第18話「眷属」
静かになった木陰の中で、タイハクは黙ってヒラを抑え続ける。さて、どうしたものか。青年は思考を働かせる。
(今後のことを考えると放っておきたくないしな……取り逃したのは、必ず帰ってくる)
生憎銃は弾切れである。帯に忍ばせていたナイフを取り出して利き手に持ち変える。急所の位置を改めれば、すぐに──
「殺したらダメ」
「分かった」
制止を受けると同時にタイハクはナイフを放って拳を振り抜く。不意の一撃を食らったヒラは、力なくその場に伏せた。
「けど、このままで大丈夫なのか」
「上手く記憶を曇らせとくよ。多少の時間稼ぎにはなるはず。フーカはどうかな……」
「そんなこともできるのか」
「えーと、できるようになった……かな。魔女相手でも、魔力が無くなっていれば使えるとおもう。さっき記憶と一緒に、覚えてた魔法も少し思い出したんだよね」
「他に思い出したのって?」
「えーと、気配遮断、軽い気温操作と、鍵開け……とか」
「強盗かなにかか?」
「役には立つじゃない。でもそうね、魔法を思い出したというよりは使える力が増えたの方が近いかも。元々覚えてはいたんだけど、使うには私自身が未熟だったのよ」
「よく分からん……使えなかったでいいだろ」
「それはそうなんだけど」
そう言ってオウは首を振る。
「そういえば……結界はどうなったんだ?」
「ええと、私が内側から壊したから……外がちょっと大変だったかもだけど、中は大丈夫かな」
「どういうこと?」
小首を傾げるタイハクに、オウは手招きをする。廃寺院は木々が倒れたり、門壁が崩れたりしているところはあるものの、建物の形自体は残っていた。例の巨木も健在で、その足元に横たわる影がある。
「うん、よかった。これ以上傷つくなんてよくないよ」
タネの髪を、さらりと撫でてオウは小さく呟いた。
「タイハク……」
「分かってる。さすがにこのまんまじゃあんまりだろ」
とはいえ、棺も無い状態で埋葬をするのも難しい。どこかでそれらしいものを見つけてこなければならないだろう。
「どうしたらいいの?」
「この辺はそのまんま棺に入れて、焼いて、埋める。だから……」
言いかけた言葉を飲み込んで、ゆっくり背後を振り返る。
町の人々だろう。門壁の向こうから、じっとこちらの様子を伺っている。それ以上出てくるつもりはないのだろう。タイハクはぬかるんだままの地面に視線を落とす。
「手伝って。タネのこと、憎いわけじゃないんでしょ」
徐に立ち上がった魔法使いは、そう告げた。が、人々は口を閉ざして、お互いの表情を伺っている。
「早く! 来る!」
叱咤の声に、人々は一歩、ゆっくりと踏み出してこちらにやってきた。誰も声を上げない。それでも。
一人の女性がタネの首を拾って、身に着けていた前掛けで包み込む。その手つきの柔らかさから二人は目が離せなかった。いつの間に、誰かが持ってきていたのであろう木の棺に遺体が運ばれていく。樽のようにも見える、円筒状の箱は静かに魔女の体を飲み込んだ。蓋がされ、運ばれていく。もう無いはずの陽炎花が一瞬だけ足元に見えたような気がした。
「望月のあれには、なんの意味があるのかな……」
「分からない」
「魔法使いってそんな怖いかな」
埋葬を見守りながらオウは小さく呟いた。
「さあ、どうだか」
葬儀が終わる頃には日が沈みかかっていた。赤く染まる西の空を見やって二人は小さく息をついた。その日のうちにラウに会えそうになかったため、タイハクたちは廃寺院で野営をすることにした。あれから怪我についての続報が無いが、悪いようにはなっていないはずだ。それを祈りながら、タイハクは薪に火をつけた。
弾ける薪の番をオウに任せ、テントを張ってからアバニの世話をする。一連の騒動の間は上手く身を隠していたのだろう。一度も見かけなかった彼女は静かになってからふらりとタイハクの元へ戻ってきた。首を激しく上下に振って、足踏みをする。そんな馬を見てタイハクは思わず頬を緩めた。砂埃を拭き取って、長い毛を櫛で梳かして整える。
「……なんだ?」
普段であれば落ち着いて櫛を受け入れてくれるアバニが、どこか落ち着かない。そわそわと──オウの方を見つめていた。
「……そんなに気に入らない?」
タイハクの言葉を理解しているのかいないのか、アバニはふるふると首を振って大あくびをする。どっちつかずな反応に青年は思わず首を傾げた。
「ねー、タイハク。お腹すいた」
「あー、分かった分かった」
手入れを終えて、タイハクは焚火の元へ戻る。ありものの食材を眺め、ナイフを手に取る。見守りに徹しようとした魔法使いに平鍋を渡して手を動かさせる。ところどころ失敗しつつも、少し遅い夕飯ができあがった。
「まあ……食べないよりマシか……」
平鍋に収まってしまった夕飯一品を眺め、匙を手に取る。
「なんかこう、控えめじゃない?」
「しょうがないだろ、誰かさんが向こう数日分の食料食っちまったんだから。生ものは持ち歩けないし、干し肉は後に取っておきたい」
「これは……野草のお粥ね。これ本当に食べれるやつ?」
「食べても死んだことは無いから大丈夫だと思う」
「それあんまり参考にならないんだけど……あ、意外とあっさり塩味でいけるわね」
「食べ応えは無いけどな」
恨めしそうなタイハクの言葉に、オウは苦笑いをするしかなかった。黙々と食べ進め、平鍋の底を匙で擦る音が暗い廃寺に響く。
「そうだ、聞きたいことがある」
「な、なにかしら」
「眷属ってどういうことだ」
「なんのこと……」
「フーカがしきりに話していただろ。大方予想はつく。怪我を治す代わりに、俺を勝手に眷属にしたってことだよな」
「……そこまで分かっちゃうもん? まあ、そうなんだけどさ」
肩をすくめて、魔法使いは皿と匙を置く。
「魔女の血には……厳密には望月の魔女の血かな。女神も含むんだけど、とにかく魔女の血には色んな力があるの。タネは分かるでしょ」
「怪我を治す力……だよな」
「そう。継続的な効果のある力だったから、タネ自身も消耗が激しかったんだと思う」
「フーカは?」
「アレはそうだなあ……魔法の力を一部譲渡した感じかな。どういうものか、って言われるとちょっと把握しきれてないから言えないんだけど。元々フーカの魔法だったものを、部下に譲渡したって感じなのかなぁ」
「色々できるんだな……オウはどういう力があるんだ?」
「私の場合は、それが少し不明瞭なところがあって。とにかく強い魔力を持っている、だけなんだよね」
「そうなのか……でも、それで俺の怪我が治ったんだよな? タネとはまた違うのか?」
「うん、違う。どうしてかって言われると説明が難しいんだけど……とにかく、あの時は大怪我を一瞬で治せちゃう力があったってわけね。それと引き換えに、タイハクは私の眷属になった。眷属は魔女と絶対に破ってはならない約束をしたことになるの」
「それ、町の人が言ってたよな」
「そう。これはどうしても発生してしまうものなんだって。師匠が言ってたし、間違いないと思う。そういう契約の元に、奇跡を起こすものなのよ」
「それで、俺はなにを約束したんだ。というか約束って破ったら具体的にどうなるんだ」
「あー、えーと……この場合、破ると死ぬかな」
「そういうもんか」
「案外嫌がらないのね」
「まあ。約束の内容は?」
「……私を神殿に連れて行くこと。目が覚めてから話をしたでしょう」
「そうか……分かった。それだけで命が拾えたっていうのは、なんだか変な感じだな」
「ま、そうね。もっと盛大な約束をしてもよかったかもね」
「これって、魔女が死んだとしても、その力は残るのか?」
「残るわ。約束を破らない限り、魔法の力は残る。だから、タネが助けた人たちはこれからも生きていけるの。あの人たちはそれを知っていたはず。タネが説明しないとは思えないし、気になると思うし……」
「そもそも、知らなければ差し出すなんて覚悟も決まらないか」
「そうね。そういうものなの」
焚火を見つめて、オウは話を終える。何度か己の手のひらを見てみるも、不思議と変な感覚はしなかった。
(嘘の可能性も全然、あり得る。俺が案内しなければ、困るのはオウだし)
魔法というものを相手にする以上、確かめようのないことではある。いまいち、どう信じたらいいのか。青年は測りかねていた。
「それはそれとして、悪かった」
「え?」
「商人隊の……怪我人を前にした時に、簡単に魔法で治せって言っただろ。そんな大変なことだって、知らなかったとしても、言うべきじゃなかった」
「そんなこと気にしてたんだ」
「気にしてないならいいんだけど」
「いいよ、約束守ってくれるみたいだし、許す許す。よきに計らえ」
ひらひら、と手を振ってオウは話を流した。




