第11話「イーショ・ヤルク」
なだらかな小山が目を引く。丘陵地帯の中、わずかに出来上がった平地に住宅が密集している。流れる二本の川は真っ直ぐ海へ向かって伸びている。この盆地にある町こそが、砂丘に囲われた秘境イーショ・ヤルクだ。昼前、強い日差しが照り付ける中、一行は門を越える。
「すごい……全然人いないね」
真昼間にも関わらず、店を出入りする旅人の数は少なくない。喫茶の屋根下スペースで馬と一緒に涼んでいる者がちらほらいる程度だ。
「旅人は朝早くに出るからだな。昼間にやってくるのは、予定外のことがあった旅人くらいだ」
周囲を見回しながら、ラウはオッカの額を撫でてやる。口に放り込まれたシュリープの果実を、彼は勢いよく頬張った。自分も欲しい、と言わんばかりに首を伸ばしてくるアバニにも、ラウは果実を放り込んでやる。二頭が仲良くおやつに勤しむ横で、タイハクだけは難しい顔をしていた。
「どう探しましょうか」
「そうだな、さすがにすぐ見つかると思うが……」
辺りに看板などはない。道中にある町とはいえ、片田舎の小さな町であることに変わりは無い。二人の顔を見たラウは、長く息を吐いた。そして、おもむろに歩を緩めて、こんな提案をする。
「そうだな、分かった。先に休憩も兼ねてどこか店に入ろう。金は心配しなくていい」
「え?」
「ずっと歩き詰めだったしな。少しは休むべきだ。オッカたちも休ませた方がいいだろう」
有無を言わさず、ラウは適当に店を選び出して入っていく。タイハクもアバニを店先に繋ぎ、速足で中へ入る。蒸し暑い外から一変、氷菓石の置かれた店内は優しく流れた汗を冷やしてくれる。
どうやら旅人や町人が休む喫茶らしい。茶を片手に談笑する人々が店の隅に固まっている。日の高いうちはこういった店にも人は集まらないのだろう。三人は適当にかけて、差し出された一覧を見る。
「なにがあるんだ……?」
文字ばかりの一覧にタイハクは目を細める。
「お前、文字が読めないのか」
「読めません。単語で分かるものはあるんですけど、知らない言葉の方が多いので」
「イロート出身じゃないのか?」
「読み書きができないだけですよ」
「そうか……オウは?」
「私は大丈夫。でも……すごいね、ここ。おにぎりよりお水の方が高いよ」
「え……値段が?」
「うん。大体二倍くらい」
「イーショは水不足になりやすい土地だからだな。月下米は水が少なくても育つから……水より米の方が安くなるのは当たり前だろう。この辺りは大体こんなものだ。さて、なににする?」
「えーと、おにぎりのほかは……パンもあるね。んーとあっ私これがいい。饅頭と……でも喉乾いたな……」
「シュリープの果汁ならいいぞ。タイハクはどうする」
「じゃあ、俺もシュリープの果汁で」
「それだけでいいのか? ……と思ったがそうだな。ここで食べられそうなものは、これくらいか」
軒下で涼む馬たちをみやって、ラウは一覧を閉じる。注文を取りに来た店員は、気だるそうに承知して店の奥へ入っていった。それを見届けて、オウは口を開く。
「そういえば……なんで月下米? を避けるの?」
「単純に馬が嫌がるんだ。においダメなのか、なんで嫌がるのかはよく分かってないけど……」
「そうだな、そもそも……動物や虫が月下種を嫌がるというか、避けるんだ」
「え……? においがキツい、とかそういう理由で?」
「それが全く分からない。けど、どうしてか嫌がるんだ。私たちには感じ取れないなにかがあるのかもしれないが……おそれ多いから、近づこうとしないという話も聞く。どちらにせよ、私たちには分からないけどな」
「へえ……私たちには分からないなにかがあるのかも、かあ……常に豊作になるって聞いたけど、そもそもどういう種? なの?」
「月下種はこの国ができるきっかけになった種子だ。神話の一つに、月下種の始まりについて語るものがあるぞ」
むかしむかし、イロートに王国ができるよりもむかしの話。
東の小さな村の老夫婦の元に不思議な娘がいた。娘は望月の夜に木の実から生まれ、十日で年頃まで成長したという。とても美しく、気立ての良い娘には特別な力があった。
娘が流した涙はすべて、金銀宝石へと変わっていくのだという。娘はそれらを全て老夫婦へ譲り、老夫婦は瞬く間に大富豪となった。しかし老夫婦は娘のことも考え、金着宝石の出所を上手く隠していたという。
ある年に、イロートの地は干ばつによる大凶作に見舞われる。ありとあらゆる水稲が、小麦が枯死し、生き物は死に絶えた。当然娘の住む村も大凶作と飢饉に襲われた。誰もがやせ細り、僅かな水や米を巡って争い始めた。山間部から売りに出された法外な価格の食料を手に入れるため、家財を全て売り払う者もあらわれた。農具や牛馬を売り、銭を作り出す者もいた。
荒れ果てた故郷の姿を見た老夫婦は強く心を痛め、貯めこんでいた金銀宝石と食料を渡した。人々は辛うじて食い繋ぐことができたのだった。それから時間をかけて、村は復興していった。一年が経った頃、村では復興を祝う宴が開かれていた。復興は道半ばではあったものの、老夫婦の援助もあって他の村とは比べ物にならない早さだったという。
それまで一度も家を出たことが無かった娘は、賑やかな宴の様子が気になり初めて家を出た。娘は老夫婦に見送られながら村へ出かけた。
しかし、日が暮れても夜が明けようとも娘は家に帰ってこなかった。娘は村の近くで獣に襲われ死んでしまっていた。ばらばらになった遺体を抱え、老夫婦は大神の元へ駆けこんだ。
大神は二人の訴えを聞き届け、娘を指定した場所へ埋葬し、そこから生じたものを大切にするよう促した。
九つの肉塊と化した娘は、それぞればらばらに埋葬された。
すると娘を埋葬した場所から植物が、生物が生じた。それがサンドワームと月下米である。娘の生まれ変わりとして、老夫婦はサンドワームを大切に育てた。大きく育ったサンドワームは望月の夜に羽化し、あの娘と瓜二つの姿となった。
娘は大月姫と呼ばれ、ありとあらゆる病や干ばつに負けない植物──月下種をもたらし、この土地の食料を司る女神として祀られることになった。
静かに語り終えたラウは、大きな咳ばらいを一つして話を締める。
「……という話だ」
へえ、と声を漏らしたタイハクに、オウは小首を傾げる。
「タイハクも知らなかったの?」
「なんとなく流れは知っていたが……ここまで詳細には知らなかったな」
「まぁ、人によってところどころ違うけどな。物語だから仕方がないことだろうが……基本は同じだ。望月が女神にとって重要な時であるから、それを支える神官たちも望月を名乗っているわけだな」
「ふーん……」
「軽くまとめると──木の実から生まれた娘がいて、それから生まれ変わった姿が大月姫。それが生み出した植物が月下種、ということですね」
「その通りだ。月下種は今やこの国の要だ。それでも馬や牛なんかと関わるってなると、避けなきゃいけない人もいる。私は半々くらいだけどな。まぁ……金がかかるから、そんなにいないし、そもそも私らの仕事はな。あまり外聞がよくない」
「そうなんだ。大事な仕事なのにね」
オウの何気ない言葉に、ラウは強く頷いた。
「だからまあ、私は微妙な位置にいる。馬や牛に関わる者は基本そうだと思った方がいい。あんたらがどういうつもりなのかは知らないが……変に外で話すのはもうよした方がいいな。ここはよくなさそうだ」
そう言ってラウは話を終わらせた。
ふと、周囲へ目をやってみれば、刺さるような緊張感に満ちていた。なにかを恐れるような、そんな緊張感である。話が終わったのを見計らってか、店員が雑に注文した品を置いていく。一抹の不快感を拭って。三人は息をついた。
「え、これ……シュリープの果汁?」
掌ですっぽり覆えるほどのグラスに、果汁が入っている。白色の果実から出たとは思えない、くすんだ色のそれを一同はじっと見る。
「本来は水を混ぜるんだけどな。ここのは……」
他のテーブルに置かれたグラスには、薄く濁った水が入っている。
「言っただろう。イーショは特に水不足になりやすい地域なんだ」
「だから……」
「シュリープはどう飲んでも美味しいから大丈夫だ。さて、行こうか」
慣れた様子のラウに、二人は顔を見合わせる。久々に飲んだ果汁だったが、ざらりとした舌触りがなんとも言えなかった。支払いをする際に、医者について尋ねてみたものの、特に心当たりはないと答えられてしまった。三人は肩を落としつつ、店を離れる。




