第16話「vsフーカ」‐①
小瓶を受け取った魔法使いは静かにその場に立ち尽くしている。小瓶開封を阻止しようとしたのだろう。銃声が響いたが、後の祭り。
軽い音がして小瓶の蓋が開いた。辺りにそよいでいた涼やかな風は、次第に冷えていく。痛みすら感じさせる冷気の風にその場にいた魔女も、眷属も思わず目をつぶった。巻き上がった花弁の嵐の中、吹き荒れる見えない力の中で、魔法使いは凛と立つ。より明るく、赤くなった髪色に目を奪われる。
弾かれた銃弾が花弁を散らす。ふと、胸の痛みが軽くなった。息を吸って、軽くなった痛みに、ほっと頬が緩む。赤髪の魔法使いは杖を構え直した。
「フーカ。まだやるの?」
「悪いけど、オマエを殺す仕事請けてんのよ」
否、苦々しい答えを聞いた魔法使いは、勢いよく魔法を展開した。鋭利な光の弾が鮫の魔女目掛けて走る。小鮫を使い、弾を回避しきったフーカは顔をしかめた。
(出力が最適化してる。さっきまでの力みは……そもそも枠が合っていなかった? 感情的だったのは確か。それでも……)
違和感をなぞり、分析に思考を裂く。
格が上がったの確かだが、それでも攻撃方法がほとんど変わらない。弾幕の展開に単純な魔力放出。補助も機転もない攻撃に、鮫の魔女は顔をしかめる、が。
大剣の斬撃を杖で防がれる。木製のそれが軋む音がした。
「もうちっと面白いことできねえの!?」
奔る小鮫の数が増す。ばちり、と金色の瞳と目が合った。
ふわりと香ったのは水の香り。足元がぬかるんだのは一瞬だけで、勢いよく水柱が立ち上がった。押し上げられたフーカは瞠目する。拡散する水を纏って赤髪の魔法使いが肉薄する。纏め上げられた水流は刃の如く、フーカの袖を裂いた。黒鉄より強くしなやかな魔力が空間を満たし、弾けんと主張する。
迫りくる水の刃を悉く叩き落とし、ぬかるんだ地面に降り立つ。
「いいよ。面白いもの、見せたげる」
雰囲気が一変する。はちきれんばかりの水色の魔力が結界内に満ち満ちている。刹那、見えぬ壁は軋み、撓んで内のものが解き放たれる。
乾いた空気を清らかな水音が和らげていく。
一面の陽炎花も、小屋も、青空の天蓋も瞬きの間に消え去った。解体された結界の欠片がきらきらと、硝子のように大地へ降り注ぐ。
「随分と大雑把になったな……どういう心境の変わり方?」
「師匠に教わったことを思い出せたのよ。でもこれで十分」
濡れた大地を歩いて、魔法使いは眷属の元へ行く。
「動ける? 今だけ呪いを弱めたけど」
「大事ない。俺は……あっちか」
「そうだね。タイハク、たぶんね、あんだけの糸ってのは纏めるためのものがあるわ。ただの眷属にしては範囲が広いもの」
「そういうもんか」
状況を察知してか、フーカの眷属の姿が見えない。少し背が伸びたらしい、魔法使いを見上げてタイハクは頷いた。
駆け出す彼に狙いをつけた鮫の魔女を視線で牽制する。
「ひとつだけ訊きたいのだけど。殺すだけじゃなくて、どうして凌辱するような真似までできたの」
「月に逆らった魔女は全部そうなる。それだけ」
「タネは望月を害するようなことはなにもしてないはずでしょう」
「血を浴びて魔法を手に入れた時点で、女神様に使えるのは当然のことだ。義務を放棄した時点で死は免れないと、根っこで理解してるはずなんだけどな。アタシは不思議だよ。なんでアンタみたいなのがいるのか。誰の差し金?」
「そうね……記憶が無いから、間違ってるかもしれないけど……ウユウ。師匠の名前の一つよ。諸悪の根源と呼んで差し支えない、と本人が言っていたわ」
「クソ、そういうことかよ……」
思わぬ答えに鮫の魔女は奥歯を噛みしめる。
「それじゃ、一発くらいぶちかまさせてよね」




