第19話「出発」
草も木も寝静まった頃。魘されながら目を覚ましたタイハクは、徐に荷物を片付け始める。もう少し休んだら、この場所を離れなければならない。現在位置はちょうど真ん中あたり。それでもここから先の険しさは、これまでと比べ物にならない。
(報酬を受け取らないと……今のままじゃ厳しい)
ぐっすりと眠っている魔法使いを一瞥し、青年はため息をついた。見上げる星空は、ところどころ雲に隠されている。
ふと、遠くにカンテラの明かりが見えた。星の光が弱まって、足音がする。大きな馬の影には見覚えがあった。
「……ここだったんだな。なんというか、もう少し場所は選んだ方がいいんじゃないのか」
呆れたようにラウはそう言った。
「あの人は……助かりましたか」
「ああ。イーショまで移動できたから、医者に診せている。しばらくはイーショで滞在しなければいけないが……ここでも商売はできるからな。困ることは無いと姉上は言っていた」
「それはよかったです」
「約束のものを渡しに来た。それから……ありがとう。悔しいが、私たちでは、どうしようもなかった」
「いえ……俺らもどうにかしたいと思ったので。お互い様です」
「とりあえずシュリープと、干し肉や干し魚はどうだろうか。食糧の備蓄が必要であれば、ぜひ譲りたいのだが」
「その、すごくありがたいです」
「これからまた砂丘へ入るのだろう? 姉上がやっぱりお金よりはそっちの方が役に立つんじゃないかって」
「すごい……量もちょうどいいくらいです。貰いすぎでも、足りないわけでもない……」
「姉上だからな。この程度はちゃちゃっとやってのける」
得意げに目を輝かせるラウに、思わず頬が緩む。
「もう出るのか」
「そうですね。もうそろそろ。昼間はまた暑くなると思いますし」
オッカの鼻づらを撫で、タイハクは顔を上げる。
「えー、もうー?」
ぐずつこうとする魔法使いを叱咤して、タイハクは準備を終わらせる。見送るためか、待っていてくれたラウが一部始終を見て苦笑していた。
出発の準備を整えて、一行は道を確認する。門は閉まったままだろうということで、廃寺院方面から砂丘に戻ることを決めた。
「──なんだかな。嫌な予感がする」
並ぶ町人たちを見つめる。彼らの表情は、カンテラのせいで逆光になっており上手く窺えない。
「あんた、その魔女の仲間か?」
ラウへの問いは震えが滲んでいる。
「──そう、か」
答えようとして、ラウは言葉を詰まらせた。
それを見かねたタイハクはラウを庇うべく口を開こうとする。が、それよりも早く、オウが前に出た。
「次は私たちなの?」
「そこの男は……女神様を殺そうとした大罪人だろう……?」
紛れもない事実を突きつけられた翡翠の瞳は伏せられる。望月が周知を強化したのだろう。刺さるような視線の正体は、警戒だった。
タイハクの正体を知ったラウは、目を丸くして一歩、退いた。
「な……」
にじり寄って来る町人の気迫に、オウもまた一歩後ろへ下がる。どん、と後ろに立っていた青年に肩が当たってしまう。彼はすっと表情を固めて、前へ出直した。
「なら俺が相手しようか。コイツはあんたらを害さない。けど俺は違う。昼間は手加減をしたが……これ以上迫るっていうのなら、話が変わってくる」
背中に隠していた小銃を取り出し、慣れた手つきで装填をすれば、すぐに構えることができるようになる。銃が出た、それを目にした人々は後ろに下がっていく。小さな悲鳴ですら聞こえた。それでも前に出ようとする勇敢な者も存在するわけで。かちり、と安全装置を外した。
(どうしようか)
添えていた指を、ゆっくりとトリガーへ。威嚇射撃のために力を籠めようとしたその時。恒星が如き輝きが目の前で爆ぜる。背後から伸ばされた手が、視界が欠けるのを防いだ。険しい表情のオウが出発を促す。いつの間に退避していたのであろうアバニが、並足で二人の元にやってきた。
「わ、かった。行こう」
思わぬ強硬手段に驚いたまま、青年は鞍に飛び乗った。二人と一頭は星の明かりを頼りに町を飛び出す。
「あれは……?」
「ちょっとした目くらまし。いつもの魔法の応用だけど、害はないのよ」
「そうなんだ……」
「ごめん。もうちょっと早く離脱すればよかったね」
「いや、別に。どうしようもないだろ」
「ラウさんにも迷惑かけちゃった。言えないよね、絶対」
「……そうだな。怪我の治療が受けられなくなる」
「だよね。あー、嫌だなあ。なんでこうなるかな」
「仕方ない。これに関しては俺が」
「違うの。ごめんね、私は人を殺したくないって言ったけど、タイハクに殺させたいわけじゃないのよ」
威嚇射撃で済ませようと思っていた、のだが。どうにも魔法使いの目には殺意が映ったらしい。
「俺はいい。今更だから」
「やんなくていいことは、やんないの。私ももう少し、考えないといけないのね」




