第16話「vsフーカ」‐②
小銃を構え、廃寺の門壁に身を隠す。この先にいるのはなんとなく分かっているが、遮蔽物が極端に少ない。一歩踏み出せば、どこにいるかも分からない相手からの弾雨に晒されることになる。
(単純に突っ込んで撃破でもいい。けど、一番やりやすいのは……)
少し離れた場所で派手な物音がする。魔法使いたちの戦いの余波がここまで迫って来る。水の刃が木々を薙ぎ、小鮫が砕けながら散る。
意を決して飛び出したタイハクの近くを抉られた大地が掠めていく。立ち上がった地面で射線を切って、林の中へ滑り込んだ。髪に降りかかった土の欠片を払って、息を潜める。相手は魔法が使えるらしい。
(動きが制限されるのは分かってる。膠着状態が続くのは、向こうとしても避けたいだろうな)
かさり、と葉が擦れる音がする。意地の悪い夏の日が、爽やかに青葉を照らした。
鳥が飛び立った音を合図に、タイハクは勢いよく木陰から飛び出した。
それに覆面の男も対応する。目の前に走る赤い線が籠目を編み上げる。背後に回り込もうとする男に対し、引き金をひく。狙いの外れた銃弾は木の幹を抉った。
(外した……)
震える指先を抑えて、息を飲む。残された時間の少なさに焦りが滲んだ。銃声が二発、響く。茂みでは十分な遮蔽ができない。足元が跳ねたのを見て、タイハクは木陰から躍り出る。絡め捕らんと巡らされた籠目を、しゃがんで回避し、一気に眷属の元へ迫る。
「やっぱり、一面展開はできないんだな……!」
隙のある魔法を見破り、その懐へ飛び込む。撃った弾が籠目に弾かれたのを見、タイハクはもう一度構え直した。
「もっと、もっと……」
また一歩踏み込んだ。すぐ目の前、覆面に迫ろうとした青年の足元目掛けて、小鮫が飛び出した。
(この程度なら、)
腕に齧りついた、その瞬間。治まっていた痛みと痺れが走った。そこに狙いをつけた覆面の男はすかさず発砲した。タイハクの手から小銃が弾き飛ぶ。
「……ッ、しまっ」
好機、覆面の男はその一瞬を突いて銃口を胸郭へ向ける。
それが逆転の一手になるとは露知らず。軽い音がしたかと思えば、ヒラに銃口が向けられていた。翡翠の瞳がくっと細められる。
「今……なにが……」
思わずこぼれた言葉を、少年兵は律儀に拾う。
「剪断力というらしい。詳しい理屈は俺もさっぱりだ」
「悪い、まぁまぁ侮っていた」
「え?」
「所詮運に恵まれただけの子供だと思っていた。だが……俺が間違っていた」
隙を穿って短剣の雨が飛来する。距離を取って躱し切ったタイハクの視界から覆面の男は消えた。近くの木陰に飛び込んで、タイハクは構え直した。長く息を吐いて、手指の動きを確かめる。痛みは引いたらしいが、また鮫に噛まれると厄介だ。先の行動で警戒心を高めてしまった。向こうも容易に出てきたり、攻撃を仕掛けてきたりはしないだろう。
残弾は三。決着まで持って行くには不十分かもしれない。じわりと、林の外に追い込まれているのが分かる。外に出れば、鮫の魔女の射程圏内なのだろう。狙いはそれか、と青年は瞳を伏せる。
再び激しくなった魔法使いたちの戦いが、タイミングを作り出す。両者は魔法が炸裂する瞬間に再び駆け出した。交差する視線が次の一手を示す。眷属は全面展開した籠の目を、少年兵は──籠の目の端、紡錘。全面展開の一瞬だけ見えたその姿を、翡翠の瞳は見逃さなかった。連続して放たれた弾丸は、意図も容易く紡錘を打ち砕く。解けた籠目を踏み越えて、タイハクは空になった小銃で覆面を殴りつけようとする。が、寸でのところで覆面は躱し切る。
振るわれた鈍器の風圧、その一瞬一瞬で魅せられる殺意が、ぞくりと覆面の背筋を逆撫でる。幾多の死線を搔い潜って来た翡翠の瞳は、鋭く隙を穿った。
ひっくり返った視界には、己を蹴り倒した青年が立ち尽くしている。覆面は嘆息した。
「……!」
眷属の異変に気付いたのだろう、鮫の魔女は一瞬視線を泳がせた。想定通りの反応に、魔法使いは口の端を釣り上げる。
「やっぱりね、そこまで強くしてないんだ」
「ムカつくわ、分かってんなら黙ってろよ。殺させはしねえ」
「殺しなんてしない。約束だもの」
眉を顰める魔女に杖を向ける。
(やっぱりさっきの小鮫の呪いが痛い……)
眷属はそこまで手塩にかけていない様子だが、フーカ自身は別だ。どうしても経験と戦略の差が出る。小鮫をいくら撃墜しても、背後を封じる籠目が無くなったとしても、そもそも鮫の魔女自身の攻撃が手痛い。
「早い決着が絶対にいい……!」
ふわり、水の香り。
派手な斬撃が地を抉る。その瞬間、抑え込んでいた力がパッと弾けた。跳ね上がった泥と土と、見合わぬ勢いで立ち上がる泥水。魔力の乗った斬撃を利用して跳ね上がったそれに、鮫の魔女は顔をしかめた。厚い泥水の壁が彼女に覆い被さる。
膝をつき、足元の泥水に触れて一呼吸。思い起こされた不思議な言葉を一つ一つ拾い集めて唄にする。
──集まる力は奇跡に、束ねられていた流れはあるべき場所へ。
一瞬にして拡散された見えない力は、悉く水流の弾に姿を変える。辺り一帯は文字通りの弾雨に包まれた。刹那に挟まれた判断はその姿を地中へ隠す。降り注ぐ雨の粒は隠蔽なんて許さない。文字通り地を抉る水の弾は的確にその戦力を、戦意を削ぎ落す。
一瞬の驟雨が晴れる。勢いよく空へ立ち上っていく水が、汗を誘う。
「く、っそ……滅茶苦茶なことしやがったな……」
「そっちこそ、まさか地中に飛び込むなんて思わなかったから」
もう魔法を使う力は残っていないのだろう。フーカは大剣から手を離さずとも、もう動かすつもりはないようだった。
彼女の元へしゃがみ込み、オウはその頬に手を当てた。
「な、にを」
こつん、と額と額を合わせる。月色の瞳に気圧されて赤い釣り目が見開かれる。
「ちょっとだけいい夢みてて」
優しい声色は魔女の意識を瞬時に奪う。




