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第13話「魔女」‐③

 暗闇の向こう、ラウのカンテラが小さくなっていくのを見届ける。刹那、目の前に花畑が広がった。吹く風は軽く、この世界は変わらず青空で蓋をされているらしい。いきなり明るくなった視界に瞬きを繰り返してしまう。再び招かれたタネの世界に二人はもう一度狼狽えた。小屋の近くにいたのだろう。アバニが勢いよく駆けてきて、タイハクに額を寄せる。すっかり色が落ちた毛並みを撫でて、青年は肩の力が抜けたのが分かった。

「アバニ……よかった」

「無事に話はついたみたいね」

 その言葉と共に小屋の扉が開いて二人は中へ招かれる。

「それで……頼み事って?」

 要求を尋ねたオウに、魔女は楽し気に笑う。

「そうね、色々あるわ、色々ね?」

「え? もしかして、一個じゃないの?」

「ええ。そりゃあそうよ。あの薬を用意するのには、それなりの時間がかかるの。いつでも使えるように、用意しておく私の苦労に見合う──対価が必要なのは分かるでしょう?」

 そうは言いつつも、タネの表情は柔らかく、穏やかなものだった。あまりにも今まで見聞きした評判と違う。困惑の表情を浮かべたタイハクに、オウは口先をとがらせる。

「じゃあ、まずはなに?」

「そこの籠に薬草が入っているから、同じ種類でまとめてほしいの。見た目で判断できるから簡単でしょう?」

 軽く指された籠たちを見て、魔法使いは鼻を鳴らした。

 山盛りになった植物を、二人は葉のの形と色、それから茎の色を見て仕分けていく。タネの言う通り、難しい作業ではない。ただ、量が膨大だった。両腕で抱えられるほどの籠に、山盛りになった薬草が入っている。それが五つほど。浅い籠ではあるが、すべて仕分ける頃には腹の虫が騒ぎ出していた。

 仕分けられた薬草の山を見て、タネは大きく頷く。

「いい感じ。お腹すいたでしょう? 外で手を洗ってきなさい」

 促されるままに二人は外へ出る。初めて訪れた時には気づかなかったが、小屋のすぐ横には井戸があった。からからと、綱を引いて桶を引き上げる。たぷり、といっぱいに入った水が明るいままの空を写して揺れる。近くに置いてあった浅い桶に水を移して、二人はしゃがみ込んで手を洗う。爪を染めていた緑がすっと、水の中へ溶けていく。

「ね、タイハク。どうよ? あの人」

「下手なことをして、噂通り無かったことにされるよりは全然いいと思うけど」

「そう、そこよ。なんでこんなにイメージと違うわけ? 変じゃない?」

「……なにか誤解があるとか?」

 タイハクの言葉に、オウは頷いて返す。

「そうかもしれないし、勘違いかも。でも、私は……なんだろうね。信じたいかも」

 その言葉に青年はピクリと眉を動かした。

「別に好きにしたらいいよ。台無しにさえしなければな」

「分かった。どうせタイハクも同意見、だったでしょ」

「さあ」

 つん、とそっぽを向いて、タイハクは用の済んだ桶の水を草木に撒く。戻ろう、という言葉と共に渡された手ぬぐいを受け取って、青年たちは小屋に戻っていく。扉のすぐ前で、魔女は待ち構えていたらしい。満面の笑みを浮かべながら、彼女は手を叩いた。

「さて、それじゃあ……お使いを頼むわね」

「えー! 今の流れ、完璧にご飯だったじゃない!」

 抗議する魔法使いを放って、タネは大きな籠を取り出した。

「ここに届けてほしいものが入ってるから、これをそのまま渡してくれたらいいわ。場所は書きとってあるからね。入ってるから後で確認して頂戴」

「えっはい」

 有無も言わさず、タイハクに籠を持たせて魔女は笑う。

「最初は入れてもらえないだろうけど……タネから、と言えばいいわ。籠の中身を見せてもらっても構わないから」

 ささっと早口でそう言い切って、タネは乱雑に二人を送り出す。ぱっと、視界が暗くなる。二人はいつの間にか外に立たされていた。

「わ……まだ慣れないな。これ、どういう魔法なんだろ……」

 杖も取り出さず、夜闇に目を凝らして少女は小首を傾げる。ふと夜空を見上げれば、小さな星々が瞬いていた。

「あ……ここ、町境の門のすぐ内だ」

「え、そんなところに連れてこられたの? 私たちがいたところって……町の端っこだったわよね」

「そうだな……半分森に突っ込んだところだったと思う。ええと、店に行けばいいんだっけ」

「そうだったわね、どれどれ……」

 タイハクの持つ籠には布が被せられている。その取っ手に、目的地が書かれた紙が結び付けられているようだった。中には瓶類が入っているのだろうか。少し揺らせば、重いガラスがぶつかる音と、液体が揺れる音がする。

「あ、この名前のお店覚えてるわよ。歩き回ったときに気になったのよね」

「そうだったのか。場所は覚えてる?」

「もちろん! 後で行こうと思ってたからね」

 そう言って魔法使いは意気揚々と歩き出す。町に戻ってきてから少し。時刻は夜半を過ぎて、朝に片足を突っ込み始めた頃。涼しい時間帯だからだろう。出店がぽつぽつと大通りで商売をしている。道を行く旅人の姿も昼間よりは数が多い。酒屋などの店は開いているのだろう、騒がしい声と音が、あちらこちらから聞こえる。少し入った路地の方では酔っ払いが酔いを醒ましていた。少し歩いて、賑やかすぎる町の様子に顔をしかめる。

「あったあった、ここね」

 オウが立ち止まった店の扉から、勢いよく酔っ払いが飛び出してきて二軒目に入っていく。それを見送って二人は思わず顔を見合わせた。中からは変わらず談笑と、大きすぎる笑い声が聞こえてくる。

 むっと頬を固くしたタイハクは、一呼吸置いて扉を押し開けた。


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