第13話「魔女」‐④
明るい店内では、実に様々な年代の人物が飲み食いしていた。皆、目の前の話に夢中なのだろう。誰も二人には気づいていない。ただ一人、店主らしき中年の女が扉が開く音に反応して、ふっと顔を上げた。
「いらっしゃい。大人の人でも探してるのかしら?」
「いえ、用事があるので来ました」
「……ん? まさか酒でも飲みに来たのかい?」
女が小首を傾げたその瞬間、派手に後ろにいた少女の腹が鳴る。後ろから小さな声が聞こえ、思わず頭を抱える。
「ああ、けどごめんよ? ここは一見さんはお断りでさァ。腹ごしらえなら別の店でしてくんな?」
冷静に、窘めるように女は出口を指す。ふと、周りが静かになっていることに気づく。皆、息を潜めるようにしてこちらの様子を窺っているらしい。じっと刺すような視線は、どこか感じたことのあるものだった。
「あの、すみません。コイツが勝手に腹を鳴らしただけなんです。俺らは、タネさんからのお使いで来たんです」
そう言って籠をカウンターに置く。重みのあるそれを見た女は、すっと目を細めた。
「悪いけど、それは受け取れないよ。さっさと帰んな」
予想外の言葉に、二人は息をのむ。こう言えば、と彼女からは聞いていたはずだが。そのまますごすごと、二人は引き下がるほか無かった。ばたん、と扉が閉まって少し経てば、賑やかな声が再び聞こえ始める。
「店、間違えた?」
「間違えてないわよ。ほら、酒屋サーミ。看板の文字一緒でしょ?」
「本当だ……」
紙と看板を見比べてタイハクは肩を落とした。
「一体なにが……ん? えっ」
ふっと、オウの姿が消える。
「っ、待て!」
路地に引きずり込まれかけた、少女の腕を掴む。彼女の服を引いていたのはなんと、ついさっき話をしていた中年の女店主だった。彼女は二人に静かにするよう促して、奥の方へと手招きをする。
どうする、と視線を送れば魔法使いは一つ頷いて返した。
指示に従って、二人はそのまま路地の奥へ入る。店の裏手、一本道を挟んだ先に一軒の建物があった。女店主はその建物の中に、二人を招き入れる。薄暗い中、連れていかれるままに階段を下っていけば、ふっと明るい空間に出る。
「悪いねぇ、さっきはあんな感じで」
先ほどの居酒屋とは少し雰囲気が違う。静かに食事を楽しむ人物、熱心に話をしている人々。酒を片手にしているものの、声は小さく、会話はほとんど聞き取れない。一瞬、女店主の声で室内は静まり返ったが、すぐに穏やかな声の波が漂い始める。
「それで、タネさんからのお使いなんだろ? ちっと見してくれないかい」
「どうぞ」
差し出された大きな籠を受け取って、女店主は小さく微笑んだ。それから近くにいた青年に声をかけ、二人は席に着くよう促される。流れのままに、座って少し待てば大きな皿に山盛りになった料理が置かれる。
「おつかいありがとな。さっきお腹鳴らしてたんだって?」
いたずらっぽく、青年は笑う。よく焼けた小麦色の肌に、緑の瞳が鮮やかに輝く。
「えっ食べていいの!」
ぱっと表情を明るくしたオウを見て、青年は笑みを浮かべたまま頷いた。
「タネさんところから来たんでしょ。きっとそのつもりだったろうし……気にせず食べてね。静かにしてくれたら誰も文句は言わないからさ」
差し出された取り皿を受け取って、二人は大皿に向かう。
「これは……鳥肉?」
「それはサンドフィッシュだよ。蜥蜴。下処理に時間がかかるけど、さっぱりしてて人気なんだよね」
「へえ……蜥蜴……? こんな感じなの?」
「サンドフィッシュはクセがなくておいしいんだ」
そういえばそんなものだった、そう思いつつタイハクも肉をつまむ。さっと焼かれた肉には軽い塩味がつけられていた。真っすぐな肉の味に二人はほっと息をつく。大皿には他にも料理が乗せられており、焼き魚に蒸し芋、奥には茎野菜のお浸しも見られる。
「そういえば、名前は? 自分はシーガ」
「私はオウ。こっちはタイハクね」
「へえ、二人は別にきょうだい……じゃないよな。なんでイーショに? おタネさんに会いに来たってことは、困ってることでもあったの?」
「へへ……まあ、ちょっとね。ケガを治したい人がいたのよ」
「そっか、大変だったねえ。結構こき使われたんじゃない?」
「そりゃーもう、ねぇ……」
話が盛り上がる横で、タイハクは取り皿を空にしてしまう。さすがに食べ過ぎもよくないだろうか、そう思いつつ箸を置こうとすれば、シーガが菜箸を取った。
「遠慮してる? いいよ、このお皿は二人にために用意したものだからさ」
「えっと……いいんですか?」
「いいよいいよ。おタネさんに免じてね。いつものことだから、皆そういうものだと思ってるよ」
そう言って彼はタイハクの皿に料理を盛り付ける。手慣れているのだろう、彩りよく整えられた数々の料理が綺麗に取り皿に盛り付けられた。
「あの、少し気になったんですけど」
「ん? なにが?」
「あの人……おタネさんって、どういう人なんですか?」
ふと、注目がこちらへ集まったような気がした。それでも気の所為で流せるほど些細なもので、取り立てて言えるようなものでもない。雰囲気、としか言えないそれに、やや身を固めつつタイハクは返事を待った。
「魔女だよ。もともとは望月にいたらしいんだけど、今は逃げてここで人助けをして暮らすんだ、って」
思わぬ回答に、魔法使いも食事の手を止めて耳を傾けた。
「イーショってさ、砂丘行きの中継地点でしょ? 望月の監視も年々厳しくなってるんだけど、そこまで恵まれた土地じゃないんだよね」
水は枯れやすく、作物が育ちにくい。月下種はともかく、それ以外の菜物はてんで駄目。軒並み枯死して種が尽きてしまったという。辛うじて育った芋が主食で、あとは砂丘に出て動物を狩るしかない。生活の工面は皆している、とシーガはなんでもないように話す。
「それにさ、医者が戦争に行ったまんまだから、この町には医者がいないんだよね。だからおタネさんに助けてもらえてすごく、ありがたいんだ」
「そうだったのね……」
「だからおタネさんのことは大っぴらにできないし。こうやって望月の目から隠れるために色々と工夫してるんだ」
「だから最初、あんな対応になったんですね」
「ごめんね、こういう事情なんだ。旅人くらいかな。立ち話してるのは」
ふと、緊張した面持ちでオウが手を止める。
「そういえば……二人は、そのケガをした人のためにイーショまで来たの?」
「いえ、東都に行く道中で……偶然会ったんです」
「東都に? お祭り見に行くの?」
「そうです。俺は道案内で」
「すごいなぁ……じゃあ、西都から来たの?」
「そうですね、西都の方から……」
「え、じゃじゃあ、あそこの音無水母、倒せたの!? ずっといて大変だったのに、すごいね……どうやったの……? っていうか、なんで……?」
その問いに、タイハクはやや眉を下げる。わざわざ倒しに行くほど、弱い相手ではない。逃げるか、息を潜めてやり過ごすか。これが旅人の間で定着している音無水母の対処法だ。魔法のことをあまり大っぴらに話すのはよくないだろうか。オウが開こうとした口に、肉の塊を突っ込んでタイハクは話を続ける。
「えっとうちの馬は……あんまりじっとしててくれないんです。だから、対処法をその……砂塵の民に教えてもらったことがあって。それで対処しました」
「えっ……教えてもらえるものなんだ……砂塵の民って、結構冷たくない? たまにイーショに来るけどさ」
「そうですね。色々あって。俺もちょっと意外でした」
心にもない言葉でその場を取りなす。やや不満げな顔をしていたオウは、料理の味に免じてくれたのだろう。タイハクの皿からもう一つ肉の塊を渡せば、そのまま齧りついていた。
「それってさ、教えてもらえたり?」
「すみません、秘密にしてほしいと言われちゃってるんです」
「それなら仕方ないかー! もう少し町の外に出やすくなれば、いいんだけどな」
「わざわざ砂丘に、ですか?」
タイハクは思わず小首を傾げる。そのタイミングで、視界に小さな手が入り込む。机の上に置いたままにしていた防塵眼鏡を掴もうとして、空振りしたそれを掴む。
「あっ、こら」
シーガの声に、その手は反応する。ひょっこりと机の下から顔を出したのは小さな小さな子供だった。わらわらと、四人ほど集まってきて、タイハクたちを取り囲む。
「それカッコイーね!」
「ねえ、かしてよー」
「おねーちゃん髪長いねー」
口々に子供たちは喋り始める。どうどう、とシーガが抑えるような手ぶりをすれば、子供たちは次第に静かになっていった。
「ほら、ここに来るときは?」
「静かにする!」
声を揃えた回答に、シーガは大きく頷いて子供たちを褒める。
「もしかして……」
「うん、弟と妹たち。自分はこの店で料理人見習いさせてもらってるだけなんだけどね。店長が心配だから連れてこいって言うもんだから……結局面倒も見てもらっちゃってる」
いつの間に空になった大皿を片付けながら、シーガは続けた。
「旅人さんがここに来るのは珍しいからさ、少し旅の話をしてあげてほしいな。自分はちょっと片付けてくるから。みんなー、このお兄ちゃんとお姉ちゃんのお話聞いて行きなー」
シーガの一声に、四人の子供たちはしきりに頷いて威勢のいい返事をする。
「え、話って……」
「私も聞きたいかも。砂丘は初めてじゃないって言ってたでしょ?」
「いや、オウが話せばいいじゃん、なんで俺が」
「ほら早く早く。ねー、お兄ちゃんの話聞きたいもんね!」
いつの間に椅子を降りて、オウは子供たちと一緒になって話をせがむ。
「……分かった。これは初めて砂嵐に遭ったときの話、なんだけども」
ぽつぽつと、なんとなく。
いつぞやの面白可笑しい出来事を、思い出しながら話始める。時折子供たちに突っ込まれながら、オウに質問攻めを受けながら。話し終える頃にはちょうど正午。二人はうとうとする子供たちをシーガに任せ、タネのもとへ戻ることにした。




