第17話「蛇の記憶」
『望月に仕える』
この世に生を受けてから、選抜を経てタネは魔女になった。同じ時期に魔女になった子は何人もいたが、鮫の魔女を除いてみんな死んでしまった。ある者はサンドワームに事故で轢き潰され、ある者は儀式のときに裸足で逃げ出して、鮫の魔女に殺された。故郷の家族のために、と言って儀式用の資金を着服した魔女もいた。当然殺された。生きてはいない。
「じゃ、アタシらだけは一蓮托生な。死ぬときゃ一緒だ」
鮫の魔女は案外寂しがりらしい。差し出された小指を握り返してタネは微笑んだ。血を使った約束にしないのは、彼女なりの誠意なのだろう。こんな口約束、破ったところでなんだというのだろうか。そう告げれば、鮫の魔女は失笑した。思わぬ反応にタネは顔を引きつらせる。
「そうだな。破ったところでなんにもない。なんにもねェよ。一人で死ぬだけ。けどさ、もし一緒だったら寂しくないんだろうなって、思っただけだよ。上もさ、女神もさ。一緒には死んじゃくれないし?」
一緒に戦うのはお前だけ、と付け加える。
少し申し訳ないなとタネは思った。結局その約束を破ったことになるのだ。望月のやり方は元から気に食わなかった。年端のいかぬ少女を買い集めて、家族を奪ってまで魔女を作り、戦いに出して、挙句の果てに人を辞めることになる。己に流れた女神の血を、幾度となく嫌悪した。
タネは傷を治すことができるからと、唯一戦場に駆り出された魔女だった。
魔女は女神の護衛である。そのために戦争に出すことはできないと、聞いていたはずだった。地獄を見て、自決する兵士を見て、タネは離反を決意した。鮫の魔女へは一声もかけることができなかった。それだけが心残りであった。
こつん、と音がする。聞き覚えのある足音だった。
(ああ、やっぱり。貴方が来るのね)
僅かな希望は打ち砕かれる。彼女はきっちり、約束を破ったツケを取り立てに来たらしい。
「なあ、これ。どういうつもり? 守りもせずに、こんなところで堂々通路開くとか」
「私が……私がこのままここにいたら、町の人が苦しむだけだもの。いいのよ。もう力も随分と使ってしまったし、ここで終わりね。貴方を待っていたんだから」
鮫の魔女は、くっと目を丸くした。赤い釣り目も、ボリュームのある二つ括りの黒髪も、小柄な体のくせにどこか豊満なところだって。なに一つ十年以上変わらぬ姿に感心する。彼女はすぐに表情を取り直して、話を続けた。
「……あはは、これ見よがしに約束までしちゃってさ。アタシが聞こえてんの分かってたんだろ?」
「フーカの地獄耳は健在なのね。楽しくやっているようでなにより」
「楽しくねえ……皮肉ってんの?」
「まさか。そんなつもりはないわ」
ふっとタネは表情を落とす。
「わざわざ変化してまで年を取って? こんなところに隠れ住んでるのに人助けなんてして。蛇の魔女がこれか。嘆かわしい」
「ふふ……鮫の魔女は厳しいのね」
「それで結構。これも必要だから」
大剣が振るわれる。重たいものが床に落ちて転がった。広がっていく血だまりに、僅かな光が反射する。ぬらぬらと、湛えられた光を見て魔女は長い溜息をついた。
「……ヒラ」
背後に控えていた眷属に、声をかける。彼は静かに鮫の魔女の隣に立った。
「あとは俺がやる。近くにあの魔法使いがいるらしい。仕留めてこいと、姫巫女からの通達があった」
「……仕事が多くない? 実働できんのアタシだけなの?」
「さあ……」
小首を傾げてみせる覆面の男に、フーカは舌打ちをする。
「悪いけど、もうちっとかかるわ」
「え」
「コイツ簡単に死なねえの」
暗闇で人影が立ち上がる。壁に長く伸びたのは曲がった背姿。首を拾い上げる手指は枯れ枝のように細い、老婆のソレそのものだった──はずだ。
面を上げたのは妙齢の女だった。
「ヒラは撤退かな」
「いえ、俺は」
「んじゃあ、赤髪の魔女の傍にいた男でも仕留めて来なよ。アレは潰しとくべきだよ」
「どっちも子供でしょう」
「子供なんだよ、アレも。だからヤバいの。そら行った行った」
納得がいかない様子のヒラを促し、フーカは魔女に向き直る。彼女はすました顔でその成り行きを見守っていた。
「さすがにアンタもただの人間は巻き込めないか」
「ただの人間? 眷属にしてるのに、よく言うわ……」
変化が解けた蛇の魔女は、本来の顔を横に振った。
「お前から見たらか弱い人間だろ?」
「そうね。あなたと一緒。可愛いものでしょう、そういうものって」
大剣が華奢な体を薙ぐ。抵抗すらできなかった魔女は、派手に壁に打ち付けられた。深い傷から滴る血潮を一瞥して、鮫の魔女は武器を収める。
「あぁ……そう。アンタそこまで鈍ったの」
失望を、悲しみを孕んだ言葉に彼女は指を動かした。
「に、ぶった……? ふふ、あなたに……言われたくないわ」
瀕死の魔女は不敵に笑った。
「眷属を作ること自体、私たちにとっては、命取り、でしょう?」
塞がらぬ傷を一瞥して蛇の魔女は息を吐く。鮫の魔女は辟易した。まさか反撃すらせず、死にに来るとは。落胆とは言いたくない感情を飲み込んで、フーカは大剣を振るう。
「それでもお前は作りすぎだ。そんなことしないで、大人しく息を潜めていれば目をつけられなかっただろうにさァ」
返事は無い。元々か細くなっていた命の火は、鮫のひと吹きで完全に消えてしまったらしい。その傍らに跪いて、鮫の魔女は首を垂れる。
「……次は静かだといいな」
腰から抜いた短剣を構え、魔女は長い溜息をついた。




