第12話「馬を連れた旅人」
太陽がゆっくりと傾いていく昼下がり。町医者を探して、三人と二頭は町の端から端を歩いて回っていた。そこそこの広さのある町に、医者の姿は見当たらない。
「さすがに……いないか……」
「え、医者がいないって……不便じゃないの?」
「戦争に行ってしまったんじゃないか。さすがに元々いない、なんてことはないはずだろうし……イーショは旅人がたくさん訪れる町だから……」
瞳を伏せつつ、ラウは小さく息をつく。そろそろ小腹もすいてくる、そんな時間だ。日差しは少しだけ和らいだものの、厳しいことに変わりはない。
「うーんと、あのね」
オウがなにかを話そうとしたその時。
「えぇー……ちょっとちょっと、ここでヤダヤダされても困るって!」
少年らしき可愛らしい声が大通りに響く。
なにごとか、とそちらを見てみれば、砂毛色の馬が直立不動でその場から動こうとしないらしい。馬を引く人物は息切れしながら、必死に馬を動かそうとするがその努力も空しい。小柄な馬ではあるが、人の力では到底強制などできない。往来のど真ん中であるにも関わらず、かの馬は耳ひとつ動かそうとしなかった。
「うーん、まぁここで一夜を明かそうというのなら乗るけど?」
思わぬ飼い主の発言にも馬は動じない。その飼い主らしき人物はというと、その場で座り込んで不動の意思を示す。小柄で華奢な、乗馬服を身にまとった人物だ。呆れた目をした二人に、オウは苦笑いをする。
「タイハク、なんとかできないの?」
「えっ……あー……試してみる。ラウさん、ちょっといいですか」
「なんだ?」
「オッカを借ります。アバニをここで見ててほしいんです」
「はあ……まあ、私で大丈夫なら」
オッカを連れてタイハクは一人と一頭の元へ向かう。ゆっくりと近づいてくる馬と人間に、砂毛色の馬はいち早く気が付いた。耳を立てて、近づいてくる巨漢馬に集中している。オッカはというと、相変わらず落ち着いた様子で事を見守ってくれている。タイハクは彼をひと撫でしてから砂毛色の馬に近づくよう促した。二頭は鼻の頭を合わせ、しきりに、互いをかぎ合っている。
「あの、さすがに邪魔なので」
その間にタイハクは座り込んでいる人物に話しかける。
「おお、これは助かった。君、馬に詳しいんだね」
「いえ、そこまでは……とりあえず移動しませんか。馬車も通れませんし」
「でもなー、僕が動いてもこの子がね……おっと?」
イヤイヤを続けていた砂毛色の馬が、急に首を大きく振った。オッカが道の端へ移動すれば、そちらへ着いてゆっくりと二頭は移動していく。飼い主は不意の動きに引きずられて道の端まで移動することになった。
オッカの気性に中てられたのか、心なしか砂毛色の馬も雰囲気が丸くなっている。少なくとも今はなんとか言うことを訊いてくれそうだ。
「あいててて……酷いな、もう」
「大丈夫ですか……?」
「ああ、大丈夫だ。引きずられるくらいはしょっちゅうある、だろう?」
気取った口調に眉をひそめつつ、タイハクは手を差し出す。遠慮なく握られた細い手を引けば、その人は軽く立ち上がった。
「この子はちょっと我が儘でさあ。難しい年頃なんだよね。一人が嫌なだけなんだろうけど……もう二度とあそこから動かないかと思ったよ。助かった助かった。にしても君、こういう大きい子が好みだったのか」
そう言いながら少年は砂毛色の馬を撫でようとする。どうも飼い主に対しては機嫌を損ねたままなのか、馬は上手にその手を避けて噛もうとした。
「おお、コワ。まぁいいや……ありがとう、助かったよ。その子の名前は?」
「オッカです。俺の馬じゃなくて、あっちの……お姉さんの馬です」
「ふーん、なるほどこりゃぴったりだね。きみの馬はあっちの薄い色の?」
「ええ、まあ。あの子は気難しいので、近づけない方がいいと思います」
「それがいい。うちの子も女の子だから。喧嘩したら洒落にならんからね」
やれやれ、と肩をすくめて少年は手綱を握り直した。
「ところで、きみの馬……やっぱり少し見てもいいかなぁ?」
「え、嫌です……」
「む……そうだよね。さすがに出合い頭にはレディに失礼だったよね……」
タイハクには一目もくれず、少年はアバニを真っ直ぐに見て勝手に話を続ける。アバニもどうも嫌な予感がしているのだろう。耳を絞ってタイハクを盾にするようにして立ち直す。
改めて見ると、本当に細身で小柄な人だ。馬と並ぶと余計に小さく見える。年の頃はタイハクよりも上に感じられたが定かではない。
「じゃあ、またの機会にじっくりと親交を深めさせてもらうかな」
絶妙な言い回しにタイハクは思わず顔をしかめる。
「機会があれば……ですけど」
「はは、大丈夫。心配しなくてもきっとある」
自信満々の言葉を聞き流す。荷物をまとめなおして、旅人はタイハクに向き直る。ちょいちょい、と手招きをするので促されるままに身を寄せる。
「西の外れに……腕利きの魔女がいる。怪我を治すのが得意な魔女がね」
「それは……教えてもいいものなんですか」
突如耳打ちされた言葉に、タイハクは思わず怪訝な顔をした。ニヤリと笑いながら少年は続ける。
「急ぎの患者がいるんだろ? 事情は知らないけど……探している人がいるから、教えてあげてほしいって言われちゃったんだ。こっちも、ちゃんとお願いすれば聞いてくれるはず。さすがの冷酷な魔女タネも迷える仔馬を無下にしたりはしないよ」
「魔女……」
「町の外れに……東に廃寺院がある。そこで一番デカい木にぶち当たれば会えるさ。苦労はすると思うけど、必ず助けてくれるだろうからね。それじゃ、幸運を祈るよ」
ぱっと離れて、少年は片目をつぶってへらへらと笑う。そのまま調子よく去っていく一人と一頭の背を見送りながら、タイハクは思わずほっと息をついた。
「大丈夫?」
「……大丈夫。廃寺院に助けてくれる人がいるって」
「廃寺院? まあ、探せばありそうだが……」
思わぬ目的地にラウも困惑の表情を浮かべる。




