきたのは、布団にくるまって涙を流しているウサギのスタンプ。

俺は画面越しに彼女の困り顔を想像して、思わず口元を緩ませた。


「……しょうがないな」


独り言なのに、声が弾んでいるのが自分でもわかる。

俺はベッドの上で体勢を直し、返事を打ち込んだ。


『大丈夫? 俺でよければ教えるよ。涼しい図書館でも行かない?』


送信ボタンを押して、一呼吸。

スマホを置こうとした、その瞬間――。


ピロン。


『本当!? 神様! 悠真様! 行きます! 今すぐ準備する!』


食い気味の即レス。

しかも「様」付け。

文面の勢いから、パッと顔を輝かせてガッツポーズをしている美咲の姿が目に浮かぶようだ。


俺はスマホを握りしめ、天井を仰いだ。


たかが勉強。

たかが宿題。


でも、「また会える」という事実だけで、どうしてこんなにも胸が高鳴るんだろう。


祭りの夜の熱は、まだ指先に残っている。

今日は静かな図書館。 二人きりの勉強会。


「……よし」


俺は跳ね起きると、クローゼットを開けて服を選び始めた。

鏡の前で髪を整える時間さえ、今は愛おしい。




市立図書館。

足を踏み入れた瞬間、外界の喧騒が嘘のように遮断される。

ひんやりとした冷房の風と、古書特有のインクと紙の匂い。

この場所だけ、時間がゆっくり流れているようだ。


俺は入口のソファで、文庫本を読みながら彼女を待っていた。


「……お待たせ、悠真くん」


耳元をくすぐるような、ボイス。

顔を上げると、私服姿の美咲が立っていた。

清楚な白のブラウスに、ロングスカート。

制服とも浴衣とも違う、少しだけ大人びた雰囲気に、俺は本を閉じるのを忘れて見惚れてしまった。


「……待ってないよ。今、来たところ」

「ふふ、よかった」


二人で、学習スペースの奥まった席を探す。

周りには、受験勉強に励む学生や、新聞を読む高齢者。

俺たちは、誰にも見つからないように、部屋の隅の席に並んで座った。


一席空ける? いや、勉強を教えるなら隣同士が自然だ。

……というのは建前で、単純に近くにいたかっただけなんだけど。


「……この問題なんだけど、解説読んでも分からなくて」


美咲が申し訳なさそうにノートを広げ、小声で囁く。

俺は「どれ?」と体を寄せ、ノートを覗き込んだ。


距離が、近い。

肩と肩が、触れるか触れないかのギリギリの距離。

ふわりと、美咲からシャンプーの甘い香りが漂ってくる。


――落ち着け、俺。

今日は家庭教師役だ。

シャーペンを手に取った。


「……あー、これはね、公式の使い方が逆。ここまでは合ってるけど、ここで代入する数字を間違えてる」

「えっ、あ、本当だ……」

「だから、こうやってグラフを書くと分かりやすいよ」


俺が図を描き始めると、美咲が真剣な顔でノートを見つめる。

その横顔があまりにも無防備で、長いまつ毛や、少し開いた唇に意識が持っていかれそうになる。


可愛い。

勉強に集中してる顔も、こんなに可愛いのか。


「……悠真くん? どうしたの?」

「っ! い、いや、何でもない。……続けて」


危ない。完全に挙動不審だ。 俺は咳払いをして、視線を数式に戻そうとした。


その時。


――コツン。


机の下。

俺の足に、何かが当たった。


最初は、偶然かと思った。


でも。


――ツン、ツン。


今度は明らかに、リズムを刻んでいる。

恐る恐る視線だけを下に向けると、美咲の靴先が、俺の足の甲をわざと踏んで、遊んでいた。


「……っ!?」


俺は驚いて、隣の美咲を見た。

美咲は――教科書を見たまま、口元だけでニヤリと笑っていた。

まるで「バレちゃった?」とでも言うような、確信犯の悪戯っぽい顔。


俺は慌てて、目だけで訴える。

(……ちょ、美咲、なにやって……!)


美咲が、小首をかしげる。

(……なに? 勉強、教えてくれないの?)


そんな声が聞こえてきそうなほど、澄ました顔だ。

でも、机の下では、俺のズボンの裾をツンツンしたり、ふくらはぎに足を擦り寄せたりしてくる。


――声、出せないんだぞ、ここは!

心の中で絶叫する。

それを分かっていて、彼女は遊んでいるんだ。


「……ふふ」 美咲が、吐息のような笑い声を漏らす。

俺が耳まで赤くして固まっているのが、面白くて仕方ないらしい。


「……ごめんね。足、当たっちゃった」


小声での謝罪。

でも、その目は全く反省していなくて、むしろ「もっと構って」と訴えているようだった。


俺は深いため息を吐き、机の下で、暴れる彼女の足を自分の足で軽く挟んで捕まえた。

美咲の肩が、ビクッと跳ねる。


(……大人しくしてないと、教えないぞ)

(……はーい)


無言の攻防。

宿題は全然進まない。

けれど、この焦れったい距離感が、たまらなく愛おしかった。


しばらくして。

西日が窓から長く伸びる頃、美咲がふぅ、と小さく息を吐いてペンを置いた。


「……できた」

「お、終わった?」

「うん、全部」


美咲がこくりと頷き、机の下で小さくガッツポーズをする。

難問を解き明かした達成感と、解放感。

その子供みたいな仕草が可愛くて、俺は思わず目尻を下げた。


「よく頑張ったな」


俺は美咲のノートを引き寄せ、シャーペンではなく、筆箱から赤ペンを取り出した。

そして、最後のページに大きく、三重丸の『花丸』を描き込む。


キュッ、キュッ、と赤インクが走る音。

美咲が目を丸くしてそれを見ている。


「……ふふ」


美咲が、花が咲いたように笑った。

そして、ルーズリーフの切れ端に、サラサラと何かを書き始める。


『悠真先生、ありがとう』


その横には、ペコリとお辞儀をするウサギの落書き。

俺はそのメモを見て、胸の奥が温かいもので満たされるのを感じた。

俺もペンのキャップを外し、その下に返事を書き込む。


『どういたしまして。大変よくできました』


メモを美咲の方へ滑らせる。

美咲はそれを読むと、大切そうに手帳に挟み込んだ。

そして、上目遣いで俺を見て、自分の頭をちょんちょんと指差した。


――あ。 そういうことか。


俺は周囲を確認してから、そっと彼女の方へ手を伸ばした。


勉強中に少しだけ乱れたサイドの髪を、指先で掬い、小さな耳に掛ける。

美咲の肩が、ビクッと跳ねた。

でも、彼女は逃げない。

むしろ、期待するように少しだけ顎を引いて、目を閉じた。


その無防備な仕草に、理性が揺らぐ。

俺は彼女の頭に掌を乗せ、慈しむようにゆっくりと動かした。


さらさらの髪。 掌から伝わる、愛おしい体温。


『……えらいえらい』


声には出さず、口の動きだけでそう伝える。

すると、美咲はくすぐったそうに目を細め、子猫みたいに俺の手のひらに頭を押し付けてきた。


そして――。

机の下で、彼女の手が、俺のシャツの裾をキュッと掴んだ。

「離さないで」と言わんばかりに。


静寂に包まれた図書館。

本のページをめくる音しか聞こえないはずなのに。

俺の耳には、早鐘を打つ自分の心臓の音と、すぐ隣から伝わる彼女の熱気が、痛いほど響いていた。


――勉強教えてるだけなのに。

なんでこんなに、満たされるんだろう。


俺はこの幸せな沈黙が、永遠に続けばいいのにと本気で思った。



図書館の自動ドアが開き、熱気が一気に押し寄せてくる。

ジリジリと肌を焼くような日差しと、うるさいくらいの蝉の鳴き声。


「……うぅ、暑い」 美咲が小さく呻いて、バッグで日差しを遮る。


「そうだな。中の冷房が恋しいよ」

「うん。……でも」


美咲が立ち止まり、上目遣いで俺を見る。

その頬は、暑さのせいだけじゃなく、ほんのり赤く染まっていた。


「勉強は大変だったけど……。静かな場所で、二人きりっていうのも、悪くなかったな」


俺のシャツの裾を、ちょこんと摘む。

さっき、机の下でそうしたみたいに。


「……俺も。言葉がなくても、繋がってる気がした」

「……ふふ、悠真先生の教え方が良かったからだよ」

「それを言うなら、生徒が優秀だったからだろ」


軽口を叩き合う。

でも、お互いに「じゃあね」の一言が言い出せない。

駅までの短い距離が、今はもどかしいほど短く感じる。


「ねえ、悠真くん」

「ん?」

「次は……声が出せるところに行こうね」

「ああ。……たくさん、話したいことがある」


美咲が、花が咲いたように笑った。

そして、名残惜しそうに手を振る。


「じゃあ、また」

「ああ、また」


遠ざかっていく彼女の背中を見送りながら、俺は空を見上げた。

入道雲が、高く聳え立っている。

夏休みが終われば、もうすぐ二学期。

恋人になった俺たちの「学校生活」が待っている。


少しの不安と、それ以上の期待。

俺はスマホに残った『大変よくできました』の文字を思い出し、自然と笑みをこぼしていた。





その頃——。

図書館の三階、学習スペースのさらに奥。

本棚の陰から、二人の少女がそっと顔を出した。


「……ね、菜月」


真琴が、呆れたように、でもニヤニヤしながら言った。

「あの二人、隠す気あると思う?」

「……ない。ゼロ」


菜月が淡々と答える。

その手には、先ほどの二人の様子——『頭撫で撫でシーン』をバッチリ記録したスマホが握られていた。


「完全に二人だけの世界だったね」

「……公害レベル。砂糖吐きそう」

「でもさ」


真琴が本をパタリと閉じ、不敵に笑う。


「学校始まったら、もっと面白くなりそうじゃない?」

「……確かに。美咲、顔に出すぎ」

「私たちがしっかりガードしてあげないとね」


二人は顔を見合わせ、楽しそうに笑った。

 本日も読んでいただきありがとうございます。

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