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第14話「フーカの追撃」‐②

 この世界は日が沈まないらしい。明るいままの空では休めないだろう、そう言って魔女は青空を夜空に塗り替えた。あっという間に暗くなった室内を見て、二人は顔を見合わせた。その後少しだけ談笑して、各々は用意された寝室へ向かう。

 狭い部屋に一つ置かれた寝台は、硬くもなく、柔らかすぎることもない。久々の布団に胸の奥がほぐれるような温かな感覚がした。アバニも外で休めるよう簡単な馬小屋を作ってもらった。窓のすぐ外だから、と魔女タネは気を遣ってくれたらしい。


(あの人、人によって態度が全然違うんだよな)


 オウは態度も言葉遣いも軽い。そんな彼女にはタネも軽く接しているように見えた。対してタイハクには一貫して敬語を使ってくれている。これまで出会ったことのないような人となりに、少し困惑しているらしい。青年は首を横に振って思考を止める。


(さすがに休まないと)


 そう思って寝台に横になる。乾き切った思考と緊張感が、じわりと滲みだした。


 結局、あれから少し眠って、悪い夢を見て目が覚めてしまった。浅い眠りの後の、重い眠気は思考を鈍らせる。このまま横になっていても休めはしないだろう。気分を変えようと青年は起き上がり、水場へ向かうことにした。


 井戸から水をくみ上げて顔を洗い、一口飲んで息をつく。覗き込んだ井戸水の底は、星の光すら映り込まない。淵がじっとこちらを待ち構えているようだった。見上げても、夜の空に月も星も見当たらない。ここがどこでもないのなら、とみだりに気が緩んでいく感じがした。


 ずっと手放していなかった小銃でさえ、今は寝台の上だ。寂しくなった腰に手を当てて、長く息を吐く。


「……眠れない?」


 突如後ろから聞こえた声に、タイハクは飛び上がった。暴れそうになった胸を抑えて振り返れば、タネが水桶を片手に立っていた。


「い、いえ……」


 やや声を掠れさせながら、首を横に振る。魔女は肩をすくめて笑った。


「ごめんなさいね。驚かせてしまったみたい」


「俺が完全に気が抜けていただけなので……気にしないでください」


「……そう。眠れないのなら、お茶でも煎じましょうか?」


「そこまでは……大丈夫です」


「ふふ、遠慮がちなんですね」


 頬を緩めてタネは井戸から水をくみ上げる。くみ上げた水を桶に移して、タネはおもむろにタイハクへ向き直った。じっと、覗きこまれるような感覚に思わず目を逸らそうとする。それを柔らかな手が制して、左頬を包み込んだ。


「……あなた、不思議な目をしているのね」


「あの、なんの……」


「初めて見るわ、噂には聞いたことがあるのよ。星を見るひと、なのね……地図も文字も読めないのに、砂丘を越えられたのはこの目のおかげなのかしらね。いい目をしているわね、タイハク」


 一人で話を進めてしまう魔女に、タイハクはただたじろぐことしかできない。


「……ああ、ごめんなさい。少し納得がいったから」


 そう言ってタネは青年から離れた。淡く、優しい花の香りが耳元に残る。


「迷子になったことは?」


「あんまり……道を覚えていられれば、自分の場所は割り出せますし……」


「そうでしょうね。だからこそ貴方の力は素敵なものだわ。だからこそ、一つお願いが……いえ、約束してほしいことがあるの」


「約束ですか?」


 不安げな瞳を見、魔女は頬を緩ませる。


「大丈夫。なにも難しいことを頼もうってわけじゃないの。オウが、すべての役目を果たした時、きっと迷子になる。だからね、あなたが星を見て、また同じように道を教えてあげてくれないかしら」


「道ですか……?」


「そう。きっと、迷子になったことがないでしょう? 大丈夫、きっとその時が来たらどうすればいいのか分かるはずだから」


 すっと手を差し出される。


「あの、迷子になったことが無いっていうのは……」


「分かってるわ。でもあなたなら大丈夫」


 自信に満ちた返答にタイハクは気圧されてしまう。おずおずと差し出された手を女は優しく握り返した。


「ふふ、魔女の言うことは信じられない?」


「卑怯です、その言い方は」


「そうね。これはタネとしての約束だから」


 大丈夫、なにも取ったりしないから。などと、タネはおどけてみせる。その瞬間だけ、彼女は老婆の姿をしているはずなのに、年端も行かぬ少女のように見えた。


 ──彼女は一体なにを知っているのだろうか。


 そんな問いを投げかける勇気もなく、タイハクはもう一度水桶の中を覗き込んだ。揺らぐ水面に、翡翠の瞳が浮かび上がる。両親がくれたのは、名前とこの体だけだった。なんとなく、顔も知らぬ、誰よりも近しかったはずの他人に思いを馳せてみる。ふと、あくびが出たことに気づいて青年は水桶を片付けた。

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