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2小学校・ケル(蹴)・キユ(消)

 人はいつ、どんな文脈で、「地獄の果てまで蹴り飛ばしちゃうよ」などの暴言を吐くのであろうか。いや、それは意味不明すぎて暴言とも呼べないような言明である。地獄というのは「地の果て」を意味する比喩であろうか。その人の心の中では「地の果て」はどのような風景として想像されているのだろう。あるいは、ダンテの神曲に出てくるようなすり鉢状の世界を想像していたのかもしれない。それとも修羅道とか畜生道とか餓鬼道などの六道の一つである地獄道を念頭に置いていたのかもしれない。少なくとも、餓鬼道ならぬ小学校低学年であった私の、過去のその発言が誘う場所は、羞恥の地獄である。消え入りそうになってしまう。

 私が好んで蹴り飛ばしていたものは勿論人ではなく、サッカーボールであった。サッカーボールの良いところは丸いところだ。「丸いサッカーボール」というのは「白い露」とか「痛い頭痛」のような同じ言葉を重ねた表現であるので誰も言わない。誰も言わないから得てして人はその良さを忘れてしまう。

 しかし「丸いサッカーボール」は「四角く」ないから、蹴っても足に角が当たらない。そして壁にぶつかっても角がぶつかることはないのであらぬ方向に跳ね返ったりしない。また地面の石ころに角が引っかかって止まったりしない。ボールを蹴る。すると足とボールは作用と反作用の関係を結んで重心を中心に回転して弧を描いて壁に飛んでいく。ボールは壁に当たる。ボールの軌道が持つ反作用やボールの摩擦の作用・反作用・それに重力が合わさってボールの跳ね返る軌道が決定する。そしてそのボールはおとなしく私の足元に転がってくる。そのような一連の壁当て遊びに私が興じることができていたのは、一重にボールが丸かったからだ。

 そして私がボール遊びに一人興じていたのは、一重に私の性格が角張っていたからだ。

次回は来週月曜日に更新できたら…と思います。

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