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ボッチの僕、イケメンの俺  作者: リディア


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第41話 過去を打ち明ける夜

夜。

昼間の熱気が嘘のように、公園はひっそりと静まり返っていた。

いつものベンチ。


街灯のオレンジ色の光が、僕たちの影を長く地面に伸ばしている。


「……今日も、本当に暑かったね」


美咲が、隣で小さく呟いた。


「そうだな。……夜になっても、まだ空気が重い気がする」


俺はそう答えて、膝の上で拳を強く握りしめた。


言わなきゃいけない。

今、この静寂の中で、彼女にだけは「本当の俺」をさらけ出さなきゃいけない。


「……美咲」

「ん?」


美咲が、不思議そうにこちらを覗き込んでくる。

俺は正面を見据えたまま、逃げ場をなくすように言葉を繋いだ。


「ひとつだけ、ちゃんと話しておきたいことがあるんだ。……俺が、どうして学校で自分を隠しているのか」


美咲の視線が、熱を持って俺の横顔に刺さる。

俺は意を決して、喉の奥にずっと支えていた「過去」を、ゆっくりと解き放った。


「中学のとき、俺は――」

「俺が良かれと思ってしたことで、一人の女の子を、壊してしまったんだ」


誰かを、助けたつもりだった。

地獄のようなパシリ扱いをされていた女子生徒。

見かねて割って入ったあの日。

俺は、それが「正解」だと思っていた。


でも――。

翌日から、彼女への嫌がらせは、俺の想像を絶する形で激化した。


「白石くんと、馴れ馴れしく話したから」


ただそれだけのことが、集団の悪意を燃え上がらせるきっかけとなった。

俺の存在が、俺の出した手が、結果として彼女を不登校にまで追い詰めた。


俺は、学んでしまった。

俺という存在が目立つことは、誰かを傷つける引き金になる。

だから、俺は「俺」を殺した。


分厚い眼鏡をかけ、前髪を下ろし、徹底的に気配を消した。

誰とも関わらず、自分を小さく、無機質な「ぼっち」として演出し続ける。

すべては、二度とあんな悲劇を繰り返さないために。



「……だから、俺は……ずっと、逃げてたんだ」


そこで、言葉が止まる。

喉の奥が熱くなり、街灯の光が滲んで見えた。

美咲は、最後まで一度も遮ることなく、俺の拙い告白を静かに、深く受け止めてくれていた。


「……それでも。そんな臆病な俺なのに、美咲のことが好きになった」

「……うん」

「でも、好きになればなるほど、失うのが怖かった。自分のせいで、また誰かが傷つくのが、何よりも恐ろしかったんだ」


美咲は何も言わない。

ただ、その大きな瞳で、俺の心のひだを一つひとつなぞるように見つめてくれている。


「……でも」


俺は、震える肩を抑え、初めて美咲の瞳を真っ直ぐに見据えた。


「君を失うことを恐れて、逃げ続けることの方が……もっと、怖くなったんだ」


美咲の瞳が、波紋が広がるように小さく揺れた。


「だから、全部言わなきゃって。本当の俺を知ってもらわなきゃって……そう思ったんだ」

「……うん」


美咲が、噛みしめるように小さく頷く。


沈黙。


彼女は今、俺が差し出した「重すぎる真実」を、彼女が心の中で言葉の意味を噛みしめてくれている。

俺は祈るような気持ちで、その時間を待った。


やがて、美咲がゆっくりと唇を開く。


「……それでも」


小さな声。

けれど、迷いの一つもない、凛とした響き。


「私は、悠真くんの隣にいたい。……いいえ、隣にいさせてほしい」

「……っ」

「過去に怯えて逃げてたあなたも、今ここで私に勇気を出してくれたあなたも――全部、私が好きな悠真くんでしょ?」


美咲が、少しだけ笑った。

泣き出しそうな、でも最高に慈愛に満ちた、太陽のような笑顔で。


「だから、私はどこにも行かない。ずっと、ここにいるから」


俺は、何も言えなかった。

視界が完全に溢れ、温かいものが頬を伝う。


「……怖いんだ。美咲、本当に怖いんだよ。君を、失うのが……っ」


初めて、心の底にある「弱音」を言葉にした。

格好つけてきた自分を脱ぎ捨てて、子供のように縋り付いた。


「……離れないよ。簡単には、離れない」


美咲が、俺の震える手を、両手で包み込む。

温かい。


「私、ここにいるでしょ? 悠真くんが助けてくれたあの日から、私はずっと、救われてるんだよ」

「…………」


言葉にならない嗚咽が、喉の奥で震える。

ただ、壊れ物を扱うように、でも力一杯、彼女の手を握り返した。


美咲の手は小さくて、柔らかくて。

それなのに、俺の絶望をすべて跳ね除けるくらい、力強かった。


「……ありがとう、美咲。……ありがとう」


それだけを、絞り出すように伝えた。

美咲は少しだけ目を細めて、愛しそうに微笑んだ。


「こっちこそ。話してくれて、ありがとう……悠真くん」



しばらくして、僕たちは静かにベンチを立ち上がった。

どちらからともなく、当然のように指を絡め、手を繋ぐ。


夜風が少しだけ冷たさを帯びて、火照った頬に心地よく触れていく。


さっきまで重くのしかかっていた過去が、この風と一緒に少しずつ流されていくような気がした。


「……ねえ、悠真くん」

「ん?」

「これから、どうする……? その、眼鏡とか、学校のこと」


美咲が、俺の横顔を伺うように、少しだけ遠慮がちに尋ねた。

彼女なりに、俺の心の準備を気遣ってくれているのが伝わってくる。


俺は、少しの間だけ足を止めて考えた。


「……正直、まだ分からない。いきなり全部を脱ぎ捨てる勇気は、まだ持ててないんだ」 「うん……そうだよね」

「でも――」


俺は、繋いだ手に少しだけ力を込め、美咲の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「少しずつ、変わっていけたらいいと思ってる。君の隣に、胸を張って立てる自分に」


美咲の表情が、パッと明るく綻んだ。


「……うん。一緒に、ゆっくり変わっていこう? 私も、悠真くんに相応しい女の子になれるように頑張るから」

「……ああ。一緒に、だな」


俺たちは、お互いの覚悟を確かめ合うように頷き合い、駅へと続く最後の道を歩いた。


改札の前で、二人は立ち止まる。


「じゃあ、また明日。……おやすみなさい、悠真くん」

「うん、おやすみ。美咲」


美咲が小さく手を振り、自動改札の向こうへと消えていく。

その背中が見えなくなるまで、俺はずっとその場に立ち尽くしていた。


過去は、消えない。

俺が誰かを傷つけたという事実は、これからも一生、俺の心の片隅に居座り続けるだろう。


でも。

その過去を抱えたままでも、誰かの隣に立って、誰かを愛してもいいんだと、初めて思えた。

自分という存在を、もう一度信じてみたくなった。

美咲が、その頑固な心の扉を、優しく叩いて開けてくれたから。


――今度こそ、逃げない。

眼鏡の奥で震えていた日々を越えて、俺は今、新しい一歩を踏み出し始めた。

 本日も読んでいただきありがとうございます。

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