3小学校・ユメ[夢]・イメ[夢]
どのように私の心は角張っていたのかはおいおい分かることなのではないかと思う。(それを隠す技量があればそもそも角張ってはいない)とにかく、ささいなきっかけであらぬ方向に転がりやすい形をもともとしていたと言える。
例えば小学一年生の頃にこんなことがあった。
ユメ[夢]のメは目、つまりビジョンであり、ある人が見る光景のことを言うとされることがある。それではユとは何か。往々にして言われるのは、ユメは昔の言葉ではイメとも言い、そのイは寝ることを指すと言う説明である。(今でも食い意地が張るように沢山寝ようとすることを寝汚いと言う、そのイである)しかしながらイとかユは「神聖な」という意味も古い言葉では表している。不吉なことをユユシ(今の言葉で由々しき事態ということの古い言い方)と言うが、それは「神聖さ」の負の面の現れと捉えることが出来る。そのような神聖な、人の手から離れた啓示のようなものを見せるのが夢であり、平たく言うと夢は人の行動に影響を与えるのだ。
と、ここまでの唐突な語り口に読者は面食らわれた(あるいは辟易された)かもしれないと不安であるけれども、ここまでの前置きは次のあまりに安直な出来事が安直であることを認めたくがないためのものであった。つまり、あの、端的に言うと…
夢に突然一人のクラスメートが出てきて、次の日からその人のことが気になって仕方がなくなってしまった
のでありましたのである、はい…
このような体験をされた方は多くいらっしゃるのではないかと思う。(似たような経験をした人が見つかるまで私は捜索の手を緩めるつもりはない)しかしこれはどういう出来事なのか。
その夢の詳しい経緯は必要があるときに話すとして、当座の疑問は二つある。まず第一に、小学校一年生にとって「人を好きになる」というのはどういう感情だったのだろうか。その人と付き合いたいと思っていたわけではない、と思う。それでは友達として仲良くなりたいと思っていたかと言うと、もう少しウェットな気持ちを抱いていたと思う。その夢の中では、当時見ていた某国民的子供筐体大人頭脳内蔵探偵型殺人劇場遭遇アニメに出てくるキャラクターが出て来たのであった。私はそのキャラクターと唇を交わしていた。その時の私の自認としては現実世界の私のままであった。対してそのキャラクターはあくまでアニメのキャラクターとして、口の動きの作画に対応した唇の比率を持っていたと思う。その唇同士がどのようにして合わさっていたのか、私には分からない。私がそう思ったからかもまた分からないけれど、突如唇を合わせていたキャラクターは姿を消し、代わりに当時のクラスメートが目の前に立っていたのであった。
時間が取れたので今日も更新させていただきました。




